1章

 戦争というものはゲームと同じだ。

 現実と仮想の境が分からなくなるほどに、人を殺し人の命の貴重さすら失わせる。

 ゲームでの人間の命が軽いように戦争でも一人一人の命は軽い、そしてそれに慣れていくほど人間から常識が失われていく。

 ゲームでしか許されなかったことが現実でも許せるようになる。

 戦争ではそれが常識になる。そして常識は人を殺す。

「――目標L0438をレーダーに捕捉。付近の部隊は全て直ちにアルテリア東方のミチュール高地へ急行せよ。繰り返す、目標L0438をレーダーに捕捉。付近の部隊は全て直ちにアルテリア東方のミチュール高地へ急行せよ」

 雨は止まることを知らず強くなる一方だ。曇天の下、分厚い雲から垂れる大粒の雨は鉄塊をも叩き付けんとする勢いである。私とレーダー班は簡易テントで指揮を取っているため雨に晒されているが作戦のためには仕方ない。

 周りには私こと指揮官を含む基地の隊員が並ぶ。

「各機へ通達する! これより作戦に移行する。作戦開始は予定の時刻から60秒後。各自所定位置に付き次第、待機。指示を待て」

 私はその言葉を残し食い入るように画面に映る敵軍の基地を見詰める。スコープの中に映る敵軍は私たち軍がいる場所より低位置の場所に展開していた。

 こちらからは敵軍の配置は俯瞰出来るが、《L0438》の位置からは確認することは難しいだろう。まさか、自分たちの基地を円状に全方位包囲されているとは予想もついていないはずだ。

「なぜ、《L0438》は戦闘を開始しないのでしょうか?おそらく我々のレーダーに捕捉されるまで戦闘開始を行う時間はあったはず。あちらの戦闘開始に時間がかかったため我々にも見つかってしまったのに」

 隣でレーダーを随時確認して私に報告していた部下がふと疑問を口にする。

「なるほど、あなたにはわからないのね。理由はこの豪雨」

「豪雨?」

「そう、雨により地面が水浸しになり騎兵と砲兵の移動が困難で戦闘開始時刻を遅らせたと推測するわ。どのような作戦を行おうとしていたかはわからないけど、おそらく天候のことまで読んでいなかったのでしょう。まあ天候が変わりやすいこの高地では無理ないけど」

 敵は何か理由があってその低地を戦場に選んだのだろうが、この豪雨が降るということまでは予想外のようだ。

 この天気では敵味方問わず視界が悪く戦況は膠着状態となり、《L0438》は作戦を開始できずにいる。この高地では雨の影響をもろに受ける。

 しかも、この雨は昼過ぎから降っているため地面が十分なほど水分を吸ってかなりぬかるんでいる。

「どんなに良い作戦も、機会を失えば何にもならない。むしろ、自分たちが不利になる」

「隊長、《L0438》が動きを見せました!」

 部下の報告ですぐスコープを覗き《L0438》の様子を確認する。そこには確かに先ほどまでは疎らにいた重装歩兵たちが密集しはじめている。

 そして、それを見たその時――。

デルダ1司令室より各機へ通達する! これより作戦を開始、総員第一種戦闘配置、陸地戦出撃用意せよ。我々の目的は敵地上部隊を撃破することではない。 我々の第一目標は敵砲兵隊の注意をこちらへ引きつけることだ!繰り返す、これより作戦を開始、総員第一種戦闘配置、陸地戦出撃用意せよ」

 私の命令と同時に、待機していた各機が操縦桿を前に倒し機体を前進させる。

「指揮官! XV-11から連絡です。敵レーダーに捕捉されたそうです!」

「構わない、攻撃を続けなさい」

 相手のレーダーに我々が攻撃開始まで捕捉されないため、基地を布テントにし、全戦闘機・重装歩兵を相手のレーダーが反応しないギリギリに待機させたのだ。

 今更気付いてももう遅い。

 光と弾。轟音とともにそれらは飛来していく。

 轟音と共に飛来してくる敵の砲弾。一発一発の砲弾はこちらに確実に命中はしないが、確実に少しずつ我々を殺傷していく。着弾と同時に耳を劈くような爆音が鳴り響き、爆風と土砂が我々の体を叩きつける。

