笑えない日々に別れを告げて

Kurosawa Satsuki

短編集


あらすじ:

今回のテーマは“死生観と反省”だ。

過去に自分が書いた詩などを交えながら考えた。

というより、ほぼコピペなのだが…。

今回もまた、半分愚痴みたいなものだ。

最後の短編集、とくとご覧あれ。

さぁ、ページを捲ろうか。


目次:

1、独り言

2、名無しの手紙

3、未成年の反抗声明

4、この指とまれ

5、君と歩いた帰り道

6、言葉に溺れる

7、幸福の最終定義

8、Nostalgic Summer

9、ごめんなさい

10、生まれた事が罪ならば




1、独り言

私は、物語を通して自分を救いたかった。

けど、私を救ったのは他人の言葉だった。

私は、何者にもなれなかった。

私は、全てにおいて無力だった。

私が今、私でいられるのは、

私に手を差し伸べてくれた人達のお陰だ。

私は、私を救えなかった。

最後まで自分を信じることができなかった。

結局、何年経っても子供のままだった。

……………………

………

どうせ、誰も見ない。

どうせ、誰も聞かない。

どうせ、誰も答えない。

でも、それでいい。

それがいい。

もう既にこの世界には、

数え切れないくらいの物語がある。

泣き虫の為の言葉がある。

こんな誰も救えない言葉よりも、

綺麗な方がいいでしょ?

私がいなくても地球は回る。

だから私は、私のために書く。

拙い言葉で自分に問う。

それこそが、私らしい生き方だった。

世界から見放され、言葉すらも奪われて、

人知れずに終わりを告げる。

素晴らしい事じゃないか。

素敵な事じゃないか。

砂を噛むような苦い思いや、

繰り返されてきた悲劇を、

これ以上知らなくていいのなら、

生意気な君の顔を見なくていいのなら、

私は喜んでどんな結末も受け入れよう。

私は虚空に向かってそう呟き、

美しき日々を慈しみながら笑った。

だってあの人はいつも意地悪だから。

壊れて直してまた壊れ、

魔法が解けたら愛の鐘が鳴る。

電信柱にカラスの群れ。

夕焼け小焼けでまたいつか。

無数の光が空から落ちた。

月明かりに照らされて桜が咲き誇り、

ようやく私にも春が来た。

私の心は満たされていた。

私は誰よりも幸福だった。

もう我儘は言わないよ。

仮初の武器は全部棄てて、

それぞれが願った理想郷へ。

最後くらいは盛大に、

不死身のワルツを奏でよう。

目を閉じて耳を澄ませば、

私が望んでいた夢の中。

ありがとう世界。

大好きな人。

私は、とても嬉しかった。

嬉しかった。



2、名無しの手紙

ここは、私だけが生きる静寂の世界。

そして、時の流れが止まっているかのように感じられる不思議な世界。

私は、この豊かな自然に囲まれながら、

退屈ながらも平和な日々を過ごしている。

時折寂しくなる事もあるが、

最近は、こんな生活も悪くは無いと思い始めている。

そんな私の元には、一日に何通もの手紙が届く。

差出人が誰なのか分からない名無しの手紙は、

どれも理解し難い変な内容ばかりである。

それが私の所に届く理由は分からない。

それでも私は、受け取った手紙を捨てられないのである。

今日も、私が留守の間に二通の手紙が来ていた。

差出人はもちろん不明。

古びた茶封筒には、百年前の日付が記されている。

いつものように慣れた手つきで便箋を開いて確認すると、見覚えのある筆跡だったので驚いた。

その手紙には、愛する者への別れの詩が綴られていた。

“拝啓、愛する人よ。

この手紙を君が知る頃には僕はいないけど、

どうか幸せでいてね。

君がいない夜空は、

少し切なくて物足りないな。

諦めないよ。

大丈夫、怖くないよ。

君は僕らの希望の光。

小さな命に祝福を。

例えこの身が朽ち果てようとも、

信じた光を守るよ。

泣かないで、忘れないで。

海に落とした忘れ形見。

それは、二度と会えない証。

大丈夫、今はただ前だけを見て。

自分の道を強く生きて。

君の心には一輪の花。

世界にただ一つだけの花。

その笑顔を守れるのなら、

僕は何処でも飛んでいこう。

優しさを分けてくれて、ありがとう。”

