引きこもり無職こどおじが哀れなワナビー人生を振り返る

ブタオ

第1話 おら文学賞さ取って有名になるだ

 僕は子供おじさんです。いわゆる「こどおじ」です。職歴なし。おまけに寂しい一人暮らしの引きこもりです。


 不細工で短気で無能で臆病で根性なしで、何をやっても長続きしない。


 こんなどうしょうもない人間ですが、小説や童話を描くのが好きです。童話賞を取りたいという夢があります。

 夢を叶えるために執筆(笑)をしていたのですが、ネタが枯渇して何も描けなくなりました。ネタが枯渇するとモチベーションも低下してしまい、何も描けない状況に陥りました。



 そこで自分史を描くことにしました。

 自分史なら自分のことを描くだけだからネタの枯渇にも困りません。才能のない僕にも何とか描けるんじゃないかと思うのです。描いていけばモチベが回復して、また童話などを描けるようになるんじゃないかと思います。

 また僕は精神障害者なので、過去のことを思い出して心の整理をするのは治療にもなっていいんじゃないかと思います。


 早速描いていこうと思います。

 だけど過去のことをそのままだらだら描いていくのはつまらないから、自分の人生に大きな影響を与えた文学を中心に描いてみます。


 下らない人生ですが、もしよければ暇つぶしにでも読んでやって下さい。(実話です)







 僕が本を好きになったのは中学の頃でした。

 頭が良いから本を好きになった、ということではありません。

 陰キャで友達がいないから休み時間にやることがなくて、仕方なく読書に逃避していた、というのが本を好きになったきっかけです。

 

 だけど、そこまで読書が好きというわけではありませんでした。

 読書よりはゲームが好きでした。

 読書はあくまでもゲーム以下の娯楽に過ぎませんでした。


 そのうち、少しずつ僕の中で文学が占める割合が大きくなっていきます。



 高校生になると発達障害や場面緘黙などの症状が酷くなって、周囲と完全にコミュニケーションが成り立たなくなっていきました。

 周りから侮られることが多くなりました。教師からもダメな生徒だと思われていたようです。

 周囲がそういう反応をするのは仕方のないことでした。彼らは僕が精神障害ということを知りませんでした。だから僕の症状に困惑して、そのような態度を取ってしまったのです。

 だけど自分は未熟な人間で対人スキルも乏しく人の気持ちに鈍感だったので、彼らの反応を許容できず、「なんてひどい奴らだ」と悪く取ってしまい、自分の殻に閉じこもりました。

 その傷ついた自尊心を埋め合わせるために、読書という行為にある意味付けをしました。


 「俺が読書をするのは俺の頭がいいからだ!周りの奴らとは違うという証拠だ!」


 そう自分に言い聞かせました。そうして読書は自己の自尊心を支えてくれる神聖で重大な行為になりました。


 読む本はだんだんと難解なものになっていきました。夏目漱石全集や大江健三郎全集に手を出しました。読む本が難解であればあるほど自分に箔が付いて自尊心が回復するように思われました。

 だけど僕は本の内容の上辺を読んでいただけで、深い理解はしていなかったです。

 ただ「難解な本を読んだ」という実績が欲しかっただけでした。


 他の生徒たちは友達を作り、恋愛をしたり、勉強や部活やバイトに励むことで確かな実績を築き上げ、自信を獲得しながら成長していく…。かたや僕は、難解な本をろくに理解していないのに理解したと思い込み、そのむなしい実績を元にして歪んだ自信を付けて、傲慢な自尊心を拗らせていきました。周囲と自分には恐ろしいほどの差ができていきました。周囲の生徒たちは大人で、僕は子供でした。

 