 不純物の混じった雨水は土と混ざり泥となり体に纏わり付く。土砂降りの中、降り注ぐ砲弾の中、隊員たちは怯むことなく前へ進む。

「空爆による航空隊の投下完了までの予測時間は?」

「…この雨で位置把握に時間がかかりますがおよそ100秒です」

「了解……そのまま続けなさい」

 雨雲が邪魔で敵機の位置は確認しにくいため時間がかかるが、最悪の手段として我々基地を攻撃する攻撃隊の座標を我々が犠牲になることで測定し、敵攻撃隊の位置を算出することもできる。もちろん、するわけないが。

 私はスコープを覗き、《L0438》を見る。

《L0438》も行動は遅かったが、私たちの攻撃は彼らの戦機で応戦され既にこの基地へ向けての敵攻撃隊は進行を開始しており、その射程圏内には我々の基地がある。

「航空隊の爆弾投下の準備完了報告はまだなの?このままだと私たちが逆に基地に砲撃されるわよっ」

「今完了報告がありました。航空隊は指揮官の指示待ちです」

 私は、ヘッドセットから上空にいる航空隊に無線を入れる。

《こちら、作戦指揮官。航空隊へ通達する。爆弾投下を開始せよ。繰り返す、爆弾投下を開始せよ》

 ヘッドセットから了解とだけ返事が聞こえ無線が途切れるのを確認する間もなく、私は指示を行う。

「各機へ通達! これより目標L0438地点に爆弾投下による攻撃を敢行する! 全機命を捨て攻撃を継続せよっ」

 私の声が届くと同時に機体は追撃を開始し地上の土砂を巻き上げ、敵軍へ向け戦機と機銃による一斉射撃を再開する。

 ズーンと腹にずしりとくる低い音が上空から聞こえる。その数秒後、強烈な爆風とともに巨大な榴弾が炸裂する轟音と共に爆発の衝撃が襲う。

「やったか!?」

 敵地上部隊がいるであろう場所には大量の土煙と黒煙が立ち込める。その中から敵の歩兵や騎兵、砲兵たちが無残にも吹き飛ばされていくのがスコープ越しに見えた。

 それだけを見届けるとぐたりと肩の力を抜いて勝利を確信した私はシートに身を預けた。

『こ…降伏する』

 敵の疲れ切って後半かすれた機械音声が世界全体に響く。

 そしてその音声の直後、上空に金色の文字列が打ち込まれる。

【ミチュール高地 L0438基地殲滅 アニア生徒 82m32s にて 勝利。アリエス生徒 82m32s にて 降伏】

 それと同時に目の前に見えている全ての光景がポリゴンの欠片へと姿を変え、光の粒子となり消え失せ見慣れたVR室が私の前に表示される。

 私はヘッドマウントディスプレイを外すと外部遮断されていた音が解放されワッとガラスの向こうの生徒たちが歓声の賑やかさに少しウッとくる。

「さすが学年主席アニア・イリイーナだ!模擬戦でついに6連勝してしまった!!」

 ガラス越しの観客の一人が大声で叫び、口揃えて皆アニアと叫び出した。

 私は礼儀として右手を軽く振る。

 慣れた動作で片手で首筋のケーブルを外していると、急に頬を力強く叩かれた。痛くはないがかなり不快な一撃だ。

「…っ…アリエス、お互いフェアな戦いをしたのに…これはないわ」

 叩かれたことを気にしていない様子で同じ対戦を終えて負けたばかりのアリエスにお情けのつもりで握手の手を差し出す。

 眼鏡をかけた黒髪のボブカットで優等生という言葉がよく似合う女だ。まあその優等生は私に負けたただの落第生だが。

「お互い良い勝負だったわ。そうでしょ?アリエス」

「ふざけないで、もう一度よ!私の計画は完璧だった、雨さえ降らなければ…もう一度戦いなさい!」

 眼鏡の奥にある瞳は爛々と燃え、顔を興奮気味なためか少し赤くしなからアリエスは私の握手をはねのける。

「はあ…もう十分戦ってあげたでしょ?それにあなたがもう一度負けたら『廃棄』じゃなかったかしら?」

 私の言葉にアリエスはヒッと小さな悲鳴を洩らし、目を大きく見開く。

「クズが、黙りなさいっ!私の基地をあなたの戦闘機で取り囲んで逃げれない状態にして、空から榴弾を落とすなんて卑怯だわ!あなた指揮官の誇りはないの!?」

「あら、そのまま逃げることが指揮官の恥だから、私の指示で逃げられないようにしたのだけれど、あなたこそ逃げるという言葉を使って指揮官としての誇りはないの?」

 私はアリエスの馬鹿みたいな言いがかりに手元で口を隠しながら失笑する。

 さらにアリエスに追い打ちをかけようとすると、急に私の肩を後ろからポンと誰かが叩く。そして振り向くとそこには私より少し背が高いながらも愛らしい雀斑のある金髪の青年が私の顔を覗き込んでいた。

