KIKYO
寝々川透
第一章『愚か者ども』
私の決意は玉鋼のように硬いのさ
辺境の巨大な都市『フローレス』を
その足元には巨人が通るような鉄門を構え、開かれたそこに向かって人々が殺到している。街に入るには門を通るしか道はない。私を乗せた馬車もまた、槍を携えた兵士に誘導され、乱雑な
「もうちょっとだ、お嬢ちゃん」
「分かってないね。ここからが長いよきっと」
私は悪態を返した。道中も散々文句を垂れてきたのだから、馭者の男が気を遣うのは当然だった。
しかしながら、環境は劣悪である。隣の大男は汗臭く、向かいの小男はよく分からない乾燥肉を頬張っており、車内の匂いは混とんとしている。ただでさえ揺れる道中なのに椅子は何よりも硬く、私のお尻はきっと真っ赤だろう。
うわ若き乙女がいていい場所ではなく、私は一刻も早くここを飛び出したかった。半日この調子なのだから、他の乗客だってウンザリしていることだろう。より劣悪にしている男どもは、何やら慣れているらしく、そんなに堪えていないところも、私の不機嫌に拍車をかけていた。
私にしては随分我慢した方だ「もうお尻がどうにかなりそう」そう馭者に伝えると馬車から降ろしてもらった。順番がやってくる間はもう歩くことにした。
「ふう。疲れたね」
「悪いねえ、ギュウギュウでさ」
「賃銀に見合っているんだから仕方がない」
「そりゃそうだが」
私は背嚢から水筒を取り出すと、グッとあおった。最後のチョットだった。凝り固まった身体に水が染みてゆく。
「嬢ちゃんは冒険者に成りに来たんだよな」
「……そうだよ?」
「俺ァわざわざ危険な仕事をする必要はねえと思うんだけど」
「……またその話?」
私はウンザリして肩を竦めた。
「いやあ、だってよお」馭者は情けない声をあげた。「娘と同じくらいの女の子が、これから危険な事をしようってんだからさあ、気になるだろお」
「情けない声をださないで。あいにくと考えを改める気はサラサラないんだ。私は私が選んだ道を進んでいくだけだよ。もちろん熟慮はしているけれどね。道中も二度や三度あった会話だけど、もうこれっきりにしておくれ。私の決意は玉鋼のように硬いのさ。もちろん、頭の固さも折り紙付きなのだから、梃子でも動きやしないはずだ」
馭者はこれ見よがしに大きなため息をついた。
私はやれやれと肩を竦めた。
「アリガトウ。その気持ちだけでも貰っておくよ」
「……そうかい」
そうして会話は途切れ、終わりがないように思われた長蛇の列も終盤に差し掛かる。既に街の中が少し垣間見えた。異郷の人々を出迎えるように商店が軒を連ね、それらに人が集まり塊となっている。
遠めからみただけでも気分が悪くなりそうだ。私は人混みが嫌いだった。太陽のような快活な熱量とはまた別の、ジメジメとした熱気を孕んでいる。門を抜けたあとも暫く苦難が続きそうだった。
暫くして、私たちの番となった。私は馬車の中に戻ると、得ていた清涼さは一瞬の内に消し飛んでしまった。
隣の大男を軽く睨んでやったけど、特段気にした素振りはなかった。こういう手合いは周りの視線に無頓着だ。視線を気にするタイプであれば、そもそももう少し清潔である筈だ。
しかし、そこでふと思ったのは、これはこれで彼なりの
見たところ、彼は冒険者だと思われる事から、そういう推察を立ててみたけど、臭すぎて考えるのをやめた。そんなことはどうだっていいのだ。ああどうだっていいのである。
手続きは
馬車はゆっくりと大通りを進み、停留所に入った。そこには幾つかの馬車が停まっている。それは大事な商品を積んだ荷馬車や私たちのような旅客を乗せる乗合馬車、今から発車する馬車、今到着した馬車、様々である。
私たちの馬車は、ぶつからないように感覚を開けて停車した。次々に乗客が降りていく。私もそれに続いた。ようやく解放されるのだ。
「じゃあ頑張ってな」
馭者は優し気な表情で言った。
「もちろん。出来るだけやってみるさ」
私も笑みを浮かべて頷き返した。
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