 読書で心を磨くのではなく、読書で心を堕落させて、それに気付くこともできないまま退学し、引きこもりながら読書に没頭してずぶずぶと堕落の沼にハマっていきました。

 堕落の沼にハマっている状況を僕はアベコベに「高みに上っている」と勘違いして得意になっていました。得意になりながらさらに堕落を極めていきました。



 しかしそんな自分の前に困難が立ちはだかりました。

 それは「難解な本は読むのが疲れる」ということでした。


 たとえばドストエフスキーの『罪と罰』を読んだ時に「こんな大作を読んだぞ」と自尊心を満たすことができましたが、とても疲れてしまいました。ただでさえ難解な本なのに、頭が悪いから読むのに苦労したし、病気の症状や薬の副作用もあって体調が悪いなか読んだので読み終わった時にはくたくたになりました。


 だけど難しい本を読むのをやめることはできませんでした。

 精神障害者になって退学して負け犬になってしまい酷く自尊心が傷付いた僕が唯一自尊心を回復させる方法は、難解な本を読むことだったからです。だから僕は発狂しそうになりながら難解な本を次々に読んでいきました。

 

 それでも自尊心は回復できません。


 そこで僕は小説を描くことにしました。賞を取って自尊心を回復しようと目論んだのです。

 「芥川賞を取って文名をあげよう。だがこのその前に小さな賞を取って腕試しをしよう」

 そう考えました。

 創作の参考にするために芥川賞作品を読み漁りました。読みながらいろいろ描いてみました。頭が悪いので、どうにもうまく描けません。うまく描けない間に一年が過ぎ、二年が過ぎました。

 「俺がくすぶってる間に同世代のやつらはやがて高校を卒業し大学生になる。あるいは就職する。そして結婚して幸せな家庭を築く……ちくしょう!」

 焦りがつのっていきました。イライラしました。

 気晴らしにテレビを見ると美男美女の芸能人たちがキラキラ輝いてニコニコ楽しそうに笑っています。それが無性に気に食わないので、

 「茶髪がけしからん」

 「アイドルが派手な格好をするせいで風紀が乱れて日本は崩壊するぞ」

 「ピアスなんかしやがって。日本は終わりだ」

 と言い掛かりを付けました。八つ当たりをして鬱憤を晴らしつつ、芸能人にマウントを取って自尊心の回復を図ったのです。

 政治家がスキャンダルを起こしたらクソミソに批判し、事件が起こったら道徳の崩壊を嘆きました。御意見番を気取ってあらゆるものをぶった斬りました。実際は全然斬れていなかったのですが、斬れていると勘違いして悦に入りました。


 その頃、引きこもっている僕を心配した兄がネット環境を整えてくれました。ネットで有益な情報に触れることで病気の改善や脱引きこもりに役立てて欲しいという気持ちからやってくれたものだと思います。


 しかし僕は兄の気持ちを裏切り馬鹿なことをしました。ネットに自作小説を上げている人たちの作品を読み「下らない」と嘲笑ってマウントを取りました。時にはエンタメ小説のレビューを書いている人に「そんなレヴェルの低い小説は読まないほうがいいですよ」などと意地悪なメールを書いて送りました(しかもキツイ言葉で言い返して来なさそうな優しそうな人を選んで送りました。しかしチキンなのでいざ送る時はビクビクし手がブルブル震えました。相手はこんな僕にも丁寧で優しい返信をくれました。それを読んで「負けた…」とへこみました)。ネットという文明の利器を憂さ晴らしの道具にしてしまったのです(頭が悪く性格も悪いのでネットや文学などといった素晴らしいものを悪い方に利用してしまいました。まさに豚に真珠です)。


 むなしくなりました。

 そんなことをしている間にも時間がどんどん過ぎていきます。

 焦りながら再び芥川賞作品を読み、海外の名作を読み、執筆を続けました。

 しかし落選ばかりしました。

 「おかしいな、あんなに凄い小説を送ったのに落選だなんて。そうか。審査員が凡才だから、俺の才能を見抜けられないんだ。じゃあ直接大御所に送ってやろう。ノーベル賞を取った大江健三郎だったら俺の凄さに気付くはずだ。そして編集者を紹介してくれて、そっこーで出版が決まり、たちまちベストセラー。文壇が驚愕しメディアからも引っぱりだこだ」

