第4話 イヴデート(前編)

 ――今日は12月24日。世間一般にクリスマスイヴと呼ばれる日。

 昨日の夜降った雪により、外は一面白銀の世界に変貌していた。


「ふふふふ〜んふんふ〜ん」


 白い息を吐きながら鼻歌を口ずさむ。凍えるような外気も、靴の下でジャリジャリ鳴る積雪も、僕の気持ちを抑えることはできない。


 そんなご機嫌な僕に、少ししゃがれた声をかけてくる人物がいた。


「ご機嫌ですね司様」

「当たり前だろセバスチャン。それより早く車を出してくれ」


 黒塗りのリムジンの前で頭を下げる初老の執事。剛田剛蔵(ごうだごうぞう)ことセバスチャンだ。

 彼は僕専属の執事の筆頭であり、七条家の使用人の中でも上位に位置している。


 そんなセバスチャンは、いつも通りリムジンのドアを仰々しく開けながら言葉を続けた。


「司様のご命令通り、バラの花束を用意してあります」


 セバスチャンの言う通り、広い車内を埋め尽くすほどの真っ赤な薔薇の花が咲き誇っている。

 その内の一輪を指でなぞりながら、僕はシートに腰掛けた。


「ご苦労。それじゃ早速行こうか」

「御意に」


 音もなく走り出すリムジン。スモーク越しに見える雪景色を眺めながら、僕は目を瞑った。




「――――というわけでマオマオ。君の卑しい奴隷が到着しました。どうかお顔を見せてください」

『…………お前、なんで私の家を知ってるんだ……いややっぱりいい、少し待っていろ』


 マオマオの家はごく普通の一軒家だった。

 閑静な住宅街の中にある、青い屋根の二階建ての家。

 だがここでマオマオが寝食をしているという事実だけで、この小さな家が天上の神殿のように感じる。


「ちょっと茉央ー? こんな朝からどこ行くのー?」

「な、なんでもない! いいか母よ、絶対に玄関から顔を出すなよ⁉︎」

「あたしはいいってことー?」

「茉莉花(まりか)もダメだ! 大人しくテレビでも観ていろ!」


 そんなドタドタした会話が聞こえ、すぐに玄関の扉がガチャリと開いた。


「…………おい司、うちに来るなんて聞いてないぞ」


 そこからわずかに顔を覗かせたのは、じとりと僕を睨み付けるマオマオ。だがそんな恨めしそうな表情も、その身に纏った猫の着ぐるみパジャマによりむしろ愛らしさが増し増しだった。


「頭の中でマオマオの了承は得ています。それに今日はクリスマスイヴ。愛しい相手と過ごす日ですので」

「……はたから見たら完全にストーカーのそれだぞ?」

「大丈夫です。僕は気にしません」

「泣いてもいいか?」

「ではその涙は僕が採取します」

「………………はぁ……もう少しそこで待っていろ」

「マオマオのご命令のままに」 


 呆れた顔でマオマオが扉を閉める。そして慌てて階段を昇る足音が僕の耳に届いた。


(胸にカメラ仕込んでて正解だったな。パジャマオマオの抱き枕作らせよう)


 そうと決まれば善は急げだ。後ろを振り向きセバスチャンに視線を送る。セバスチャンも僕が言いたいことが伝わったらしく、ピシッとお辞儀で返してきた。


 ――その時、扉が静かに開き、マオマオではない人物が顔を出した。


「えっ⁉︎ ちょっとお母さんヤバいよ! 茉央の彼氏イケメン過ぎるんだけど‼︎ あ、初めまして。茉央の姉の茉莉花と言います」

「初めまして茉莉花お姉様。七条司です。彼氏だなんて、僕はそんなものじゃありませんよ」

「なになに⁉︎ 私にも見せてよ茉莉花! …………やだ、お母さん女に戻りそう」

「初めましてお美しいお母様。どうか以後お見知りおきを」


 ニコリと笑顔を向けると、二人はキャーキャー騒ぎだした。しかしすぐに顔を見合わせ、何かに気付いたように首を傾げた。


「……えーっと、七条ってもしかして貴方……」

「はい、七条家の一人息子です」


 二人の顔がみるみる驚愕のそれに変わっていく。そしてガチャンと扉を閉めると、またもや足音が階段を駆け上がっていった。


「茉央ー‼︎ 早く着替えなさい! 司君を待たせるなんてありえないわよ⁉︎」

「ズルいわよ茉央! どこであんな金持ちイケメン捕まえたのよ‼︎ リスナー? リスナーから選りすぐったの⁉︎」

「はぁ⁉︎ なんでお前らが司を⁉︎ 顔を出すなと言ったであろう‼︎」


(賑やかな家族だな。これならマオマオも退屈しないだろう)


 そんなことを考えボーッとしていると、やはりドタバタという音とともに、ガチャリと扉が開いた。


「……待たせたな司。お前のせいで色々と面倒なことになったんだ。とにかくここを離れるぞ」


 白いコートに身を包んだマオマオが、僕の手を引っ張る。

 その手をギュっと握り返し、僕はセバスチャンに声をかけた。


「とりあえず車を出してくれ」

「かしこまりました」


 ――――こうして、僕とマオマオのイヴデートが始まったのだった。



P.S マオマオは初めて見るリムジンにポカンとしていた。盗撮コレクションが増えた。

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