第15話 経ってしまえば慣れるもの

「一球目!!」



自身を多呂島慶人と名乗った男子高校生は今まさに、ボーリング玉を転がした。ボールは勢いよくカーブをかけ、二段目のピンに直撃して9本近くを倒した。そのプレイが非常に熟練していることは、ボーリング初心者の私にもすぐにわかった。そして、多呂島君が何度もこの場所で練習してきたことを知り、私が帰り道でこの常習犯を何度も見逃していたことを少し悔いたのであった。


「6番ピン狙ってたんだけどな。残っちゃったか」


多呂島君はそんな言葉をぽつんと残したのち、二球目を今度はストレートに投げた。そのボールは残った連なっているピンを全て倒し去って行った。その記録は上のスコアボードに瞬く間に表示される。


『7◢【20点】』


「つ、次は私の番……」


何年ぶりのボーリングだっけ?床に点線が沢山書いてある位置から狙いを定めた。しかし私はもう投げ方も全て忘れてしまっていたようだった。結果的に私が投げたボールは、ガターに吸い込まれていってしまった。


「ボウリング始めてなのか?ならガター対策として店員に頼んで、バンパー設定をありにしてくるけど……」


「手間がかかるからしなくていいわよ」


その誘いをピシッと断った。そもそもこの遊びは多呂島君に無理矢理誘われたもの。その上に店員さんにまで迷惑をかけて遊ぶはずがないでしょ!私は脳内でツッコミを入れながら、二球目を投げる。


ガコンッ!


『G4【4点】』


曲がりくねりながらもストレートを維持したボールは右端のピン4本を掻っ攫っていった。少し壮快かもと思いながら、企み事などに乗せられるものかと首を振る私。心の中で葛藤しながらも次の多呂島君のボールを投げる姿を見ていた。


『▶◀【46点】』


彼は綺麗なカーブでピンを蹴散らした。すると一発で全てのピンを倒してしまったのだ。確かストライクって表現するんだっけ。その結果が表示されたスコアボードを見ながら、ふふんと鼻を鳴らしていた。彼はつくづく遊びが好きなんだなぁっと思った。


「まぁこんな感じかな。今度はカナデの番だ」

「う、うん」


私は再びボールを選びに行き、集中して投げるが……。ガコンッ! 結果はガターを取ってしまった。一体どう投げるのが正解なのか。


「やっぱガーター用意した方が良くないか?」

「だから遠慮するって言ってるでしょ」


こんなんじゃ鼻で笑われるかもと嫌になり、言葉を突っぱねてしまった。そして焦った様子で私はまたボールを投げたもんだから結果は二連ガターである。


「む、難しい……ボーリングってこんなに難しかったっけ?」


「そりゃ数こなしてないと厳しいよな」


多呂島君はまるで私をフォローするかのような言葉を発し、ボールを転がす準備に入った。しかし準備が終わっても幾ばくか考えた様子で彼は立ち止まっていた。何をしているのかと私が疑問に思った時、彼は目を大きく見開いて、ついにボールを投げる。


ガコンッ!


『G【46点】』


多呂島君がガーターをしたのだ。私は驚く。それもそのはず、多呂島君のボールを投げる不格好な姿勢、それは私のフォームを完全再現したものであったからだ。わざわざ真似た理由、それは今の私には到底理解できるものではなかった。


「どうしてわざわざ不格好な私の投げ方の真似をしたの?」


ぶっきらぼうに彼に疑問を投げかけた。下手なのに真似されるのは屈辱的だ。


「お前がガーターしないために、俺自身がアドバイスしようかなって。……あれだな、怖がっているのか知らんが、早くからボールを手放しているからコントロールが不十分。もう少し力入れてボール持った方が良いぜ」


すると、何も悪気が無いような返答が帰ってきた。私は思わず、言い返したい欲に駆られたものの、正論だったために反論が出来なかった。その間に彼は2球目を今度は正確に投げた。


『G▶◀』


そうして当たり前のようにすべてのピンを倒すと、私の方を振り返り、なにやら熱心に指導を始めた。


「ボールはもう少しタイミングを遅くして投げるべきだけど逆に肩の力は抜いた方が良いぞ。とりあえず真っ直ぐ投げることを意識しようぜ」


そのアドバイスを聞きながら、私はボールを投げる。


『53【12点】』


すると一回もガターをせずに八本のピンを倒すことができた。


「そうそう、そんな感じ」


彼は嬉しそうにうんうんと頷く。そんな彼に私も思わず微笑んでしまう。無理矢理誘われたボーリングで楽しんでしまっているのが情けないけどそれでも面白さを感じでしまうところもあった。


