リンカーネイション

on

episode 1·プロローグ

蓮城高校①

チャリンチャリン……ピッ、ガコンッ、

ガッ…カシュッ………、

グッグッグッ………


「っ、はぁーーーっ!!」


喉を通り過ぎる清涼感に、体が潤っていくことがわかる。私は息継ぎなんて忘れて、一気に飲み干した。

「っ、おいしーーーっ!このために夏を生きてるまであるよ…」

果子かこ、豪快すぎ…しかも、その飲み物を…」

隣にいるクラスメート、篠田理紗しのだりさはドン引きしてひきつった顔を隠そうともせずに私を見、そのあとにさっき飲み終えたばかりの缶飲料に視線を移した。

「少なくとも、女子高校生が喜んで飲むものじゃないでしょうよ…」

「何で?美味しいよ?」

手元の空の缶―――『夏のおしるこ~ドライトマトと茄子の揚げびたし風味ふりかけ入り~』―――を振り上げると、後ろに並んでいた自動販売機待ちの列からおぉ…と感心の声が上がる。

やっぱこんなにたくさんの人が賛同してくれてる‼この様子を見て確信する。やっぱりおかしいのは理紗だよ‼

「皆も良いって言ってるじゃん?だからさ…」

「はいはい。あんた着てるだけでも皆意見できなくなるんだから、とりあえず早く退くよ。」

理紗は私の耳たぶを引っ張って自動販売機の前から辞した。

…何で皆、畏敬のまなざしで理紗を見るの?着てる私じゃなくて⁈

「理紗にも買ってあげようと思ったのにー‼」

「いらない。そんなお金あるなら募金して。」

「また飲ませられなかったぁっ‼」




「今日もいい天気ーーーっ」

購買で買ったパンの袋を振り回しながらたどり着いた中庭は、いつもと変わらず太陽光がさんさんと降り注いでいて、それを受けた短い芝生は午前中の放水をきらきらと反射させてみせた。

私は草木がめきめきと音を立てるほどに成長していく夏が好きだ。自分も一歩次のステップに進んでみようか、と思わせるエネルギーを、夏は持っている。

午前中のつまんない授業のせいで凝り固まった体を存分に動かしてほぐす私に対して、理紗はいつもの黒い日傘から出てこない。緑色の制服とシックな日傘は良く似合うけれど、何かもったいない。せっかく気持ちいい天気なのに。

「理紗ぁ、そんなんじゃ運動不足でおばあちゃんになっちゃうよぉ」

「大丈夫。夜には動くから。」

「ちぇーーー、夜行性。」

そんなこと言ったって、理紗は芯のあるオンナだから、ちゃんとジムに行って体を動かしてるのは知ってる。やることはやる奴だ。

一通り動いてからお腹を空かせて、木陰のベンチに座る(ちなみに理紗は待っていてくれる。なかなかいい奴だ)。二人で「いただきます」をしてから、私は焼きそばパンにかぶりつき、理紗はかしわおにぎりを上品に箸でほぐしはじめた。


「皆思ったより夏期講座には参加するのね。大半はさぼると思ってたのに。」

「ははひふぉほぉほほふぇふぁ」

「飲み込んで。そんなに早急な対応を求められる話じゃないでしょ、もう。」

「…っはぁーーー、私もそう思ってた、って言いたかった。」

「当然のように理解できなかったよ。」


もうちょっと落ち着いて生活しなさいよね、という同級生らしからぬ大人の目線を向けられて、少し反省する。私だって、あわただしいこんな性格を直したいって思うこともあるんだよ。…夏休みの宿題を全部忘れて始業式に行ったときとか。午前と午後を勘違いして朝3時に学校に行ったときとか。


「私達もあと少ししたら受験生だし、勉強に本腰入れる気分ってとこかな。」

「そんなこと言って、本当は理紗が一番勉強してるくせに。」

学年屈指の秀才である理紗にそう軽い口を叩きながら、横目で中庭を眺める。うちの高校はあんまり上下の区別がない。最低限の礼儀さえ守っておけば、先輩にいじめられることもないから、こういうときに外に出て遊んでいる生徒たちも、色んな学年が入り混じっている。

バレーボールをしている一年の女の子達。寝ころんだ目元に開いた教科書を置いて昼寝をしている二年の男の子。その隣を、彼氏に呼ばれた三年の先輩が嬉しそうに駆けていく。

全くリア充め、なんて思うけど、その和やかな情景は今日のふんわりした優しい天気にぴったりで、自然と笑みが零れる。

他の人は、反強制の夏期講習があるようなうちの高校の悪口を言ったりするけど、私は結構好きなんだ。基本的な学力は高いのもあって、くだらない諍いもあんまりないし、こんな綺麗な中庭も用意してくれるし、仲のいい友達もできたし。