 なんて妄想しながら大江健三郎に原稿を送ろうとしましたが、ビビって結局送るのをやめました。



 どうしても認められたい!チヤホヤされたい!という一心で地元にあった文学同好会に入りました。


 文学が好きな町民なら誰が入ってもOKの同好会でした。「会員の小説は同人誌に載せて書店で売ります」という広告が新聞に出ていたので、こりゃ有名になるチャンスだ、と思って電話を掛けて原稿を送りました。


 とりあえず入会はできましたが「あなたの小説は同人誌に載せるには力不足です。もう一度別のものを送って下さい」と書かれた編集長からのハガキが来たのでがっかりしました。


 適当なものを描いてもう一度送ると「これでいいでしょう」というハガキが来ました。

 てっきり絶賛されると思ったので、なんだか拍子抜けでした。


 それから公民館で「自分の作品を校正をしに二週間後に来い」と言われたので行ってみると、皆集まっていましたが、お上品な出立ちと喋り方をする高齢の方々ばかりで萎縮してしまいました。


 印刷された自分の小説の誤字と脱字を直して逃げるようにお暇をしました。


 その一月後くらいにまたハガキが来て「本が刷り上がったので二週間後取りに来い」とありましたから、また公民館に取りに行きました。どんなに立派な本かと思いきや、なんだか文芸部の学生が作ったようなチープな本でした。

 「でも沖縄中の書店に並ぶんだからチープでもいいか」

 と思いましたが、少し不安になって聞いてみると、町にある数ヶ所の書店に置かせて貰う、という返答で、沖縄中では販売しないとのことでした。「書店で売る」という広告で釣って入会させておいて、実は数ヶ所の書店でしか売りませんというのだから騙された気分でした。最初から数ヶ所でしか売りませんと広告に書けばいいのに!と悔しくなりました。

 同好会は経営難なので会員は本を8冊買わないといけません。一冊900円なので合計で7200円です。「騙されたうえに金もむしり取られるのか!」と短気でねちっこい性質の僕は心の中でグチグチと愚痴を言いながら重い本を抱えて家路につきました。


 家に帰って貰った本を読みました。自分の小説が載ったページを開くと、自信満々の作品だったはずなのに、こうして印刷されるとどうした訳かとても見すぼらしく見えました。最後までじっくり読んでみると死ぬほどつまらないので驚きました。

 次に他の会員が描いた作品を読みました。小説やエッセイや琉歌などが載っており、どれも立派で舌を巻くほどでした。それらの作品と自分のものを比べると雲泥の差でした。僕は落ち込みました。


 しばらくしてまたハガキが来て「二週間後に出版会(出版を祝う会。略して出版会)をやるから、どこそこの会場に来い」と書かれてありました。


 行ってみて、会場の近くで道に迷ったのでお婆さんに聞いてみたら、このお婆さんも同好会の人で、会場の場所を教えてくれましたが、腹の立つことがあったから私はもう帰るのだと言いました。

 「同好会の奴らは馬鹿ばっかりだ!出版会があることを二週間前に知らせるなんて非常識だ!普通は一ヶ月前に知らせるだろう!幹部の奴ら、威張りくさって自分達に都合のいい日を周りに相談せずに勝手に決めるんだよ!本当に腹が立つ!小さい組織なのに派閥を幾つも作っていがみあってさ!馬鹿みたいだよ!それにさ、私と懇意にしてた○○の奴、私のおかげで教授になれたっていうのに、教授になった途端、手のひらを返しやがって!幹部の連中とべったりで私にはよそよそしくして、結婚の知らせも私によこさない!幹部の連中と一部の派閥の奴らにだけ手紙を送ってさ!ああホントに馬鹿馬鹿しい!私はこんな腐った同好会は辞めてやるよ!」