「それくらいにしてやりなよ。アニアちゃんにそんなに言われたらアリエスがキレるのも仕方ないじゃないか……な?」

 困ってなくても困ったような表情に見える八の字眉が特徴な少年はアリエスの肩に手を置いて耳元に呟く。

 するとさっきまでの殺気立った態度とは一変してアリエスは私の方を見て悪かったわねと吐き捨てて私から離れると、VR室から足早に去って行った。

 何今の?とそれをイラつきながら見届けると、そんな私の気も知らず雀斑の少年はホッと胸を撫でおろし私に向かいはにかむ。

「アニアちゃん、お疲れ様」

「別に疲れてないし、ルボフも余計な真似しないでくれる…売られた喧嘩は倍にして売り返すがモットーなの」

「まあ、別にいいじゃない。彼女も次の戦いで『廃棄』が決まるかわいそうな子なんだから、倍にして売っても不毛だよ。はい、お水」

 ルボフはカバンから水筒を取り出し私に差し出す。それを受け取るとルボフは嬉しそうに、ニコニコと今に泣きそうにも見えるその笑顔を私に向ける。

「…ありがと」

 私は頭をポリポリと掻きながらバツが悪そうに笑う。

 ルボフは私と同じ宙組のクラスメートで、地味で弱気ながらも私と違って誰とでも打ち解ける性格で人望も中々に厚い。

 アリエスを庇うところも、私の口の悪さを許容してくれるところも含め彼の人の良さがうかがえる。

「それにしてもすごい観客だな…さすがアニアちゃん。なんか俺まで有名人になった気分だよ」

 観客の中には、私たち一年生より上の学年の生徒たちや、中等学部の生徒までいる。

 正直、他の生徒に自分の模擬戦を見られるのは自分の手の内を見せるようで少し不快だが、それでも私の作戦のおかげで戦況が優位に傾き勝利しそれを評価されるのは気分のいいものっていうのもまあ事実ではある。

「アニア先輩、今日はサポートに付けさせていただけありがとうございます」

 不意に後ろから声をかけられ、振り向くとそこには先ほどの模擬戦で部下役としてサポートに回った中等部の生徒たちがいた。

「結構よ、私の模擬戦を通して何か学べたら嬉しいわ。今回はありがとね」

 私は水筒の蓋を閉めながら笑顔で答えると、彼女らも嬉しそうに頭を下げてVR室から出ていく。

 後輩というのはなんともかわいいものだ。今回初めて組んで戦った中等部の3年だが、今後のコネか何かの可能性のため仲良くしておきたいところ。

 そろそろ解散しようかと思っているとちょうど良く昼休みの終了を告げるチャイムの音が校内に響き渡り、VR室で私たちの戦いを見て盛り上がっていた生徒たちは各々の午後の授業へ向かう準備をし始める。

「私たちも教室に戻りましょ…模擬戦を申し込まれたからやったけど、おかげで昼休み潰れちゃったじゃないの。ほんとに腹立つわ…」

「でも、今回で6連勝だろ?今回ので点数上がってるかもしれないし、一旦教室に戻る前に模擬戦表確認しにいこうよ」

 ルボフはニコッと微笑み私に手を差し伸べ、その手を私は握り返す。

 先ほどいたVR空間と現実世界では時間の流れは違うため現実の世界ではまだ20分程度しか経っていないが脳の神経を酷使したせいで、VR室を出た瞬間どっと疲れが押し寄せてきた。VR空間から現実世界に戻ると、いつも体が鉛のように重い。

 手を引っ張られながら購買前にあるディスプレイ前に向かうと、既にチャイムが鳴ったというのにまだ生徒たちが集っていて私は呆れる。

 ここでは今学期内での模擬戦戦績を確認でき、そして戦績がこの学校内の成績となる。

 自慢ではないが、私は高等部に上がってから一度もこの主席の座を逃したことが無い。

 この学園のシステムとして模擬戦で生徒同士が戦いその際の行動をAIがリアルタイムでデータに反映し、それを元に生徒一人一人に成績が付けられる仕組みとなっている。戦績にはどの試合を何回行ったか、何分何秒で勝利を収めたかなど細かい情報が記録され、それは全てディスプレイに反映されるようになっている。