何より、購買のパンが美味しいし‼‼

焼きそばパンを食べつくした私は、また袋の中を探る。

「よく食べるね。睡眠学習っていうのはそんなに疲れるものなのかしら。」

「…ぐっ、それは言わない約束でしょーーー。体力を補うには食べ物から補給しないとだめなの‼」

小さいかしわおにぎりをゆっくりほぐしながら食べる理紗を横目に、今度はミルクフランス(260円、高め・一番人気)を取り出す。今日は夏期講習で、よく頑張ってるからご褒美。

セロハンテープをはがして、袋をずり下げると、そこから出てきたのは淡い黄金こがね色の焼き目。目線を下に下げると見える、大胆なスリットとそこから覗く白鳥の羽みたいな色をしたミルククリーム。…これがたまらない‼


「ほんと美味しそうに食べるわね。…って、危ない‼」

入念な視覚からのうまみを堪能したあとに、じゅるじゅるになった口でがぶりといこうとした瞬間。

理紗の声が響いて、何事かと思ったそのとき、視界の端から上履きが飛んできて、私のミルクフランスに、ばこん‼


目の前の景色が受け止められない私を尻目に、柔らかいフランスパンの身がゆっくりと半分こになって、そのうちの上部分が鮮やかな緑の光を放つ芝生に倒れていく。

「え…」

その様子を見ていると、この子と私の思い出が走馬灯のように頭を駆け巡る。


授業終了15分前から掌の中の小銭を数えたあのひととき。チャイムが聞こえた瞬間からスタートダッシュを切り、陸上部の男子と道を競い合った階段。その戦いに勝利し、約50名の男子生徒を蹴り落した末に掴んだ黄金色の幸せ。この子は私の物だって、そう誓った…はずだった‼‼


「許さないから‼」

自然と浮かんできた涙をぐいと押し込み、向こうに転がった上履きを掴む。

「あーあ。」

理紗があきれたように声を漏らす。…でも知るもんか‼

「ほどほどにしときなさいよー。」




掌をぴらぴらと振った理紗の声を聞きながら、私は立って中庭を見回した。誰よ‼私の至福の時間を奪ったならず者は‼

注意して見ると、ぱっと見ではわからない暗い木陰に、男子生徒らしきがっしりした体格の人達がうごめいているのが分かった。その中の幾人かが下に拳を叩きつけている。…良からぬこと、してるっぽい。

ゆっくりと近づいていくと、ガラの悪そうな三年の男子が、細身の三年の男の子を殴っているのが見えた。…何人でそんなことしてんのよ、1,2,3…5人‼

「うっ…、やめ、がっ…」

「うっせ。こいつ、まだ何か言ってるよ。」「あぁ?」

彼らはいじめに夢中で、私に気づく素振りもない。そのうち、一番いかつい金髪の男子がポケットから何かを取り出した。…箱?そいつはプラスチックの箱をがちゃがちゃ振って、蓋を開けた。

「これでも詰めてやれよ。」

「っは、おもろいな、お前。」

蓋が開いたまま、それは違う人の手に渡る。そして細身の子に一番近い男子がそれを受け取ると、両隣の子が羽交い絞めにして動けなくした。箱を持ったやつは男の子の顎をぐっと掴むと、箱の中身を口に入れようとした。

「うっ、ううーーーーーっ‼‼‼」

細身の子は絶叫する。箱の入り口を通って出てきた中身が見えて、…それはまずい‼


私は上履きを投げ捨ててから、左足を曲げて、態勢を低くする。そのまま一回転して、勢いをつけてからぴんと伸ばした右足で大きく箱を蹴り上げた。

「は?」

衝撃で蓋が完全に外れた箱から、大量の釘が降り注ぐ。男子生徒達は「っだ‼」と口々に悲鳴を上げた。その隙に男の子を羽交い絞めにしていた男子生徒達に、それぞれ心窩部に肘鉄、脾臓にフックを入れて解放させ、男の子を背中に庇う姿勢をとった。

「誰だお前‼、…って。」

金髪が目を見開く。私は最大限の怒気を込めて、その視線を受け止めた。技が入った男子生徒達はもうすでに戦意喪失していて、ひっくり返ったまま動かない。それ以外の3人も、私の制服を見て、完全に怖気づいたみたい。ゆっくりと後ずさって、私と1mmでも長く距離をとろうとしてる。

「あのねぇ…」


納得いかない。こんな奴らが私達の心地いい学校にいること。訳の分かんないいじめをしていること。そして何より、

私の子供と言っても過言じゃない大事な大事なミルクフランスを台無しにしたこと‼‼


「これくらいでびびってるなら、他人ひとに手ぇ出すな‼‼」


「…んだとこいつっ」

これで頭を下げてくれるならとりあえずぶん殴らないでおこうと思ったけど、どうもそういうわけにはいかないらしい。怖気づいた態度をおざなりに押し込んで、金髪を含め3人は私に殴りかかってきた。右、正面、左の三方向に立たれて、退路を塞がれる。