「ありが……」


「もしかしてだけど、カナデボーリング楽しんでる??」


他人の心読もうとしないで。


「……いや、なんでもないわ。気にしないで」


私は思わずお礼の言葉を引っ込めてしまう。しかし彼の方はそれ以上言及せずに次のボールを投げた。結果はストライク。やっぱり上手いなぁ。

そうして、互いにボールを投げ続け、ゲームは終了した。スコアは300点満点中で、たろしま『TOTAL【210点】』カナデ『TOTAL【85点】』という結果だった。


「楽しかったなぁ。カナデは見た目的に貧弱そうだけど、後半とか強い球投げてて驚いたわ」


「貧弱は余計よ、ふんっ」


やっぱ多呂島君といても微塵も楽しくないかも。そう考えながら、レンタル靴を返しに受付付近まで歩いていた。


「またこよーっと」


多呂島君がポツンと呟いた一言を私は見逃さない。


「ちょっと待ちなさい。私が何のためにここに来たか思えてるわよね?」


わざわざボーリングをプレイしてあげた……って言ったら上から目線過ぎるけど、その目的は多呂島君への注意を兼ねてのモノだった。私の行動が全く彼の心に響いていなかったことにウンザリとする。


「…は!そうだった!よく考えたらカナデってスパイだったな?!」


「スパイっていう言い方は気にくわないけど……。とりあえず私は校則違反を止めに来たの……っ」


今日の放課後はいつにも増して騒がしい。私が注意する側、多呂島君が躱す側で静かな攻防戦が始まったのは誰の目から見ても明らかである。「校則なんて飾りだろ」という多呂島君に対して「呆れる」と直ぐに言葉を返す。


――しかし、「呆れる」なんて言葉で表現していながらも私ものどこかこの状況に没入感に浸っていた。


突然足元に何かが当たったってしまった。不注意ゆえ起きた出来事なので、私は即座に対処することが出来なかった。


「わっ!」


情けなく、私はバランスを崩して倒れそうになる。床に顔からぶつかるかも!!っと思った瞬間、多呂島君がすばやく反応して私の肩を持ってくれていた。


「大丈夫か、カナデ?」


「う、うん。ありがとう、多呂島君」



「足元気をつけろよ。ほら、これが当たったんだ」


多呂島君は足元を見ると、小さなボールが転がっているのを指差した。どうやら子供用のボールが貸し出し棚から落っこちてしまったらしい。幸い周りにいるのが私達だけで良かった、かも。


「そうなのね。も、もう大丈夫だから」


完全に恥ずかしいと感じていた私は、多呂島君に迷惑をかけまいと、一人で立ち上がろうとする。


「あっ……!」


しかし、どうにも足が痛くて立ち上がれない。子供用とはいえ、ボーリング玉は固くて柔軟性が無い。きっと踏んだ時に変な方向へ曲がりかけたり……一歩間違えれば結構危ない状況に遭遇してたのかもしれない。


「カナデ、大丈夫か?」


多呂島君は心配そうに私を見つめ、すぐに私の右足を確認した。冷静になって状況を確認すると、やはり転びそうになった時に足をひねってしまったらしい。足首が真っ赤である。


「ちょっと痛い……かも。どうしよう」


私は再度、試しに歩こうとしたが、痛みで足を引きずってしまう。


「無理するな。おい、ちょっとこっち来て」


そこを多呂島君は私の肩を支えながら、近くのベンチに誘導したのだった。私はベンチに腰掛け、右足をそっと持ち上げた。


「これは……ちょっと赤くなってるな。待ってろ、アイシングするからなあ」


一言、安心しろと声を掛けると多呂島君は受付に向かい、店員さんに事情を説明して氷嚢をもらってきた。


「もとはと言えば、俺がボーリング誘ったのが悪い。最後まで面倒見る」


「……遊び人のくせに誠実モドキな性格しているわね」


「そこまで元気なら安心だな」


幾ばくか時間が経った後に、私はため息をついて、多呂島君の手を借りながら立ち上がった。ジンジンと痛みは走るものの応急処置のおかげで不格好だが歩いて帰ることが出来そうな状態になった。


「なんかあったら困るから、下校付き添っていいか?」


「……別に、どっちでも」


「んじゃあお供させていただきます。」


彼の口調が少しふざけたものに変化しているのは、私のことを思いやっているからだろうか。そう思ってしまうと頬を緩めてしまいそうになる事も無理ない。そしてアクシデントが発生したのにも関わらず、私達は和気あいあいとボーリング場を後にしたのであった。







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