 私とルボフはディスプレイをのぞき込み自分の名前横を見る。

 私の戦績一覧には11戦中9勝1敗1分け 6連勝中…正直なところ自分でも驚いてしまった。

 最初のうちの何戦かは戦は連携がうまくいかず、味方戦機の損失もあり負けてしまったが、それ以降は快勝することができた。まあ、私としては当然のことだが。

「ア…アニアちゃん…あ、あれ…」

「ん?何よ」

 ルボフは驚愕した様子で私の戦績を見つめている。

 一体、何に驚いているのかと思い私もディスプレイを再確認する。

《次席 一年宙組 アニア・イリイーナ11戦中9勝1敗1分け 6連勝中 平均時間62m23s 平均死者数32000p 平均戦機喪失23》

 ……《次席》?

 私は目を疑った。ディスプレイに映し出されている私の主席が次席に変わっている。今までそんなことなかったのに。

「はぁ!?じゃあ誰が主席になるのよ?」

 私は苛立ちを抑えきれず、よく見るため近くにいた女子の肩をつかむと彼女はヒッと悲鳴を上げる。

 そこには、私が今までに見たことのない生徒の名前があった。

《主席 ミロク・ヒトトセ12戦中11勝0敗1分11連勝中 平均時間22m58s 平均死者数 8050p 平均戦機喪失11》

 私は目を疑った、この生徒は一体…?それに私が負けた?こいつに? そんな馬鹿な。

「だ、誰よ…このミロクって女は?」

「アニアちゃん、落ち着いてっ!」

 ルボフは私を両手で抑えると、落ち着かせようと背中を摩る。

「えっと…ミロク・ヒトトセって確か…」

「私がミロクだけど、何か用かな?」

「え?」

 私とルボフが同時にその声の方向を見ると、私に肩を掴まれ押し潰されそうな状態の女生徒が片手をそっとあげていた。

 そいつは私の顔を見てクスッと笑う。

 そして、そいつは私が怒りを一瞬忘れてしまうほど可憐で美しかった。

 長い睫毛と、やや垂れた可愛らしい目尻ながらも鷹のような鋭い眼光を湛えたその瞳とすっとした薄桃色の唇は乳白色の透き通るような肌を一層際立たせている。

 しかし、その美貌以上に目立つのがその真っ赤な制服だった。

 私たちの学校、王立イアンティネ指揮官学校では生徒は黒か白の制服のどちらかをを着用が義務付けられているが、彼女の制服も腰まで伸びるその髪も血よりも派手な薔薇のように真っ赤な色をしており、先ほどまでは私が焦っていて気づかなかったが今よく見ると周りから明かに浮いている。

 そいつは私の手を肩から引き離し、制服の皺を直して髪を整える。

「わーたしが、ミロク・ヒトトセだっ!で…何のようかな?」

 ミロクと名乗る少女は私を安心させるためかニコッと微笑む。

 私が一番苦手なハイテンション馬鹿だ、こんな奴が主席だというの?何かのバグ?

 私はルボフの手を払いのけると睨みつけながら彼女に歩み寄る。

「あんた、何者?」

「今日までずっと休学してて…だから今日初めて学校に来たのだけど。えっと…君は何ちゃんかな?」

「休学…?」

 こいつ……ほんとに何? 私は自分の感情が理解できないほど困惑した。休学なんて、この学校では異例中の異例だ。

 王立イアンティネ指揮官学校は才能ある人間しか入学できない。

 国に尽くすため、学園に在籍する間はその才能をより引き出すための特別なカリキュラムが組まれている。そしてその中では授業内容の他に模擬戦なども組み込まれており、模擬戦での戦績も成績表に記録されそれを元に順位がつけられる。だから指揮官学校の生徒は全員がライバルなのだ。