そうか、あの人はもういないのか。

でも、ありがとう。

私は、この手紙を大切にします。

貴方を忘れない為に。



3、未成年の反抗声明

否定したけりゃすればいいよ。

どうせお前らには分からない。

俺だって分からない。

分かりたくもない。

必死の思いで叫んだ唄も、

お前らはいつも嘲笑するばかりだ。

人を笑えるほど偉くもない癖に、

これだから子供は等と吐き捨てて、

自分が今何処に立っているのかすら気づけない。

ベランダで隣人が吸う煙草の煙で受動喫煙。

人間擬きが死んじまえと暴言を吐かれながら、

親に文句を言われない為の免罪符を勝ち取ることに一生懸命になって、

それでも現実は計画書通りには上手くいかない。

朝っぱらから近所の子供のはしゃぎ声がうるさい。

会社をバックレた非常識な親父は、

鳴り止まない会社からの電話を無視して、

母親に生活費を催促されながら惰眠を貪り、

飽きるほど聞いた言い訳のテンプレ。

それで仕事を首になった途端、

辛い辛いと家族の前で泣き喚く。

こんなはずじゃなかったと抜かしながら、

食い扶持を失った家族に悪びれることも無く、

自分の思いを淡々と語り始める。

孤独を紛らわせようと開いたSNS。

日常の都合のいい部分だけを切り取って、

私は幸せですと世間様にアピールして、

満たされない自己顕示欲の行方は不明。

それでも、未だに誰からも反応を貰えない。

家族から逃げる準備は出来た。

アイツらのようにはならないと誓った。

普通じゃないと気づいた時から、

見知らぬ老夫婦に頭を下げる事もなくなった。

世界平和を歌いながらも差別を助長させるアイツらのやり方が気に食わなかった。

それに、たった一人の人間が吐いた言葉が、

自分の人生観を好転的にガラリと変える程の力があるとは到底思えない。

なのに、一番身近にいる人が受け売りの言葉を自分の全てであるかのような言い草で声高らかに復唱するので、さすがの俺も悲しくなった。

好きな人に裏切られても笑って許した。

けど本当は、頭の中がグチャグチャだった。

自分の中で何かが壊れる音がした。

自室に籠って、その悔しさをノートに書きなぐったこともあった。

けどもうその必要もなくなった。

今から俺は旅に出るんだ。

あの広大な宙に向かって羽ばたくんだ。

財布と携帯以外の物は全部置いてきた。

お気に入りの服を着て、

親が見ていない隙に早足で家を出た。

たとえ罪を犯しても、必ず成し遂げなくてはならなかった。

コイツの置き場所を求めて彷徨い歩き続けた。

ついに見つけた。

人々から忘れ去られた神域。

獰猛なヒグマですら近寄りたがらない闇。

ここでいいや。

門番のカラスが羽ばたいたのと同時に、

携帯のバッテリーが切れた。



4、この指とまれ

幼い頃の夢を見た。

今でも忘れられない、忘れてはいけない、

とても悲しい夏だった。

私がまだ七歳の時に、最愛の父親が他界した。

葬儀には参加しなかった。

父親に合わせる顔がなかった。

父親の死因は建設作業中に起きた不慮の事故だった。

私は余り、物に執着しない質なのだが、

父親が読み聞かせてくれた絵本だけは、

大人になった今でも大事に持っている。

その本のタイトルは、妄想少女と鏡の世界。

この物語の内容は以下の通りだ。

“昔むかしある所に、ヴァイオリ二ストに憧れている白髪の少女がいた。

雪がサラサラと地上に降り注ぐ真冬の朝、

少女は、愛用のヴァイオリンケースを肩にかけ、

朝ごはんも食べ忘れて家を飛び出した。

少女が向かった先は、街外れにあるルミナスの森だった。

妖精たちの住処でもあるルミナスの森には、真夜中に光り輝くルミナリエの花が沢山咲いている。

少女はその森で、毎日のようにヴァイオリンの練習をしていた。

