第8話

燃え盛る建物。逃げ回る人々と、それを狂気的な笑みで襲う者たち。

そして、その光景を崖の上から見下ろす少女が1人。


「…全部ワタシのせいだ…」


その光景を見て膝から崩れる。


「みんなみんな、ワタシのせいで死んじゃった…ワタシが逃げなければ…ワタシがもっと強ければ…あ、ああああ!!」


ただ燃え盛る村に向かって嘆き、泣き叫ぶことしか出来なかった少女は、無力な自分への後悔と村を襲ったもの達への恨みに身を焦がすだけだった。



「…よし、完成。」


スープが完成し蓋を閉め、火を消す。


「味見はしたから味は問題ないとして…これだけじゃ足りないかな…あ、たしか干し肉があったような。」


干し肉のことを思い出し、テントに戻り、寝ている少女を起こさないように干し肉を探す。


「たしかこのバッグに…あ、あったあった。」


干し肉を見つけてテントを出る。

その時


「う、うぅ〜…お母さん…」


少女の唸る声のあと母親を呼ぶ声が背後から聞こえてくる。

リヨリアは直ぐさま振り向く。するとそこには苦しそうに宙に向かって手を伸ばす少女の姿。


「あ…」


リヨリアはテントの中に戻り、少女の上げてる手をそっと握る。


(寝てる女の子手を掴むのどうかとは思うけど、今はいいよね。まぁ、健康状態を調べるために血を採ったのもあるし変わらないか。)


そんなことを考えながらも手を握り続ける。

そうして時間が経ち…


「…ん…ここは…」


少女が目を覚ます。


「…起きた?」


リヨリアはその少女を驚かさないように、控えめの声で話しかける。


「…ッ!?」


少女は話しかけられリヨリアの方を見るや否や、目の色が変わり、リヨリアが握ってる手を振り解き、勢いよく跳ね起き、低い態勢になりリヨリアを威嚇する。


「敵!!」


「え、あ、え?」


突然のことに困惑するリヨリア。そんなリヨリアを睨みつける少女。


(すごい威嚇してくる。混乱してるんだ。とりあえず敵じゃないことを証明しないと。)


「ボクは──。」


「ッ!!」


リヨリアが誤解を解こうとした途端、少女が襲いかかってくる。

予想もしてなかったことに、なんの行動もとれないリヨリア。その隙を着くように、少女の爪のたった手がリヨリアの腹に刺さる。


「ウッ…カハッ」


口からこぼれ出てくる血。

少女の手を伝って滴る血。

リヨリアは腹部から伝わってくる痛みに顔を歪ませる。


「奪われる前に奪わなきゃ…」


「…?」


痛みに耐えながら少女の腕を抑えていると、少女が俯きながらそう呟く。リヨリアはそんな少女の震えに気づく。

そして少女は俯いていた顔を上げる。


「…奪わなきゃ。」


「…ッ!」


リヨリアはその少女の表情に驚く。

少女は瞳に光をともさず、口角が上がりきらない辛そうな笑顔を浮かべていた。


(この子…)


リヨリアはそんな表情を見て、手の力が自然と抜けたが、少女の手もリヨリアの腹からスっと抜け、少女は地面に膝を着く。


「でも今奪ったって…意味ないんだ。奪われるものもないから。だから…」


少女は自分の首に自ら爪をあてる。


「死んでもいいよね。」


腕に力をいれる。


「…」


「…え」


だが、その爪が首に刺さることはなかった。


「…なんで…」


「死んじゃだめです。」


リヨリアが少女の腕を掴み、自殺を制止する。


「…死ぬのはやめてください。」


「でも…でも!みんなもういないんだ!ワタシがこれまで生きてこられたのはみんながいたからなの!そんなみんながいないなら死んだっていい!!」


「…」


少女の嘆きを聞いてリヨリアは静かに膝をつく。


「失礼します。」


そう言って近づき、少女を抱き寄せる。


「…え」


「昔、悲しい時は人の温もりを感じるのが1番と言われたことがあるんです。」


「…」


「ボクにはこんな事しかできませんが、少なくとも1人で悲しんで死ぬよりはいいと思います。」


「…」


「…大丈夫です。今はボクがいるので1人じゃないですよ。」


少女はリヨリアの言葉を聞いた途端、視界がぼやけ、目から何かがこぼれ、頬を伝っていくのを感じる。


「…うぅ」


それが涙と分かった少女は感情が涙となって一気に溢れてくる。


「うぁぁぁ!」


そして、少女は泣き出す。リヨリアを強く抱き返して泣き叫ぶ。リヨリアは痛みにこらえながら、少女が泣き止むまでずっと抱きしめていた。



「どうぞ。」


「あ、ありがとう。」


温め直したスープと干し肉を少女に手渡す。


「熱いので気をつけてください。」


「う、うん…」


少女はスープをじっと見つめる。


「あ、もしかして毒が入ってるか心配ですか?」


「え、いや。そういうわけじゃないんだけど…」


「…じゃあ、私が先にいただきますね。」


少女の不安はなるべく解消しようと努力するリヨリア。木製のスプーンでスープをすくい1口。


(うん、美味しくできてる。)


