異世界リーマン、勇者パーティーに入る
岡崎マサムネ
異世界リーマン、勇者パーティーに入る
「勇者よ、必ずや魔王討伐を成し遂げるのだ」
「はい、王様」
「うむ。期待しておるぞ」
謁見の間で頭を垂れる俺に、王様がたっぷり蓄えた髭を撫でつけながら、ゆっくりと頷く。
修行を続けること18年。いよいよ始まるんだ。勇者としての、俺の冒険が。
わくわくする俺に立ち上がるように示した後で、王様が謁見の間に人を呼び入れる。
「ではパーティーメンバーを紹介する。まずは戦士のロック」
「おう、よろしくな」
20代半ばくらいの赤髪の男が、鎧をがしゃがしゃと言わせながら手を挙げた。
「次に魔法使いのレオン」
「フン、僕の足を引っ張らないように」
俺と同じくらいの年の男が、黒いローブを翻してつんとそっぽを向いた。
「次に僧侶のシャーリー」
「頑張りますね!」
俺と同じくらいの年の女の子が、杖を持った両手をぎゅっと握りしめた。
「最後が営業のハヤシじゃ」
「初めまして、営業の林です」
「営業のハヤシ!?」
知らんやつ出てきた。いや全員初対面だけど。
知らん職業のやつ出てきた。
黒い髪をぴっちりと分け、黒い見慣れない衣服に身を包んでいる。
男は俺に向かって頭を下げながら、何やら四角いカードを差し出した。
そのカードには見たこともない文字? 記号? が並んでいた。
「え、何、営業のハヤシって誰!?」
「わたくしこういうものでして。いつもお世話になっております~」
「お世話してない! 初対面!!」
どうやっているのか分からない動きでカードを差し出したまま近づいてきた男から距離を取る。
頭がぐるぐるしてきた俺は、混乱を王様にぶつけることにした。
「王様、何なんですかこの人!」
「うむ。数十年ぶりに我が国に現れた異世界人じゃ」
「異世界人!?」
「異世界人というのは素晴らしいスキルとやらを持っていると聞く。必ずやおぬしの役に立つだろう」
「え、え~」
そう言われても、営業ってなんだ。得体が知れなさすぎる。
目の前の男を上から下まで見る。
どちらかというと痩せ型で、20代にも30代にも40代にも見える。不思議な容貌だ。
だが、腕っぷしが強そうには見えないし、魔力も一般人以上の物は感じられない。
ニコニコと愛想笑いが顔に張り付いていて、何を考えているかも分からない。
恐る恐る、男に問いかける。
「ハヤシ、さん? って、スキル何持ってるんですか?」
「はい、一応情報セキュリティ管理士とITパスポートは持ってます」
「アイティー?」
「あとは、履歴書に書けるのは衛生管理者と、TOEIC700点くらいでしょうか」
「な、ななひゃくてん?」
「あ、すみません、低すぎますよね」
いや基準が分からないから。
高いのか低いのかすら分からないから。普通は何点なんだよ、それは。
俺の想像していたスキルっぽい名前が出てこなかったので、再度王様に抗議を試みる。
「王様、ダメですって、こんな一般人連れて行ったら! 怪我しますって!!」
「うーむ、じゃが異世界人だからのう。こう、見た目では分からない何かがあるのやもしれぬ」
「ええ~……」
「ものは試しと言うじゃろう」
「……はぁ、分かりました」
引く様子のない王様に、ため息をつく。
結局俺の装備を買ってくれるパトロンは王様しかいないのである。
「でも、危なくなったら帰ってもらいますからね!」
「分かりました」
俺の言葉に、ハヤシさんは愛想笑いで頷いた。
◇ ◇ ◇
「やっと街についたな!」
「は~! 久しぶりのお風呂ですね~!」
「ハヤシさん、野営ばっかだったけど大丈夫だった?」
「はい」
俺が問いかけると、ハヤシさんが頷いた。
ハヤシさん、時々気配というか存在感がなくなるので、こうして意識して話しかけないと存在を忘れてしまいそうだった。
「会社のパイプ椅子を並べて寝るよりよほど快適でした」
「カイシャ?」
「ええと、ギルドみたいなものでしょうか」
「ふぅん」
話をしながら、通行証を見せて街に入る。
そこは確かに街の中心街で、人通りも多いとは思うのだが……これは尋常ではない。
「やけに賑わってるな」
「何だ、アンタら旅の人か?」
近くを通った街の人が声を掛けてくれた。
「ああ、今日はここで宿を取ろうと思って」
「あちゃー。そりゃ運が悪いな。今週は収穫祭が開催されるから、宿屋はどこも埋まっちまってるよ」
「ええ!?」
魔法使いのレオンと僧侶のシャーリーが声を上げた。
二人は風呂に入りたがっていたから、また野営となるとさぞ残念だろう。
「皆さんご安心を。宿は取ってありますから」
「え?」
「出張の手配で慣れているんです。さ、こちらに」
ハヤシさんに導かれるままに進むと、中心街から一本はずれたところにある宿屋に着いた。
あまりにもあっけなくチェックインできてしまって、拍子抜けする。しかもちゃんと男女別に2部屋確保されていた。
「ハヤシさん、この街に知り合いでもいるの?」
「いえ。王都を出る時に、祭のことを知ったものですから。先に予約を取っておいただけです」
ハヤシさんが当然のことのように言う。
きょとんとしている俺たちを前に、ハヤシさんは困ったように頬を掻く。
「QUOカード付プランがあるとよかったんですが」
「くおかーど?」
「きちんと王様から資金はいただいていますので」
よく分からないが、俺たちはハヤシさんのおかげで宿にありつけたわけである。
宿屋で食事を取って、久しぶりのベッドとハヤシさんに感謝をしていると、ハヤシさんがやや声を潜めて言う。
「幹事をやることも多かったので……一応、この後のお店も手配してありますが」
「店?」
「お酒と、あと……」
ハヤシさんが俺たちにごにょごにょと耳打ちをする。なるほど、シャーリーと別部屋なのはその配慮かと膝を打った。
俺たちはきれいなおねいさんたちとお酒を飲みながら、酒池肉林のどんちゃん騒ぎで夜通し遊びまわった。
ありがとうハヤシさん!