 そんな特殊な環境下でこの厳しい学校が休学を許すなんて聞いたこともないし、そんな生半可な意志を持った人間に負けたのが自分でも信じられない。

「さっきまで主席だったアニア・イリイーナよ。今日初めて来たのに、どうやって11勝もできるわけ?」

「えっと、普通にさっきまで模擬戦を12戦して…まあずっと来てなかったけど中々楽しい学校だねぇ。ここは」

「今日一日で12戦連続!?」

 私はミロク・ヒトトセという生徒に負けたことを一瞬忘れ、思わず大声で叫んでしまった。

「そんなの不可能に決まってるわ!!模擬戦は続けて行うと脳の神経が焼き切れる、続けれて2戦。それ以上行うと、脳が完全に破壊されて心肺停止するわよっ」

「いや、まあそんなこと言われてもね…できちゃったもんは仕方ないというか、なんというか」

 ミロク・ヒトトセという少女は困ったように首を傾げる。

 私はそんな呑気な彼女を見て、私はギリッと歯ぎしりする。

 こいつ…絶対に何かおかしい…そんなの人間ができるわけがない。

「アニアちゃん…えっと」

 そんな私の様子をルボフはオロオロとしながら見つめているが、正直今の私にはルボフを気遣う余裕はなかった。

 こんな屈辱は初めてとかそれ以上にこんな人間に出会ったことない…。

「あっ、ニアちゃんって!さっき、模擬戦してた女の子でしょ?どこかで見たことあるって思ったんだ〜模擬戦見たよ、そういえば」

「あっそ。主席様が見てくれるなんて光栄だわ。あと、ニアちゃんって呼ばないで」

「相手の捕捉レーダーに反応されないよう基地を布テントにし、レーダーギリギリに戦闘機を待機させる。シンプルだけどアリエス生徒が君たちに気づいた時には時既におそしで、先手を君たちに打たれてしまっている。しかもその戦闘機においての攻撃自体も実は囮で本命は空爆…」

 ミロクは私の両手を掴み、真剣なまなざしで私を見つめてくる。彼女の限りなく白に近いその瞳は何か不思議な魅力があり、その好奇心で大きくなった真珠のように輝くその瞳に不甲斐なくドキッとしてしまう。

「しかし最も注目すべき点は空爆などじゃないっ!!ここで見るポイントは戦闘機全機で敵基地を包囲し、空爆だけではなく全機を自滅覚悟で追撃させるその無慈悲な作戦……!!」

 興奮した様子で話すミロクの瞳は獲物を狙う肉食動物みたくギラギラと輝かしていて私は少し気圧される。そして、彼女は私の手首を滑り込ませるように私の両手をガッシリ掴み、鼻息を荒くしながら私に顔を近づけてくる。

 ちょっ……何こいつ!?顔が近い!! 私は思わず顔を真っ赤にし、恥ずかしさと危機を感じたことから目をぎゅっと瞑ってしまう。しかし、そんな私を彼女は全く気にかける様子はなく、それどころかさらに興奮した様子で私の手を白い華奢な手からは信じられないほど力強く握る。

「さすがだよ!!この作戦は、面白いよ!!ミロクは…私はこの戦略にときめいた…けど」

「けど?何よ?」

「残念ながらこの作戦には、致命的な欠点がある」

 ミロクはそう言うと私の肩から手を離し、今度は私の腰に手を回し、引き寄せる。

「それは、空爆により味方戦闘機まで巻き込むことで戦闘機がほぼ全滅してしまうということ。ギリギリまで攻撃することによって完全に敵を殲滅できるけど同時に自滅作戦に等しいため兵士がほぼ死んでしまう。そこが欠点」

 私は彼女との距離が近すぎることに動揺し顔を真っ赤にする。しかし彼女は全く動じていない様子で、私の顔を先ほどと同じようにじっと見ている。

「戦争において、下級兵士の生死より勝利が優先。一番大切なのは、敵を完全に滅し勝利すること…だから」

 私は動揺を隠すように、ミロクから顔を背ける。

「…たい…ない」

「は?なに大きな声で言って、聞き取れないでしょ?」

 ミロクは急に小さな声で呟き、私は聞き取れず思わず聞き直してしまう。

「もったいない!!君の…アニアちゃんのその脳があればもっと素晴らしい作戦を思いつくはずなのに…こんなところで躓くなんてっ!!だからアニアちゃんはミロクなんかに負けて次席になるんだよ」