少女にとって居心地が良く、

人目を気にせず過ごせる場所なので、

気づけば日が暮れている事もあった。

少女がいつものように、お気に入りの場所でヴァイオリンの練習をしていると、

森で暮らしている妖精たちが、森の奥深くにある霊樹の下に大きな鏡が現れたと知らせに来た。

妖精たちの言葉を信じて霊樹の下まで行くと、噂通りの大きな鏡が確かにあった。

鏡は、少女の背丈よりもはるかに大きく、四角く歪な形をしていた。

少女は好奇心が抑えきれず、鏡の中へと足を踏み入れた。

そこは迷宮のような場所で、少女がいた世界にはない空間が広がっていた。

床は全面タイル張りになっていて、まるで童話の世界に迷い込んだかのような雰囲気だった。

少女が振り返ると鏡がなくなっていて、元の世界に戻れなくなってしまった。

このまま何もせずじっとしているのも怖かったので、

迷宮の中を歩き回りながら、帰る方法を探してみることにした。

鏡の世界を散策していると、ローブを着たカラス頭の男に出会った。

男は、この迷宮に迷い込んだピアニストだという。

男を鏡の世界の住人と思った少女は、最初に潜ったあの鏡を男に尋ねてみた。

男も知らないと言うので、諦めようかと思っていたら、

男が一緒に見つけようと提案してくれた。

ピアニストの男とともに色んな部屋を散策していると、誰が書いたのか分からない古びた楽譜を見つけた。

楽譜にはタイトルがなく、インクで塗りつぶされていて読めない部分もあった。

結局、楽譜の意味がわからないまま次のエリアに足を踏み入れた。

そこは、大小さまざまな本がところ狭しと積まれている部屋だった。

少女たちは、螺旋階段を降りて違和感のある本棚の前で足を止めた。

楽譜に記されている記号が扉を開けるヒントであると気づいた少女は、

本棚を上から順に並べ替えてみた。

すると、本棚の仕掛けが作動して地下へと続く通路が現れた。

そこには、埃をかぶったグランドピアノがあった。

ドーム状のガラス張りの屋根から差し込む月明かりに照らされている様は、

まるで自然のプラネタリウムのようで、それ以外に上手く言葉で表せないほど幻想的だった。

ピアニストも、この部屋の事を知らないと言う。

二人はピアノへと続く段差を上り、楽譜台の上に楽譜を置いた。

今まで気づかなかったが、楽譜を改めてよくみてみると、少女がいつも練習の時によく弾く曲だった。

ピアニストも、この曲を知っているようで、

試しに弾いてみようと提案してきた。

少女は頷き、持っていた自分のヴァイオリンを構えた。

ピアニストもピアノの前に座り、いつでも弾けるよと少女に合図を送る。

二人は、楽譜に沿って弾き始めた。

軽快な曲調で嬉しそうに奏でる少女と男。

二人は、夢中になって弾き続ける。

明るい曲なのに、少女の瞳から涙が流れた。

きっと、こうして誰かと一緒に弾けることが嬉しかったのだろう。

演奏が終わると同時に、迷い込んだ時に通った鏡が現れた。

少女は鏡の前まで行き、ピアニストに感謝の言葉を告げると、

再び鏡の中へ入って行った。

目を覚ますと、少女は自分の部屋にいた。

リビングの方から父親が自分を呼んでいる声がした。

枕元には身に覚えのある古びた楽譜があった。

少女は、楽譜を持って部屋を出た。”

在り来りな話だが、私はこの絵本が大好きだった。

そして、この話を読み聞かせてくれる父が好きだった。

父親は、優しい声の人だった。

私は、安心するその声を聴きながら眠りにつくのが日課だった。

母親も、父親の美声に惚れて結婚したそうだ。

もちろん、父親の良いところはそれだけではないが、私も父親の声が好きだった。



5、君と歩いた帰り道

打ち上げ花火を見てる君。

そんな君を見てる僕。

花火ってなんて儚いんだろう?

呆気ない癖に綺麗なんだろう?

