第2話 三色団子布団幽霊博士的不眠対策
俺が引っ張られてきたのは、科学部部室――とは名ばかりの元は物置だったらしい縦長の狭い部屋。人が二人並べる程度の横幅しかない、ウナギの寝床以下のどじょうの寝床みたいなところだ。
そんな狭い部屋の奥は、炊飯器や掃除機からパイプやケーブルが生えたような、わけのわからない機械が所狭しと詰まっていた。
「で、何の用なんだよ」
「先日のスポーツテストを見ていたのだが、キミはとても力が強いだろう?」
「まぁ、人よりはな……」
中学までは野球部だったし、もともと古武術の道場にも通っているから、体は鍛えられているほうだと思う。
何よりある切実な理由があってとにかく毎日体を可能な限り動かしているので、客観的に見ても高校生離れした筋肉質だとは思う。
ボディビル的な筋肉ではなく、消防士とか大工のような筋肉のつき方をしているので、スポーツテストでもかなりの数値にはなっていた。
男女とも同日に運動場でやってたから、まぁ見ていたんだろうが……。
「ボクはちょうど怪力の助手を欲していてね。まだ研究段階の試作機ばかりで持ち運びの利便性がないんだよ」
「なるほど、じゃあ断る」
「ぐぅ……」
「寝るな!」
こっちの否定をスルーするかのように、爆睡してやがる。
立ったまま寝るってどういうことだ。
布団なんかにくるまってるからだぞ!
「不眠症の奴と話してる最中に寝るとはいい度胸だ」
ほっぺたを両側からつねって伸ばす。
「いへへ、やぇろ!」
指を離すとスパァンと戻る張りのある頬。
「そう、そこなんだよ! ボクがキミに出せるメリット! それは不眠症の解消だ!」
「……なに?」
一瞬、自分の心臓の鼓動がはっきり聞こえた。
「……あんまり適当なことを言うもんじゃないぞ」
「いいや、エビデンスのあることさ。キミは不眠症だから、倒れるまで運動し続けているんだろう?」
「……どこで聞いたんだよ」
「君の友人の
アイツか……。女子に弱い奴だから、ちょっと聞かれた程度でも、一方的に全部喋ったことだろう。
まぁ同じ中学でおまけに部活も一緒だったアイツなら知ってて当然だ。
異常な練習量につき合わせたこともあるし、情報漏洩くらいは許そう……。
「ああ、そうだよ。毎日倒れるくらい運動してるよ。悪いか」
それは紛れもなく事実だ。
ガキの頃からの筋金入りの不眠症で、どうやっても体力の限界まで眠れない。
だから、へとへとになるまで運動をするのが日課だ。
おかげで目の下のクマと、筋肉だけが増えていく。
「悪くはない。健康にという意味なら悪いがね」
「いいか。俺は小さい頃から、色んな病院にかかって色んな薬も処方されたし、カウンセリングも受けた。いい寝具なんかも買った。それでも駄目だったんだ。お前みたいなちんちくりんに治せるわけないだろ」
オーバーワークすぎるとは医者にも言われているし、いつか大怪我したりしそうだが、それでも眠れないんだから仕方がない。
「これはひどい言い草だね。ボクほど、寝ている人間はいないよ? 説得力はあると思うけどね」
確かに。こいつは授業中も寝ている。
何しろ布団を着て来るほどだ。頻繁に寝ている。
「……お前はむしろ過眠症なんじゃないか?」
「違う。明確な意思を持って寝ている」
「じゃあ余計タチが悪いじゃねえか」
「いいじゃあないか。頭を使いすぎるからすぐ眠くなるのさ」
「羨ましいことで。じゃあ、俺も算数のドリルでもやればいいってか」
「話は最後まで聞くものだよ。……ぐぅ」
また寝た。
「じゃあ最後まで言えよ!!」
「……ん? ああ、そうそう。キミの両親を含め、家系に不眠症の人間はいないね?」
「まぁ、そうだな」
病院でも家族歴は聞かれたことがある。
だが、父は9時に寝るほどの睡眠力を誇る。
早くに亡くなった実母も、特に不眠症ではなかったと聞く。
「つまり、遺伝的ではない。そしてカウンセリングでも解消されていないのだから、ストレスによるものでもないのだろう?」
「そう、なるな。別にいまの生活に不満はないしな……」
「他にも様々な治療をして治っていない。だとするなら、キミの不眠症の原因はトラウマによるものだろうね」
「なに?」
何を、言っている?
だが、動悸がはっきり感じられる。
胸の奥に封じ込められていた何かが、こじ開けられていくような異様な感覚。
本当に、聞いていいのか?
