デートの約束
一日が終わり下校した僕。自宅の玄関をくぐった瞬間、どっと疲れが身体にのしかかってきた。
(今日は散々だった……)
ヨロヨロとした足取りで自室に向かい、カバンを放り出し、制服のままベッドの上に寝転んだ。
(変なのに絡まれるし、何より、そのせいで
本人は「気にしないで」と言ってくれたが、やはり僕としては申し訳ないと思ってしまう。
本当に自分が不甲斐ない。
それなのに、こんな格好悪い僕を円樹円は見放したりもしなかった。こんな僕を責めもせず、僕に対して悲観もせず、呆れもしなかった。
(そもそも、円樹円は僕のどんなところを好きになってくれたんだろう)
ずっとそこが疑問だった。まだ出会って間もないのに、円樹円はなぜ僕ばかりになんかに構うのかもわからない。
「……」
僕はおもむろにスマホを手に取った。
「き、聞いてみるか……?」
せっかく連絡先も交換したんだし、ちょっとメッセージを送るくらい構わないだろ?
メッセージアプリを開き、円樹円のトークルームへと移動する。
しかし、いざ文字を打ち込もうとして、途端に指が震え出す。
……というか、冷静に考えて「僕のことなぜ好きなんですか?」なんて聞けるわけない。そんな自惚れた質問、僕の口からはとても話せない。
(……やっぱり、聞くのはいつか……機会があったときにしよう)
そう思い直し、僕はスマホを置こうとした――そのとき、円樹円からのメッセージを受信し、「ひゃいっ!?」と裏返った声が出た。まったく、円樹円というのは何もかもいきなりだ……。
メッセージを確認すれば、『今日、みんなでお昼食べれて楽しかったね!』と来ていた。あのひと騒動に触れないあたりが、円樹円の優しさが出ている。
続けて、『あれ、めっちゃ既読早いね笑 まもるくん、そんなアタシからのRAIN待ってた?笑』とメッセージが。僕は慌てて「そんなつもりじゃ……!」と声を上げるが、スマホに向かって喋っていても円樹円には何ひとつ伝わらないと気づき、『別に、たまたまです』と返答メッセージを送った。
今、僕どんなふうに思われてるんだろう……。円樹円からの
僕はすぐに話題を逸らすため、『……で、なんですか。それだけ言いにRAINしたんですか』とメッセージを送った。冷めた対応だとは思うが、これで円樹円が僕から距離を取ってくれるならそれでいい。本来僕は、こんなに円樹円と深く関わるつもりはなかったんだ。
『まもるくんは相変わらずまもるくんだねー』
そんなメッセージを前置きに、円樹円はこんなことを言ってきた。
『……ねぇ、今日みたいなことってさ』
僕はすぐに、昼休みの騒動のことだと察した。
『前からあったの?』
そんなことはない、と返答しようとして指を止める。代わりに、僕はこう送ることにした。
『あの、電話かけてもいいですか?』
一拍間隔を空けたあと、『うん』と円樹円から返事が。僕は若干緊張しながらも、円樹円に電話を掛けた。
呼出音が数秒続いたあと円樹円と電話が繋がった。
『は、はい。円樹、です』
「……
『えへへ、なんだか電話だと妙に……』
わかる。僕も同じだ。
「……円樹先輩、今日はありがとうございました」
『……ううん。アタシが勝手にやったことだよ』
「それでも、僕が助かったことは事実ですから」
そう言ったものの、電話口の向こうからは、微かな重い空気の音が伝わってきた。
『……でも、元はといえばアタシのせい、だよね? アタシ、知らなかったの、自分の行動のせいで――』
「円樹先輩は何も悪くないです」
円樹円の言葉を遮り、僕は続ける。
「それに、あの三人も悪い人じゃありませんから。円樹先輩のために怒れるくらい、円樹先輩のことを大切に想っている人たちなんだと思います」
元々、彼らが怒る原因を作ったの僕自身であるのだから。
『……そっか。守くんは優しいね』
「僕は優しくありませんよ。優しい心を持っているのは、円樹先輩のほうです」
『そうかなぁ』
ここでしばらく互いに沈黙が続く。しかし、それを先に破ったのは、円樹円のほうだった。
『……まあ、今まで何もなければよかったんだけれど。ちょっとそこだけ気になっちゃってね、それなら少し、安心した』
円樹円の優しさに、僕はすっかり寄りかかっていた――これがもし、最初から僕らが姉弟の関係であったなら、一枚の壁を感じることなく、僕は姉に対して甘えていたのかな。
「……なんか僕、助けられてばっかりですね」
そう洩らす僕に、円樹円は『そんなことないよ!』とすぐに相槌を打ってくれた。
――でも、やっぱり。
「僕、助けられっぱなしじゃ……嫌です」
電話口の向こうで、一瞬息を飲むような音が聞こえた。数秒して、円樹円からの返答が。
『じゃあさ、今度アタシと付き合ってよ』
「……え?」
――付き合う? 何にだ?
そう思っていると、続けて円樹円はこう言った。
『――今度の日曜日、アタシとデートしてください』
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