…はぁ。舐めないでほしいね。


「う、りゃっ」

右側のやつのぼてぼての拳をかわし、突き出された腕を掴み、踏み出されていた左足を引っかけて投げる。そのまま細身の男の子をまたぐようにバク転をして相手を広い所におびき出し、早々と罠に引っかかった左側のやつの中段蹴りを腕で受け止め、重心が取れてない体の中心、つまり胸を突く。「わ、あっ」腰砕けのような形で倒れ込んだそいつを飛び越し、最後にやってきたのは正面に立っていた金髪だった。

こいつだけは腕が太くて胸板も厚く、それなりの体型をしていた。もしかしたら日常的に喧嘩をしているタイプかもしれない。細い目を更に細めて、不快感たっぷりにこちらを睨みつけている。

「×××だからって調子に乗ってんじゃねぇぞ、後輩の小娘ガキが。」

「そっちだって三年だからって後輩を威圧しないでください、」


言いながら一気に間合いを詰めて、相手の視界から一瞬姿を消す。下から泳いだ目が見えた瞬間、私は私を認識していないその目に向かって笑いかけた。左足で地面を思いっきり蹴って、一回転。


「ねっ‼‼」


相手が私の姿を見つけた瞬間、その顎には私の右膝が突かれていた。ごっ、と鈍い骨と骨がぶつかる音がして、数瞬後、金髪頭が倒れていく。


私はスカートについた砂ぼこりをはたくと、男子達を無視して、ぐったりしている男の子に声をかけた。

「大丈夫?」

「…はい。あの、本当に、ありがとうござ」

「やめてやめて。私達同級生でしょ?タメでいこうよー。」

「いや、本当に、…つっ」

細身の男の子は、よくよく組章を見てみると同じ二年生だった。おそらくベンチの占有権なんかのしょうもないことで揉めたんだと思う。この学校はあんまり上下の区別がない代わりに、こういう変な輩が威張ることができない鬱憤を、いじめやすそうな子を見つけて晴らそうとすることがたまにある。まぁそれを解決するためにがいるんだけど、見つけて事が起こってから仲裁に入るっていうのでは全く意味がない。がもっと頑張らなきゃいけないってことだ。

「ほら、やっぱり怪我してんじゃん!どこが痛いの?」

「あ、すみません…足がちょっと…って、え」

「え?」

「あれ…」


いきなり声が途絶えた男の子の視線は、私の背後…結構遠くに向けられていた。でもその視線の先と思われるところから広がるように歓声が押し寄せてくる。

「きゃーーー!」「やばい、目ぇ合っちゃったよ!」「すげぇオーラだな。これがあの”神の申し子”か…」「いや、直視不可!」「てかカッコよすぎる!結婚したい!」


「あれが、白鷺…」


…おっと。これは…あの人のお出まし、か。

…うーーー、怒られちゃうかも。てか怒られる。確実に。

ここまで来て逃れられるわけもないのに、最後の抵抗として私は振り返らなかった。しかし、そんな抵抗むなしく、芝生をかき分ける足音はどんどん近づいてきて、ついに私の真後ろでぴたりと止まった。ガクブルと震える私に対して、その人は後ろから肩を掴むと、そっと囁いてみせた。耳たぶが吐息に触れて、身体中を薄い興奮が駆け巡る。

「あとで話な。」


その様子を見た中庭の女の子達がきゃーーーっと絶叫のような声を上げる。

…代われるもんなら代わってあげたいよ、切実に‼

その人は一旦私を解放すると、後ろに引き連れていた担架を持った生徒を促す。彼らはまず初めに細身の男の子を、そしてそのあとに金髪達を担架に乗せて、保健室に運んで行った。

私は諦めて立ち上がる。そしてその人の横に並んで立って言った。




「連城高校執行部です!

今後このようなことが起きないように、皆さん気を引き締めて学校生活を送ってください!」




中庭の視線が全て私達に集まる。ややあって、拍手の音が聞こえた。その輪はだんだん広がっていって、喝采になる。


…そんなに感謝してくれるなら、このあとのお説教、誰か代わってよー!


横目で理紗を探す。いつの間にか随分遠いところに避難したらしい彼女は、苦笑いしながら私のパンが詰まった袋を高く掲げた。

…失ったミルクフランス‼嫌なこと思い出しちゃったじゃん‼


心の中でさめざめと泣きながら、先に歩き出したの先輩を追う。

その人こそ、成績の優秀さや運動能力の高さ、そして何よりその美貌に由来する”神の申し子”という異名を持つ、我が高校の·だった。


「お前、だろ。格好悪い姿勢で歩くなよ。」

あなたと一緒にしないでください‼と怒鳴りたくなるのを抑えて、私は背筋を伸ばした。が風によってなびく。この学校にたった7着しかない白い制服。それは緑色の芝生や制服に交じると、あまりにも目立って仕方なかった。




ここは私立連城高校。私、高宮果子はこの学校の‪·

その仕事は普通の生徒会と何ら変わりはない。

…ただ一つ、を除いて―――。







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