「…」


「毒は入ってないですよ。口に合うかは分かりませんが、どうぞ食べてください。」


「…いただきます。」


少女もリヨリアと同様に木製のスプーンでスープをすくい口に含む。


「ッ!美味しい…」


「良かったです。干し肉も美味しいですよ。」


少女の反応に嬉しさを感じたリヨリアは、干し肉も少女に勧める。勧められた少女は干し肉もひとくち食べる。


「…おいひい。」


そうして黙々と少女は食べだす。それを見て、リヨリアも食べ始める。

そうして、数分間の沈黙があり。

突然少女が飲みかけのスープの入った器を置き、リヨリアの方を見る。


「あ、あの…お腹…大丈夫ですか?」


「ん?あ、大丈夫ですよ。ボク、ヴァンパイア族だから他の種族よりは素での回復力が高いのでこれくらいだったら包帯巻いておけばすぐに治りますよ。」


とリヨリアは服の上から腹部を優しくポンポンと叩いて大丈夫だと言うことを証明する。


「…ごめんなさい。」


「気にしないでください。貴方も混乱してた訳ですし。」


「でも…」


「…そうですねえ…じゃあ名前を教えてください。そしたらこの傷のことは取り消しましょう。」


「え…そんなことでいいの?」


「はい。ボクにとっては大事なことですから。」


「そう、なんだ。」


「あ、こういうのって自分から名乗るべきですよね…ボクはリヨリアです。」


「…ワタシはルノス=ケヌン」


「ルノスさん…いい名前ですね。」


「…そっちもいい名前だと思う。」


「そうですか?そう思って貰えるならありがとうございます。」


そこから、2人は雑談しながら食事を楽しむのであった。



完全に辺りが暗くなり静まり返った頃。

食器を洗い終わったリヨリアはテントに戻る。


「戻りました…ルノスさん?」


テントに戻るとルノスが目を瞑りながらコクコクと首を上下させていた。


「ルノスさん?」


「ん、あ…リヨリア…」


近づいて声をかけてみると眠そうな声と表情のルノス。


「…リヨリアぁ…眠い…」


「眠いですか…そのままなので寝ますか?」


「…そうするぅ…」


「あ、ちょっと!」


あまりの睡魔に倒れそうになるルノス。そんなルノスを倒れる前に支えるリヨリア。


「ルノスさん、大丈夫ですか?」


「だいじょう……ぶ……」


リヨリアに支えられながら睡魔に耐えるルノス。リヨリアはそんなルノスを静かに寝かせて、毛布をかけてあげる。


「おやすみなさいルノスさん。」


そう告げて毛布から手を退けようとした途端、ルノスに腕を掴まれる。


「…え、ルノスさん?」


「リヨリアぁ…いかない…で…となり…に…いて…」


「…」


リヨリアはそんなルノスを見て手を握り返す。


「どこにも行かないので…安心してください。」


「……うん…あんしん…した…おやす…み…」


「はい、おやすみなさい。」


目を瞑るルノス。リヨリアは眠るルノスの手を握り続ける。



「うーん、弱すぎて話にもならないや。」


血まみれの槍をくるくると回して、地面に転がるたくさん死体を見て退屈そうな表情を浮かべる少年。


「兄さん、こっちも片付け終わったよ。」


草むらの奥から歩いてくる少女が1人。


「お、そっちも終わった。下のやつらは?」


「野営地に死体と一緒に戻らせたよ。後でこっちにも回収来ると思う。」


「そっか…んで、そんなジト目でどうした?」


「いや、兄さんは相変わらず辺りを血まみれにするのが好きなのかなって思っただけ。」


「俺は物理戦だから仕方ない。」


「はぁ、それでももう少し血の飛び散りは抑えれなかったの?」


「ごめんて。次からは気をつけるよ…」


「もう、本当にだよ…」


死体に囲まれる中で、何事もないかのように話す2人。

それはまるで狂気のようだった。

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