恋は盲目とかよく言うけれど。

君の素敵な笑顔は鮮明に見えるよ。

これからも、守りたいと思ってるよ。

僕は仄(ほの)かに冷たい君の手を握って、

花咲く夜空に誓いを立てた。

この瞬間が夢じゃないといいな。

君との日々も嘘じゃないといいな。

花火大会からの帰り道。

静寂に包まれた住宅街を君と手を繋いで歩いた。

余韻に浸りながら、楽しかったねと語り合うこの時間が好きだった。

また来ようねと言ったあの日、

君は僕の前から姿を消した。

スクランブル交差点で起きた通り魔事件。

君もその時、あの場所にいた。

君の家の近くで、君から手を離してしまったのが間違いだった。

最後まで一緒にいればよかったんだ。

気づけば僕は、君が眠る墓石の前にいた。

僕は、墓石の前に百合の花を添えた。

君が、数ある種の中で一番好きだと言っていた花だ。

僕はまた、振り出しに戻った。

誰からも必要とされない日々が訪れた。

そして、君と出会う前の独りぼっちの自分と向き合わなければならなくなった。

違う、お前じゃない。

僕が会いたいのは…。

あぁ、今行くよ。

日が暮れる前に、君との思い出だけを抱えて。



6、言葉に溺れる

人々が寝静まった頃、物語の続きを書くために、

いつも使っている作業用のノートパソコンを開いた。

今回出す話も、どうせ誰も読まないだろう。

今までだってそうだった。

だから、自分には才能なんて無かったんだとぼやき、

書くのを止めて未完成のモノを削除する。

けど、気づけばまた書いている。

似たような内容を性懲りも無くつらつらと。

今日も私は、言葉に溺れる。

自分を慰めるために書いた薄っぺらい言葉や、

代弁者が奏でる心地の良い音色に酔いしれながら、

代わり映えのない日々を送っている。

けど、それで良い。

それが良い。

私の人生に、余計な刺激はいらない。

人間関係も、必要最小限でいい。

私は、独りの方が好きだ。

新作を書き終えて満足した私は、

触れただけでわかるくらい熱々のノートパソコンを閉じ、

飲みかけのコーヒーを啜った。

\ピンポーン/

自傷用のカッターナイフを、

ペン立てから取り出そうとしたタイミングでインターホンが鳴った。

私は、一旦カッターナイフを机に置いて玄関に向かった。

覗き穴から外を確認すると、スーツを着た鴉頭の女性が私の部屋の前に立っていた。

私は、躊躇うことなく扉を開けた。

「誰?」

「あの世から派遣された、面接官の七森と申します」

「要件は?」

「貴女の今後について話したいのです。

上がってもよろしいでしょうか?」

「どうぞ」

私は、七森と名乗る女性を、折りたたみ式の座卓と、

グレーの座布団くらいしかない殺風景なリビングに案内する。

私たちは、座卓を挟んで向かい合って座る。

七森さんが、鞄から白い油性ペンと黒い紙を取り出して、

それを私の前に置く。

黒い紙には、白いインクで書かれた質問事項が、

上から下までびっしりと記載されている。

「ここに書けば良いんですか?」

「はい。そこに、あなたの意志を示してください」

“質問一、生きててよかったですか?

質問二、後悔や未練はありますか?

質問三、それでも幸せだったと思いますか?

質問四、復讐したい程憎い相手はいますか?

質問五、もう一度自分をやり直したいですか?

質問六、やり残した事はありますか?

質問七、忘れたい記憶はありますか?

質問八、忘れたくない思い出はありますか?

質問九、覚悟は出来ていますか?

それともまだ生きていたいですか?etc.”

私は、何が何だかわからないまま空欄を埋めていく。

そして、書き終えた紙を七森さんに渡す。

七森さんは、黒い紙を無言で凝視する。

私の回答に、何か問題があるのだろうか?

「わかりました。結果は後ほどお知らせします。

ご回答、ありがとうございました」

それから半年後、七森さんから私宛に手紙が届いた。

見覚えのある黒い紙には、

“貴女は、まだ死ぬべきではない。”と、赤いインクで書かれていた。

私は、思わず泣いてしまった。

嬉しいからでも、悲しいからでもない。

本当に、何もわからなくなってしまった。

時間をかけて忘れたあの頃の嫌な思い出が脳裏に蘇る。

頭の中に彼らの嘲笑が響く。

文字が、彼奴の言葉が羅列する。

彼らは…私を見てただ笑っている。

軽蔑するような眼差しを向けてくる。

“ざまぁみろ”と言っている。

聞きたくないのに聞こえる。

「アッ…アッ…」

喉がつっかえて、上手く言葉を出せない。

いつになったら終わるんだ?