「キミ、暗闇が怖いんじゃないかい?」
「……!」
それは、ある。
今でも、電気をつけたままでないと寝れないのだ。
「……なぜ、そう思う?」
「この間、男子が後ろからふざけて目隠しをしたときに、烈火の如く怒っていたじゃないか」
「あ」
自分では完全に忘れていたが、言われてみれば確かにそういうこともあった。
お調子者の蒟蒻山が、膝カックンくらいの悪ふざけで、「だーれや?」とやってきたところ、パニックになって投げ飛ばしてしまったのだ。
目を白黒させる蒟蒻山に、怒鳴り散らして教室の空気が地獄になった……ことを思い出した。
「目隠しくらいであそこまで怒るのは、トラウマがあるとしか考えられない」
「……確かに俺は暗闇が怖いよ。だからってトラウマがあるとは限らないだろ。というか、そんな記憶はない」
「幼少期の出来事が原因なら覚えていなくても無理はない。おそらく、よほど怖い目にあったんだろう。まぁ、これは証明しようがないけどね。しかし、暗闇が怖いということは夜も怖いはずだ。あるいは目をつむることすら。それでは眠れないのも無理はないだろう」
一理は……ある。
暗闇が怖いから、寝落ち以外の方法で眠れないのだ。
だから力尽きるまで体を酷使する羽目になる。
実際、過去には暗所恐怖症のカウンセリングも受けた。
だが、一般的な暗所恐怖症とはどうも違うらしい。
俺は、暗所恐怖症の人たちが苦手とする映画館の暗さは平気だった。
一方で、停電や目を塞がれたり、そういう突然の暗闇に、特に恐ろしさを感じる。
単に明るさの度合いで怖さを感じているわけではないことはわかったが、原因もつかめず、また暗所恐怖症の治療も通用しなかった。
「……仮にそうだとして、なんでお前が治せるんだよ。そのみょうちくりんな機械を使うとか言うんじゃないだろうな」
怪しい炊飯器もどきを被れとか言われたらたまったもんじゃない。
うさんくさい奴が作ったうさんくさい家電ほど恐ろしいものはないのだ。
もはや電気椅子の仲間たちにしか見えない。
「何を言っているんだい? そんなもの薬機法に引っかかるだろう」
「布団かぶって登校する変人が常識語るなよ!」
「んふふふふ。うちは伝統的に制服を選ぶ生徒が多いが、私服で登校するのも可なのだよ?」
「だからって布団は服じゃねえ!」
うちの高校は近年の世相を反映し、ジェンダーフリーの制服の導入が検討されたが、可愛い制服が着たいという意見も多く寄せられたため、基本は制服としつつ、希望者は私服も可となった。
みんな私服で来るのではとの大方の予想に反して、大半の生徒が制服を選んだ。
私服可になったことに伴い、制服の細かい規定がなくなったことで――極端にスカート丈が短いなどは除く――制服の方が楽、あるいは制服を着崩すほうがおしゃれという生徒が多かった。
しかしまさか、布団を着て来る奴がいるとは誰も想像していなかっただろう。
「とにかく、キミは暗闇が怖くなくなれば、安眠できるようになるはずなんだよ」
「気楽に言ってくれるな」
「すまないね。どうにもボクは他人の気持ちを類推するのが苦手なようだ。可愛さに免じて許してくれ」
「何が可愛いだ三色団子布団」
「団が多くて可愛いじゃないか。しかし、悪い話じゃないとは思うが」
「……まぁ、それはそうかもな……」
不眠症には散々、悩まされてきている。
ロクに眠れず、疲労困憊な体で登校することもザラだ。
それが解決するというなら、聞いてみる価値はあるか――
「よし、なら決まりだ。よろしく頼むよ! さぁ、幽霊を捕獲に行くぞ!!」
「いや、だからなんでそうなるんだよ! っていうか何だよ幽霊の捕獲って!! なんかそういう洋画あったけど、それに影響でもされてんのか!?」
「洋画? それはよく知らないが、今度観てみよう。なんてタイトルだい?」
「いや、やっぱいい。影響受けたらもっとヤバいことになりそうだし」
スライムで奈良の大仏を動かすとか言い出しそうだもんな……。
「そうかい? ともあれ、人が暗闇を恐れるのは未知を恐れるからだ。幽霊も恐るるに足りずとわかれば恐怖もなくなるだろう」
「それは……」
無茶苦茶なことを言っている。
それははっきりしている。
だけど、そんな無茶でもしなければ、ずっとこのままなんじゃないか?
一瞬、頭をよぎったのは、中年になった自分が、ただ一人きりの部屋で、夜闇に怯えながら暮らしている姿。
単なる妄想。
でも、このままじゃ、そうなるかもしれない。
それは、嫌だ。
「……一度だけ、試してみても、いいかもな……」
「よし決まりだ!! レッツゴー心霊スポット!!」
「まだ午後の授業があるだろうが!! 明日土曜なんだから明日でいいだろ! というかこんな真っ昼間から行ってどうすんだよ!!」
「なるほど、一理ある。では夜まで寝て待つか……ぐぅ」
「秒で寝やがった! 不眠症の男の目の前で!!」
当然、ほっぺたを両側から引っ張って叩き起こし、教室へ連行した。
ちなみに、三色団子のほっぺたは、団子というよりは、大福のように柔らかかった。
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