『恋』の気持ちに単純なわたし(1)

「なんか北千種きたちぐささん、急に不機嫌じゃない?」

「そんなことありませんけど。あ、ほら、愛しの円樹つぶらき先輩の教室クラスに着きましたよ」


 円樹先輩のいる三年A組の教室に着いたわたしと御大地みおおじくんは、早速中へと入りました。


「おかえりなさいませ、お嬢様」


 瞬間、わたしはすぐに出迎えてくれたひとりの少年に――いいえ、男装した円樹先輩に目を奪われました。


 ひとつに結わえた髪に、化粧の効果で普段の優しげな瞳とは打って変わった切れ長の目元。内側から醸し出す妖艶なオーラ。


 いつもと違う雰囲気に、緊張が止まりません。


(円樹先輩……普段もおきれいですが、この姿もまた美しいですね……)


 思わずまじまじと円樹先輩を見つめてしまっていると、円樹先輩は困ったように笑いました。


「あれ? なんかアタシ変かな?」

「……っ! 全然! すみません、その……見蕩れてしまって!」

「えへへ、本当? ありがと! じゃあこちらへどうぞ!」


 わたしたちは案内された席につきました。


「喉が渇いたお嬢様方のために、とっておきのお飲み物をご用意しております。決まりましたら、なんなりとお申し付けください」


 円樹先輩はお決まりであろうセリフを述べて、わたしたちにメニュー表を渡してくれました。


 それから円樹先輩は、執事モードは一旦やめて、いつもの円樹先輩の調子に戻り、口を開きます。


「二人とも、今日は来てくれてありがとね。それにしても、まさか守がお友達とくるなんて、ねぇ……」


 円樹先輩はそう言って、流し目にこちらを見てきました。


 ――、か。


 それは牽制か、それとも純粋にそう思って言っただけなのか。


 ……なんて、勘繰るなんていけませんね。円樹先輩のことです、後者だと見て間違いないでしょう。


 円樹先輩はわたしみたいに、こんなことくらいでいちいち嫉妬なんてするはずない。こんなにきれいで、なんでもできる人なんだから。余裕の持ち方が、わたしとまったく違います。


 だって円樹先輩は、こんなわたしに対して『恋』の応援をしてくれるような人なんですから。

 円樹先輩だって、御大地くんに『恋』しているはずですのに。


「なんですかその言い方、まるで僕に友達がいないとでも言いたげな感じ」


 円樹先輩の言葉に対して、御大地くんはそう返すと、円樹先輩は「え? でも実際いないでしょ?」とからかって、御大地くんは満更でもないというふうに聞き入れていました。


 そんな仲睦まじげな様子を見せられて、正直わたしは、いい気はしません。


 ――『逆にアタシは、瑠璃ちゃんみたいになりたかったな』。


 ……前に、そう円樹先輩は話していたけど、なんで円樹先輩はそんなこと言ったんでしょう。


 わたしみたいになっても、いいことなんてないのに。


「……あ。アタシほかの人にも呼ばれちゃったから、また決まったら呼んでよ!」


 円樹先輩はそう言って、別の場所へ対応に向かいました。


 わたしは軽く円樹先輩を見送ってから、渡されたメニュー表に目を落とします。


 メニューは簡単なもので、何種類かあるジュースをどれか選ぶというものでした。


「わたし、ぶどうジュースにしようと思うんですが、御大地くんはどうされ……」


 わたしはメニュー表から顔を上げ、目の前に座る御大地くんを見ると――御大地くんの視線は、円樹先輩を向いていました。


(……当然ですよね)


 ……それにしても、とわたしは教室を見回します。


 執事喫茶はすごい賑わいです。きっと円樹先輩人気によるものでしょう。

 この場にいる全員から注目を集めている円樹先輩は、疲れなんて一切見せず、笑顔で接客に動いていました。


 あんな素敵な人だから、御大地くんも好きになったんですよね。


 それに比べて、わたしは……。


「――ごめん、飲み物だよな」


 胸の内に影を差したところで、御大地くんからの声が掛かりました。


 御大地くんはメニュー表にさっと目を通すと、


「うーん……悩むな。僕も北千種さんと同じにしようかな、ぶどうジュース」


 と言いました。


 あ、一応聞いてくれてたんだ――と、ほんの少しだけ心が軽くなるわたし。どこまでも単純だと自覚しています。


「そうですか。じゃあ、それを頼みましょうか」とわたしは言って、円樹先輩を呼ぼうとしたとき、別の方が、わたしたちの席に現れました。

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