私は、いつまで私を演じればいい?

私は、生きることに疲れてしまった。

だから、人知れず自分を終わらせる計画を立てた。

もうこれ以上、生きていたくなかった。

せっかく今日、実行しようと思ったのに、

こういう時に限って、人生は思い通りにいかない。

嗚呼、私はこれからどうすればいい?

人生なんて、こんなもんか。

私は、ペン立てに挿してあるカッターナイフを手に取り、

それを、自分の右腕に押し当てた。



7、幸福の最終定義

先日、某地区の河川敷付近で小学生男児の遺体が発見された。

司法解剖の結果、死因は溺死ではなく衰弱死と想定された。

彼の自宅にマスコミが押し寄せた。

彼の両親はカメラの前で、

彼はとても優しい子でしたと涙ながらに語った。

その涙が嘘であると知っているのは、

数少ない彼の友人達だけだった。

彼の人生は、あまりにも悲惨だった。

彼の家庭は、想像を絶するほど貧しかった。

割引された冷凍食品すら家にない時は、

スーパーの駄菓子コーナーに置いてある十円の飴玉で飢えをしのいだ。

ドーナツ屋の箱を抱えながら嬉しそうにしている親子連れを恨めしそうに見ても、

彼は親に我儘を言えなかった。

両親の喧嘩の原因は、決まってお金絡みだった。

母親が父親に対して暴言を吐いた。

父親が母親に飛びかかった。

父親は、痣ができるまで母親を殴り続けた。

彼はその様子を見ながら静かに涙を流した。

祖父母には名前すら覚えて貰えなかった。

外面だけは良い母親に、

外面だけは良くしなさいと言われたので、

祖父母の前でも幸せであるかのように振舞った。

彼の心は泣いていた。

彼の心は助けを求めていた。

いつもソイツを黙らせるのは、

他でもない彼自身だった。

それでも彼は、クラスメイトの前では笑顔を絶やさなかった。

どんなに苦しくても、友達の前ではおどけてみせた。

可哀想と思われたくなかった。

同情の眼差しを向けられるのが怖かった。

同級生に石を投げられても、

笑って許してしまうくらい彼は優しい子だった。

先生にも嘘をついた。

自分は幸福であると、胸高らかに言った。

彼の腕には痣があった。

その痣は、母親が付けたものだ。

母親は、夫に虐げられている鬱憤を彼で晴らしていた。

自宅の郵便ポストに溜まっていく請求書を破り捨てた。

これ以上、両親の苦しむ姿を見たくなかった。

夕飯のカップラーメンを啜りながら、

両親の前で今日も学校は楽しかったと語った。

勉強も苦手だったけど、人一倍頑張った。

将来の夢はお金持ちだった。

お金持ちになって、両親を幸せにしたかった。

これ以上、貧しい思いはしたくなかった。

勉強すれば、良い大学に入って、

良い企業に就職したら幸せになれるって、

先生がそう言っていたから、

寝る間も惜しんで勉強に励んだ。

赤点を取るたびに母親から殴られた。

お前は出来損ないだ、産まなきゃよかったと散々罵られた。

ごめんなさい。

ごめんなさい。

許しを乞う彼を見下ろしながら母親は笑った。

弱い者イジメは気持ちがいい。

母親は、それを学生時代に学んだ。

彼が居なくなっても、また次の標的を探すだけだ。

今度は次男か妹か、それともインターネットか。

荒んだ心を埋める為には仮想敵が必要だ。

自分の正しさを振りかざす為の免罪符が必要だ。

そうでもしないと、募りに募った憎しみを自分自身に向けることになる。

今これを読んでいる君だってそうだ。

こんな人生を歩んできた彼ですら、

世界の貧困国の人達と比べられてしまうんだ。

勇気を出して弱音を吐けば、

お前は十分恵まれているんだから甘えた事を言うなと、偉そうな事を抜かす奴が現れるんだ。

痛みを知らない人間が、努力や才能を語るんだ。

もはや、彼の涙を知る者は何処にもいなかった。

彼の願いはシャボン玉の様に弾けて消えた。

その時、彼の中で何かが壊れる音がした。

他人の物差しで善悪を決めて、

頑張ってる奴に自己責任論。

匿名だから言える罵詈雑言。

世間知らずだけが語れる綺麗事。

お前らに何がわかるんだよ!?

