出撃準備

「エルロン・チェック、OK

 ウエポンベイ、開閉、動作異常なし。

 チェックリスト・コンプリート」


「クーパー少尉、全ての計器に問題はありませんでしょうか? 」


「ああ、ちょっと待ってくれ」


 機能性だけを重視した軍用機は軒並みコックピットが狭い、だが、このナイトアウルのコックピットは群を抜いて狭い。

 俺は窮屈に身体を回し、全ての計器に異常がないかをチェックした。

 とはいえ、我ながら2週間足らずでよくもまあこんな機体に慣れたものだ。


「問題なし、格納庫を開いてくれ。

 これより地上滑走タキシングを開始する」


「了解、パターンGを使ってのタキシングを許可……いえ、待ってください。

 イリス・カーペンター少佐が貴方にお話があると」


「少佐が? 」


 てっきり無線で話しかけてくるのかと思っていたが、突然、外部からコックピットが開けられて少佐がひょっこりと顔を出してきたものだから、俺はたまげてしまった。


「ふふっ、驚かせてしまったかしら? 」


「少佐。

 自分は作戦遂行直前ですよ」


「でも、大して動揺も、焦りもしていないでしょう? 」


 まぁ、確かにそうだ。

 自分でも意外なほどに、俺は世紀の大作戦を目の前に冷静だった。


「指揮を執る貴方も余裕そうに見えますが」


「いいえ、貴方の身が不安でしかたなくて、だからここまで来たの」


 言葉とは裏腹に、そういう彼女の表情はいつもの微笑だった。

 それは俺を少しだけ失望させた。


「まさか。

 前線に出る兵士なんて、どれもこれも駒に過ぎない。

 指揮官というものはみんな、そんなものでしょう? 」


 少佐は少し目を丸くした。

 しまった、失言だった。

 居心地の悪さを感じ、俺はヘルメットのバイザーを下げ、もう出撃するという意思表示をした。

 だが、少佐はしなやかな指先で俺のバイザーをあげた。


「少佐? 」


「確かに、私は自分の指揮下の兵を駒と割り切っている。

 あなたを除いて」


「励ましはありがたいが、雑すぎますよ。

 数多の兵士の中の1人、しかも傭兵の俺が特別なんて」


「私は一千人ものデータベースを閲覧している。


 戦死したものも合わせて、123人の傭兵の中で20機以上の撃墜を記録したのは貴方ただ1人。

 この王国軍の歴史の中で5度も撃墜されて、全て生還したのは貴方ただ1人。

 貴方は、私の見てきた中での唯一の例外、特別」


 少佐の、俺と顔を合わせるような距離感で淡々と事実を並べる。

 彼女の表情は真剣だった。

 俺は、その栗色の瞳から目が離せなくなる。


「陛下の御命令で、私の判断で傭兵である貴方を指名した。

 実はこれは建前なの。


 少尉、貴方に……本当は君に会いたかったからよ」


 不意に視界が暗くなる。

 バイザーが彼女の白い指先により閉じられたからだった。


「行ってらっしゃい、クーパー君」


 少佐はいつもの笑みを浮かべ、俺の視界から退いた。


「こちら管制塔、少尉、そちらの用意は?

 ……少尉? 」


「あ、ああ……了解した。

 これよりタキシングを開始する」


 我に帰った俺は、スロットルを微量に動かす。

 ナイトアウルはゆっくりと滑走路へ向けて動き出す。

 こいつが安定しているのは、地面に足がついている時だけだ。


「作戦の最終確認をします。


 本作戦は極めて機密性の高い任務である為、貴機のコールサインは指定いたしません。

 敵、味方、民間、全ての勢力に存在を知られてはいけない為、離陸後は速やかに無線封鎖を行い、定められたルートに従って飛行し、ターゲットを始末してください。


 以上。

 滑走路への進入を許可、離陸準備が出来次第離陸を」


「了解」


 一度、滑走路上で静止し、スロットルを全開にする。

 コックピットが揺れ始めた時、俺はブレーキを離した。

 タイヤが鳴る音ともに、ナイトアウルは滑走を開始した。


 視界の右に滑走路横の距離が書かれた標識が流れる。600m、800m、小型軍用機にしては遅すぎるような距離で操縦桿を僅かに手前に引いた。


 機体が浮遊すると同時に、俺は無線ダイヤルをOFFに合わせた。


「例外で、特別か」


 誰にも届かない独り言を、俺は呟いた。





 今宵、共和国本土奇襲作戦『梟の夜』作戦が開始された。

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