 お婆さんは見ず知らずの僕に愚痴を言うだけ言ってさっさと去って行きました。

 僕はポカンとしました。

 同好会にもいろいろあるんだということが分かり、ビビりな自分は不安になりました。


 しかし、ここまで来たのだから行くしかないと覚悟を決めて恐る恐る会場に向かいました。

 出版を祝う会だから立派な会場だろうと期待していましたが、恐ろしく汚い建物でした。子供たちがギャーギャー騒いでいる小さな公園の横の小さな町営の施設で、玄関を入ると警備員がやる気のない顔をしてぼんやり立っていました。中もとても汚く、天井が低くて薄暗く、壁にシミがありホコリも落ちていました。


 けれど会に来ていた会員は凄い人ばかりでした。あまり有名ではないけどプロの作家がいました。その他に大学教授、元高校の教員、元公務員、等々。

 かたや自分はただの引きこもりですからすっかり恐縮してしまって、とんでもないところに来てしまったと後悔し、早々に辞めてしまいたくなりました。

 席についてぼけっとしていると、会員たちのお喋りが聞こえてきました。

 「能は歌舞伎よりも分かりにくいからなぁ…」

 「盲学校の生徒たちはいい文章を書きますよ…」

 「本土の学校は沖縄の学校よりも高レベルで…」

 自分にはまるで縁のないような高度なお喋りをしていました。僕はそのお喋りを聞いて、こう思いました。

 「この人たちはこんなに高度な知識にもとづいた会話をしているのに全然有名な作家ではない。ということは、この人たち以上の高度な知識を持っていないと有名にはなれないということじゃないか?俺にこの人たちを超えることができるだろうか?」

 僕は、無理そうだ、と思いました。絶望が襲ってきて呆然としました。

 「俺、どうしよう…」

 そう思っていると、隣に座っていた少年が僕に声を掛けました。

 「何描いたんすか?」

 「え?」

 驚く僕に少年は言いました。

 「描いたんっすよね?小説っすか?エッセイっすか?」

 コミュ障の僕は突然話しかけられて戸惑いましたが、しどろもどろになりながら自作のタイトルを教えました。

 少年は本を開いて「ああ、これっすね。これ凄かったっす」と言いました。自信を喪失していた僕は「どうせ社交辞令で褒めてくれているんだろうな…」と思いました。少年は具志堅という名で、僕より一歳歳下。本土の大学に通いながら小説を描いていると言いました(この時は帰省中だったそうです)。その小説は非常にレベルが高く、僕の小説もどきとは比べ物にならないほどでした。僕はショックを受けました。さらに具志堅さんが手にしていた本には手垢がべったり付いていました。何度も繰り返し読んだ証です。僕は本をまだほんの少ししか読んでいませんでした。読むのが面倒で、ほぼ放置していました。そういうところにも僕と具志堅さんの差が表れているように感じられました。


 それから編集長が僕らの所にやってきて、いろいろ話をしてくれました。

 「君たちはまだ若いからこれから読書をするなかでだんだん方向性が定まっていくだろう。様々なものを読むといい。純文学、娯楽小説、児童文学、エッセイ、俳句、短歌、琉歌。その中から自分の好きなものを見つけていくといい」

 いいことを話して貰っているのに自信喪失中の僕はそれをうわの空で聞きました。

 最後に編集長は言いました。

 「二人ともいい小説を描いてくれたが具志堅さんの作品のほうが練れているね」

 僕は「やっぱりそうだよな」と意気消沈。トドメを刺された思いでした。



 帰宅した僕は、「だが俺は諦めない!」と発奮し、しばらく読書と執筆を頑張りましたが、ともすると不安が頭をもたげてきます。

 「俺は賞を取れないんじゃないか?何者にもなれないんじゃないか?」

 不安と焦燥と絶望で押し潰されそうになりました。毎日泣きじゃくりました。


 出版会での体験は自分の身のほどを知ることができた貴重な体験だったと思います。

 多少は己の無力に気付き、しおらしくなりました。


 しかし、これだけでは自惚は治りません。

 その後も有名になってチヤホヤされるために懲りもせずに読書と執筆を続けました。

 ですが何年やっても賞を取れず、同好会の先生方を唸らせるような作品を描くこともできませんでした。

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