そういう行き場のない憤りを無理矢理黙らせて、

彼は両親が居ない間に家のガスコンロで、

自分が写っている現像された写真を燃やした。

夕陽が沈む頃、河川敷の橋の下に彼はいた。

緩やかに流れる川を見ながら、

幸福について考えていた。

衣食住に困らず、好きな物を好きなだけ食べ、

努力をせずとも与えられ、

気に入らない事があれば不満を吐き、

愛が何たるかを理解出来て、

それでも自らの意思で死を選択する者が後を絶たないのは何故なのか?

簡単に心が荒んでいくのは何故なのか?

どんなに時間をかけて、真剣に考えても答えは出なかった。

彼は立ち上がり、河川の中へ足を踏み入れた。

川の水は思ったよりも冷たかった。

意識が朦朧として、体が思う様に動かない。

強い眠気に襲われた彼は、その場で倒れた。

嗚呼、お腹が空いた。

きっと、今夜もまたカップラーメンだ。

あれは、いい加減食べ飽きた。

今はただ、眠いんだ。

それでも彼は幸せだった。



8、Nostalgic Summer

俺の勤務先の介護施設に、

無口なお爺さんがいた。

お爺さんは、いつも独りだった。

他の同居人達がそれぞれのグループを形成し、

初恋の思い出や、苦労話に花を咲かせている中、

お爺さんだけが、会話に混ざることもせず、

離れたところで遠くを見つめていた。

お爺さんは、風景を眺めるのが好きらしく、

いつも施設の窓から外の様子を静かに見つめていた。

お爺さんは、自分の事をあまり語らないが、

仕草やノートを使った会話で言いたいことは大体わかる。

失声症など、そういった病気は見られないため、

話せないことはないだろうが、

話さなくなった理由は、

話す事に疲れたためだと、彼の事情を知っている先輩たちに教えて貰った。

孤独は辛くないのか?と心配するも、

窓越しに風景を眺めている時、

彼は穏やかな表情で笑っていた。

まるで、彼だけにしか見えない世界が彼の瞳の中にあるようだった。

俺は、お爺さんの担当では無いものの、

昼休み等の空き時間を使って、

お爺さんに話しかけてみた。

お爺さんは、古びたノートを膝の上に広げて、

慣れた手つきで万年筆を軽快に走らせる。

そして、書き終えた文章を俺に見せてくれた。

お爺さんとの会話は、なんて事ない内容で、

有益な情報を得られるわけではなかったが、

それでも楽しかった。

「お爺さん、今日は何を食べましたか?」

「わかめご飯とひじきの煮物食べました」

「美味しかったですか?」

お爺さんは、ゆっくりと頷く。

確かに、ここの食堂で出されるメニューはどれも文句の付け所がないくらい美味しい。

今日の昼食のメニューは、元シェフの桑崎さんも絶賛していた。

それだけ、栄養士の実力も高いという事だ。

「今日も暑いですね。

お爺さん、夏は好きですか?」

「はい、とても」

今日の日付は、八月十二日。

もうすぐ、俺らの先祖が帰ってくる。

お爺さんも、愛しい人に会えるだろうか?

会ったら何を話すのだろうか?