◇ ◇ ◇
翌日。二日酔いの頭を抱えた俺たちに、ハヤシさんはのんびり回れる祭の観光プランを提示してくれた。
たまには息抜きも必要でしょうとのことだった。
昨日置いて行った負い目があるからか、シャーリーの買い物が長くても誰も文句を言わなかった。
街を回っていると、収穫祭の時期にだけダンジョンに現れるというドラゴンの噂が耳に入ってきた。
そのドラゴンが持つ「竜の鱗」を使って武器や防具を作ると、魔王の魔法ですら打ち返す強靭なものになるという。
これはぜひとも手に入れなくては。
街の人からダンジョンの場所を聞いて、俺たちは一旦宿屋に戻ってきた。
そして皆が揃ったところで、俺は言う。
「ハヤシさん。聞いてくれ」
「何でしょう」
「ハヤシさんはとてもよくやってくれている」
「いえいえそんなそんな」
「だから俺たちがダンジョン行ってる間、宿屋で待っててくれない!?」
俺の言葉に、他のメンバーたちも頷いた。
だって危ないから。俺たちはハヤシさんを失いたくないんだ。
しかしハヤシさんは滅相もない!という様子で首を横に振る。
「そんな、上司が残業しているのに私だけ帰るわけにはいきませんよ」
「ダンジョン探索って残業なんだ」
俺たちは食い下がった。
予想外のサポートの良さに俺たちの中でのハヤシさんの評価はうなぎのぼりだった。
戦闘以外のことでサポートが受けられることがこんなに心理的負担を軽減するなんて思っていなかったのだ。
だからこそ俺たちはハヤシさんを失いたくない。快適な旅路を約束してくれるハヤシさんを。
だがハヤシさんも譲らなかった。
王様に一緒に行くと言った手前ついていかないわけにはいかないと、そう言うことだった。
ハヤシさんの頑固さに、俺たちが折れた。もちろん危なくなったらすぐに帰るという約束だが。
◇ ◇ ◇
「……あれ。さっきの階段どこだっけ?」
ダンジョンに入って、割と早々に迷った。
地元の人の情報から、3階層くらいまでは余裕だろうと高をくくったのがあだになった。
「おい、何故マッピングしなかったんだ」
「だってこんなに入り組んでるなんて思わなかったんだもんよ」
「え?」
俺たちが言い合いを始めたところで、ハヤシさんが進行方向と逆の道を指さした。
「こっち、ですよね?」
「え?」
きょとんとするハヤシさん。対する俺たちも目を瞬いてしまう。
「もしかしてハヤシさん、マッピングしててくれたのか!?」
「いえ、マッピングというか……梅田よりもよほど簡単な作りなので」
「ハヤシさんの世界にもダンジョンあんの?」
「いえ、駅です」
「駅がダンジョンなのか?」
「作ったやつは何考えてんだ」
「さぁ……?」
ハヤシさんが首を傾げた。
まぁダンジョンを作るような人間の気持ちなど分かるはずもないか。
ハヤシさんの案内もあって、そこから先はすいすいと進み、最深部にあるという祠のある小部屋に辿り着いた。
だがその小部屋に入った瞬間、びりびりと全身の毛が逆立つような感覚に襲われる。
肌で感じるほどの、プレッシャー。とてつもなく大きな力の何かが、ここに、いる。
ドオオオオン!!
轟音と、咆哮。
地面が大きく揺れて、地割れから巨大な何かが這い出してきたことを知る。
もうもうと上がる土煙の隙間から垣間見えるそれは――確かに竜の、形をしていた。
「何用だ、人の子よ」
地鳴りのような、だが辛うじて言語として認識できるような、低く唸る声がする。
目の前の地竜が発しているようだ。人語を操るドラゴンもいると聞いていたが……知能が高いほど、強大な力を持っている。ただ相対しているだけで、それを感じていた。
すごいプレッシャーだ。立っていることすらままならない。これが、竜種の力…!
