第2話
明らかに生物としての死を迎えた俺達は、まだ生きている奴らに向かう歩みを止めない。
一度死んだ俺達は、もう一度死ぬことを許されない。
だが、ゾンビとて元は人間だ。決して訪れない死を前にして、永遠に耐えられるようできてはいない。
だからゾンビ達は、二度目の死を切望した。
いつしかゾンビ達の間で、とある一つの言説が信じられるようになっていった。
曰く、人は二度死ぬという。
一度目は、生物として死んだ時。
そして二度目は、自らのことを誰彼からも忘れ去られた時。
ならば、逆に考えればいい。
自分を知る者をこの世から残らず消してしまえば、二度目の死は訪れる。
そのために、俺達ゾンビは人を辞めることにした。
化け物になることにした。
生き物として死んだ時、痛みはどこかへ置いて来た。
人を殺すのに邪魔な心を捨てるために、脳みその感情を司る部分は壊しておいた。
間違っても同族の名を呼ばないように、声帯は潰しておいた。
この声帯を潰すという行為が、俺達にとってはかなり重要だ。
人を辞めるために、生前の名は捨ててきた。
その名を拾いなおすということは、もう一度人をやり直すということに、化け物を辞めることに他ならない。
最悪の場合、生きた人間を殺せなくなってしまうかもしれない。
さて、ここまで準備できたら、あとはやることは一つだ。
叫び声の飛び交うショッピングモールの中、俺は腰を抜かしてへたり込む男を前にする。
「おい、お前まさか――」
こちらを見て、驚いて目を見開いた男の喉元に食らいつく。
どうやら、生前の自分と彼は知り合いだったらしい。
だが、あやふやな記憶をたどってみても、彼のことは思い出せなかった。
まあ、生前のことなどもうどうでもいい。
先ほどいいかけた彼の言葉。あれに続く言葉はなんだったろうか。
もしかしたら、生前の俺の名前を呼ぼうとしていたのかもしれない。
そうだとすれば、かなり危なかった。
生前の名を誰かに聞かれてしまえば、自分の名を知られてしまえば、二度目の死から一人分遠ざかってしまう。
人としての名前など、人を辞めた俺達には不要なものだ。むしろ邪魔以外の何ものでもない。
それを阻止できたのは僥倖だ。
喉笛を食いちぎられ、ぴくぴくと痙攣し始める男の体。まちがいなく致命傷だ。もう助からない。
俺は床に倒れる男を見下ろす。口にべっとりとついた血を拭おうともせず、ニタリと笑う。
ああ、これで――
また一歩、二度目の死に近づけた。
不死者の死に方 くろゐつむぎ @kuroi_tsumugi
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