今が平和で良かったと熟々思う。

もう二度と、取り返しのつかない過ちは起こしたくないものだ。



9、ごめんなさい

産まれてきてごめんなさい。

不快にさせてごめんなさい。

決して許される事では無いですが、

僕は今ここで、自分の罪を告白します。

僕は、幼い頃に女の子を傷つけました。

彼女はとても優しい人でした。

泣いてるあの子をバカにして、

なのに罪悪感は微塵もなくて。

僕はそんな最低なヤツでした。

沢山の人から愛を貰いました。

本当に優しい人ばかりでした。

でも僕は人の愛し方が分からなくて、

受けた恩も返しそびれて、

いつも自分の事だけ考えて、

僕はそんな薄情なヤツでした。

今まで数多くの失態を晒してきました。

周りは笑って許してくれました。

自分の不器用さが心底嫌いでした。

悟られないように頑張ってはみるけど、

最後の最後で墓穴を掘って、

周りに迷惑をかけてばかりでした。

何度も大人から怒られました。

言い訳だけは上手くなりました。

心配してくれた人の言葉さえ、

聞こえないふりをしました。

言われるうちが花と気づく頃には、

僕は人ではありませんでした。

嫌な事から逃げてきました。

僕はとても弱い人間でした。

自分の事は棚に上げて、

被害者面して泣いて喚いて、

そうやって生きてきたから、

気づいた時には暗闇でした。

本気で自分を殺したいと思いました。

これ以上生きたくありませんでした。

赤ん坊の頃に一度救われた命なのに、

また現実から逃げたくなりました。

自分の喉元に刃物を向けて、

お前のせいだと言いました。

幸せについて考えました。

僕には数え切れない程ありました。

見ない振りをしていた自分が馬鹿でした。

生き方を教えてくれた人、

こんな僕の事を認めてくれた人、

彼らの存在が僕には必要でした。

今まで僕は嘘をついてきました。

僕は今まで幸せでした。

本当に幸せでした。

他にも隠し事はありますが、

残りは墓場まで持っていきます。

罪の意識を自覚しながら、

自身の愚かさを恥じながら、

今はどんな言葉も受け入れて、

人の為に生きたいと思いました。



10、生まれた事が罪ならば

死にたい理由はなんですか?

消えたい理由はなんですか?

好きだった事、辛かった事、

誰にも言えなかった事、

概要欄に書いてください。

アナタの人生を教えてください。

アナタは十分頑張りました。

めげずに最後まで成し遂げました。

自分を責めるのは、もう終わりにしましょう。

………………………

綺麗なモノに憧れた。

何一つ叶わなかった。

愛されてはいたけれど、

向けられた優しさを、信じるのが怖くなった。

人生なんて運ゲーで、残りは神の気まぐれで、

私たちは、辻褄合わせに作られた。

私が居た場所は、選ばれた者達の為に存在する世界だった。

そんな人ほど綺麗事がお好きなようで、

自分だけじゃないんだよって、

世界と比べて決めつけてくるんだ。

何言ってんだよ。

何が言いたいんだよ。

何も知らない癖に。

何でもかんでも自己責任、

自分の不幸は自分のせい。

大人になれば、さよなら。

適応出来たらまだマシだ。

失うものが多すぎた。

嫌われすぎたんだ。

自分で自分を満たす行為。

泣けど喚けど後の祭り。

何万回と繰り返す。

ただ、ただ、虚しいだけだ。

ただ、ただ、虚しいだけだ。

私だって人間だ。

独りでは生きられない。

愚か者、親不孝者、情けない、勿体ない。

悲劇ぶってて気持ち悪い。

もっと死ぬ気で頑張れよ。

そう、私を非難するそこのアナタ。

おめでとうございます。

アナタは世界から選ばれた人間です。

その寿命が尽きるまで、

思う存分人生を謳歌しましょう。

隣で泣いてるあの子に綺麗事を吐きながら、

甘い汁をたっぷり吸いながら、

人は皆自分と同じであると信じながら、

人の苦悩を知らないまま、

これからもアナタを楽しんでください。

自分が死ねば周りは幸せになるとか、

世界が救われるとか、

そんな大それた事は微塵も思ってないよ。

ただ人生に飽きただけ。

これ以上生きても仕方がないと思っただけ。

結局、何一つ叶わなかったけど、

まぁ、それでもいいか。

今回は失敗だったという事で。

伝えたかった事、認められたかった事、

悔しかった事、悲しかった事、

さらけ出した所で誰からも理解されなかった思いや、赤の他人によって踏みにじられた思いも、

全てココに置いていくよ。

後は、アナタたちに任せるよ。

私は、遠藤愛華は、

本日をもちまして、卒業します。

香織先生、貴女だけが私の味方でした。

それじゃ、いつかまた何処かで。

さようなら。

……………………

拝見させて頂きました。

ご回答、ありがとうございました。

アナタの希望が受理されました。

公的機関が承諾しました。

本当に、お疲れ様でした。

後処理はコチラの方で。

それでは長い休息を。



END

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