第3話 旧矢車トンネル

 深夜……はまだ怖いので、夕暮れ。

 オレンジ色の夕焼けが、少しずつ紫に変わってくる黄昏時。


 俺と三色団子は、山中にある旧・矢車トンネルへやって来た。


 このトンネルは、その名の通り、今ではもう使われていないものだ。


 近くに新しい――と言っても俺らが生まれるずっと前だが――トンネルができ、使われることの無いルートだ。


 だが、近隣でも有名な心霊スポットであり、ひと昔前はテレビの心霊番組でも頻繁に取り上げられていた。


 そんなところにタクシーで行ったわけだが、カップルが肝試しによく行くらしく、意外なほどすんなり連れて行ってくれた。


 もはや旧道ごと使われていない場所だが、実は近くの高速道路のパーキングエリアから徒歩で移動するとすぐに行ける位置だったりする。 


 タクシー運転手のおじさんは「期待しすぎちゃダメだよぉ? 僕もたまにしか見たことないからねぇ」と怖いことを言っていた。


 たまには見るのかよ。


 そんな本当に出るらしい心霊スポットに、俺はやたら重いキャリーバッグを持って立っている。


 隣には相変わらず布団をかぶり、三色団子頭にライトつきヘルメットを被った霊子がいた。


「で、実際何やるんだ? 誰かさんが、説明もせずに車内で爆睡してたせいで、こっちは何もわかってないんだぞ」


「幽霊を捕獲すると伝えていただろう」


「それが意味不明なんだよ。肝試しってんならまだわかるが……っていうか、お前、科学部なんだよな? 幽霊なんか信じてるのか?」


 コイツの勢いに流されすぎてそんなことすら聞き忘れていた。


 どう考えてもまず最初に聞くべきだったのに、我ながら間抜けなことだ。


「新種の魚が目撃されたとしたら、魚類学者はどうする?」


「え?」


 突然何を言い出すんだ。魚?


「科学的ではないからと存在を否定するか?」


「いや、それはしないだろうが……」


「目撃例だけはある。ならば実在を検証することから始める。幽霊も同じだ」


「なるほど……筋は通ってるか」


 科学者としてのスタンスを保ったまま、幽霊と向き合うってことか。


 正直、検証なんかし尽くされていると思うが、自分でやらなきゃ納得できないという奴もいるだろう。


「で、なんでこのクソ重いバッグがいるんだ?」


「んふふふ……それは秘密にしておこう」


「何でだよ」


「それより、今日は【首なしライダー】の捕獲を行う」


「話聞けよ……っていうか首無しライダーって……」


 噂くらいは聞いたことはある。


 確か、暴走族の一人がバイクで走行中、何者かに張られたワイヤーに突っ込み、首が跳ね落とされた――以来、首無しライダーが目撃されるようになった、とかそんな怪談だったはずだ。


「……うっ」


 頭に首のない姿を思い浮かべた瞬間、胸元に気持ち悪さがこみ上げた。


 ……なんだろう。心当たりはないが何か嫌な感じだ――


「気になるだろう? 首が無いということは、脳がないということだ。だというのに、動いているなら、それはどういう原理なんだろうね? 首無し鶏マイクのように、脳の一部が残っているのかな? そもそもバイクに乗っているということは、バイクは実体なのか? 実体なら、バイクを動かしているのはガソリン? 幽霊にもガソリンはあるのかな? それに――」


「待った待った!」


 こっちの逡巡などお構いなしに怒涛の勢いでまくしたてる三色団子にストップをかける。

 ここから五時間くらい語り出しそうな勢いだった。


 だが、こんなところで時間を使っていたら、真っ暗闇になってしまう。


 そうなったとき、自分が平静でいられる自信は、正直ない。


 一応、タクシーは近くのパーキングエリアで待ってもらっているので、最悪そこに戻れば済むぶん、まだ心にゆとりはあるが――


「時間が無い。とにかく行こう」


「それもそうだね。目撃例が一番多いのはトンネル内だ。さっそく確認してみようじゃないか」


「わかった。よいっしょっと……」


 フレンチクルーラーばりのデカタイヤに改造されたキャリーバッグを引っ張る。


 タイヤがあっても女子高生が気軽に持ち運べる重さじゃない。


 そりゃ、助手が必要だわなと思う。何が入ってるのかわからないが。


「見てごらんよ」


「ん?」


「トンネルの前に柵も何もない」


 霊子が示した先には、ぽっかりとトンネルが口を開いている。


「そういうもんじゃないのか?」


「いいや。ここは心霊スポットとして話題になりすぎたからね、老朽化していることもあって入ると危険なので、柵が設けられた――と過去にウェブ報道があったんだ。だが、見当たらないね」


「タチの悪いユーチューバーかなんかがどかしたのかもな」


「どうやらそうではないようだよ」


「え? ……あ」


 トンネルの中が暗くて見えていなかったが、近づいてみると、内側に柵が散乱していた。

 工事現場によくある緑色のプラスチック製フェンスの残骸だ。


「この散らばり方、何かが猛スピードで突っ込んだように見えないかい?」


 言われると、そうとしかもう見えない。


 徒歩で来た俺らは別だが、旧道はもう使われていないから、車両はまず来ないはずだ……。


「……首無しライダーが突っ込んだって言うのか?」


「いいや。必ずしも、そうとは言っていないよ。ただ事故ではないだろうね」


「どういうことだ?」


「ブレーキ痕が全くない」


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