「お世話になっております、わたくし営業の林と申します」
「ハヤシさん!!!???」
俺が膝を折ったところで、颯爽と隣を駆け抜けていく者がいた。
ていうかハヤシさんだった。
低く腰を折りながら、メイシとかいう例のカードをドラゴンに向かって差し出している。
「ちょ、ハヤシさん! 大丈夫なわけ!?」
「何がでしょう?」
「このプレッシャーだよ!」
「すみません……元上司がパワハラ気質だったせいか、プレッシャーを感じる器官が麻痺していて」
「ハヤシさんの身体どうなっちゃってんの!?」
竜種の威嚇を超えるプレッシャーってどんなだよ。
元上司、ドラゴンなの?
「ハヤシさんそのギルド絶対辞めた方がいいって」
「俺たちんとこ来いよ」
俺たちの勧誘に愛想笑いを返してから、ハヤシさんが手に持っていた紙袋をドラゴンに差し出した。
「これは」
「お酒がお好きだと伺いましたので、お持ちしました」
珍しくいつもの手提げかばん以外に何か持っていると思ったら、酒だったのか。
ハヤシさんが差し出した酒を、ドラゴンは機嫌よく飲み干していく。
ハヤシさんはニコニコしながら、酔って饒舌になったドラゴンの話に付き合っていた。
「いやあ、ドラゴンさんの下で働ける部下は幸せですね」
「ふむ、分かるか人間」
「ええ。それに比べてうちの王様は……」
ハヤシさんが困ったように肩を落とした。ドラゴンが身体を起こして、その顔を覗き込む。
その距離でドラゴンを前にしてどうして平然としているんだ、ハヤシさん。
ハヤシさんの元上司どんなんだったんだよ。本当に人間なのか?
「竜の牙を持って来いだなどと」
「牙? それは無茶なことを言いつけたものだ。牙は鱗と違って滅多に生え変わらんからな」
「ええ……それでわたくしたちも困っておりまして。手ぶらで帰ったらクビにされてしまうかもしれませんし」
「打ち首に!?」
ドラゴンが勘違いしていた。
今どき王様だってそうそう簡単に人を打ち首には出来ない。
「せめて何か、ドラゴンさんに会った証を持ち帰れば、あるいは……」
「そうか。牙はやれんが……ちょうど抜け落ちる鱗がある。これを持って帰るといい」
ドラゴンが尻尾を差し出してきた。
ぽろり、と剥がれた鱗が数枚、ハヤシさんの前に落ちる。
マジか、こんなに簡単に?
「いえ、いただけません、そんな」
「よい。酒の礼だ。どうせ我には不要なものだしな」
遠慮するハヤシさんの手に鱗を押し付けて、ドラゴンは満足そうにその場に丸まると、ごうごうと寝息を立て始めた。
酔っぱらって眠くなったらしい。
ドラゴンの鱗を抱えたハヤシさんとともに、その階層を後にする。
ドラゴンから離れてその重圧から解放されたところで、パーティーメンバー全員でハヤシさんを胴上げした。
「すごいぜハヤシさん! こんなに簡単に鱗が手に入るなんて!」
「はは、たまたまですよ」
ハヤシさんが照れ臭そうに頬を掻く。
「昔の取引先の専務に似ていたので、同じ方法が通じるかと思いまして」
「ハヤシさんの取引先、ドラゴンなの?」
「四捨五入したらだいたいそんな感じです」
ハヤシさんの元居た異世界への謎が深まった。
ダンジョンを出たところで、通信魔法で王様から連絡が入った。
空中に王様の姿が映し出される。
「勇者たちよ。無事竜の鱗を手に入れたようだな」
「はい!」
「ハヤシさんのおかげです!」
みんなが口々にハヤシさんのことを報告する。ハヤシさんはいやいやそんなそんなと謙遜していた。
俺たちの話を聞いて、王様がうんうんと頷いた。
「営業のハヤシよ。此度の働き、見事であった。無事に魔王を倒した暁には、きちんともとの世界に返してやろう。安心せ」
「ダメ————!!!!」
その場の、ハヤシさん以外の全員の声が重なった。
王様がぱちくりと目を丸くして俺たちを見る。
「王様、ハヤシさん元の世界に返しちゃダメだから!」
「百歩譲って返すにしても元のギルドは絶対ダメだ」
「僕たちの方がハヤシさんのことを必要としている」
「わたしたちだったらもっとハヤシさんのこと大事にしますから!」
「み、みなさん……」
「ね!? ハヤシさん!!」
ハヤシさんは困ったような照れくさそうな顔でおろおろしていたが、俺がその肩を掴むと、やがておずおずと頷いた。
◇ ◇ ◇
――その後、勇者と戦士、魔法使いに僧侶、そして営業のパーティーが魔王を倒すのは、また別のお話。
異世界リーマン、勇者パーティーに入る 岡崎マサムネ @zaki_masa
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