「…は?」

 私は彼女の言葉に思わず目を見開く。

「はっ…は…はぁ!?あんた、何?なんなのよっ!?」

 私はその言葉にも態度にもいら立ちを隠せず思わずミロクの襟元を掴む。しかし彼女は全く動じずにそんなことを気にする様子もなく言葉を続ける。

「アニアちゃん、君の戦い方は現実的じゃないよ。あれを現実でやったらアニアちゃんが負けちゃう」

「意味…わかんないんだけど」

「考えてみなよ?もしそのあと敵に援軍が来たら、アニアちゃんは戦闘機も兵士も空爆によりかなり減っているだろうから敵の援軍に対し応戦はできない。君の戦闘機による攻撃が空爆のための囮だったように、もし君たちの兵士が命と戦闘機を費やして戦った相手も実は囮で援軍が本命だったらどうするの?」

 私は一瞬反論してやろうかと思ったけど、彼女のその言葉に何も言い返せなかった。

 確かにそのとおりだ。私の作戦はあくまで敵軍と私の軍が同じ兵力であるという前提で考えられたものだったのだ。

 先ほどの戦いは模擬戦のため、もちろん援軍は来ないが、これがもし現実の戦いで敵に援軍に来たら?

 ミロクは私の襟元を掴む手を払いのけ、一歩前進する。

 そして、私と向き合うと彼女はニコッと微笑む。

「興奮しちゃってごめんね、一観客としての意見だから聞き流してもいいよ?」

 ミロク・ヒトトセという少女は間違いなく私と同等かそれ以上の天才。こればかりは認めざる負えない事実だ。

 彼女の考えは模擬戦などに留まらない、現実の戦争。

 そんな視点をもてるからこそ、さらにムカつく。

「ああもう…ここにいたのか、ミロク生徒」

「おっ、レスキナ教官」

 ミロクとの睨み合いに突如第三者の声が割り込んでくる。

 振り返ると、そこには金髪をショートにしタバコを咥えた軍服に身を包んだ美しい女性が立っていた。

「探したわよ本当…会議室前で待っとくようにって言ったはずだが?」

「ああ〜ごめんなさい。いや、何やら騒がしかったもんだから……」

「ん?アニア生徒とえっと…その友達じゃないっ。あなた達も戦績表を見にきてたのね…ってどうしたのよアニア生徒、怖い顔しちゃって」

 レスキナ教官は私とミロクの間に入り、私たちを交互に見て首を傾げた。しかし今の私はそんな些細なことなどどうでもよかった。

「いえ…なんでもありません」

 私はそう返すので精一杯だった。教官の前では面倒ごとを起こすことはできない、評価が落ちると学校を卒業した後、軍振り分けにて不利になる可能性があるからだ。

「そう。ミロク生徒も今日の模擬戦はこれで終わりみたいだから今後の話をするためにも会議室に戻るわよ」

「はーい分かりました」

 ミロクはレスキナ教官に連れられてその場から立ち去ろうとするも、立ち止まり振り返ると私の手首を摑む。

「…主席、頑張ってね」

 そう言って微笑むミロクの笑顔は美しく、そしてどこか儚げだった。

 だがイラついて視野がせまかった私には、こいつは憐むような馬鹿にするような表情で私を見てるようにしか見えなかった。

 彼女に苛立ちを覚えるが教官がいる前で噛み付いても仕方ない。ここは一旦我慢だ。

「えぇ、ぜひ頑張らせていただくわ。ミロク生徒」

「うんうん!ではでは」

 ミロクは私にウィンクしながら手を振りレスキナ教官とともに私たちから離れるのを確認すると私はミロクに握られた手首を摩る。

「な、何なのよ…あいつ!?消毒を、消毒をしなければ…」

 私が彼女に負けたことが受け入れられず思わずその場で項垂れているとルボフが私の肩をポンと叩く。

「ど、ドンマイ」

「うるさい」

 今まで私に対して素直だったルボフまでが私を憐れむかのように、私と友人になって一度も使ったことのない「ドンマイ」などという言葉を私に向かって使ってきた。これも全てミロクのせいだ。

「とにかくあの主席をぶっ潰して私が主席に戻る…ルボフ、私は絶対勝つから。模擬戦サポート頼んだわよ。あと、遅刻するから走って教室に行くわ」

 私はそう言って、ルボフを置いて先に模擬戦表を後にした。

「ま、待ってよアニアちゃん!」

 そんなルボフの制止も無視して私は走り出すとルボフはため息をつきながら私の後ろを走ってついてくる。

「ルボフ、早くっ!」

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