これはCM上の演出です! define
山野エル
第1話 これはCM上の演出です
夏の暑さがすっかり引いて、朝は肌寒い。
このくらいの気温がちょうどいい私にとっては心地のいい季節だが、その時間はあまりにも短い。
今日も私は高校への道をゆったりと歩いている。時間に追われるのは嫌いだ。だから、いつも余裕を持って家を出る。
いつもと同じ通学路。空は青く晴れ渡っている。
私の住む東京都
通学路を行く私の視線の先から、爽やかな表情で大股歩きですれ違おうとするパンツスーツの女性がやって来る。
その隣を、黄色い肌の魔人のようなアニメ調のキャラクターが警戒に歩いている。
──【キュイジーヌ オーガニック・サンライズ】のCMだ。
あの黄色い魔人はコーンフレークのCMキャラだ。朝に食べれば元気に過ごせるというCMで、実写の人間とハイタッチなんかしている。
──名前忘れたけど、ふてぶてしい表情でウザいんだよね……。
まわりを歩いている通行人にも見えているのに、誰もがその存在を普通に受け入れている。ツッコミなんかなしなのだ。
「キュイジィ~~ヌ!♪」
私とすれ違いざま、黄色い魔人が高らかにメーカー名を唱えると、キラキラの光がパンツスーツのお姉さんを包み込んで、彼女は跳ねるように道を駆けていった。
そう。この世界は、CMの中の出来事が現実に起こるのが日常茶飯事なのだ。
実に忙しない……!
私たちは、一般的にはだいたい高校生の頃から、国の機関である
その広告では、現実にはあり得ないような出来事も起きる。
大きな文字が降ってきたり、太っていた人がいきなり痩せたり、でっかいモンスターが空を飛ぶことだってわりとよくあるのだ。
だからなのか、すぐそばで展開されている広告に巻き込まれる形で参加することはあれど、ツッコミを入れたり、おかしさに笑ってしまうような人は私のまわりにはいない。
そんな自分の異常性に気づいたのは、小学生の頃だ。
母と一緒に銀行に寄った時、急に行内にいた銀行員や客が一斉にどこかの一点を見つめて、「人生の相談なら、あさか銀行!」と叫び出したのである。どこを見てるのか、未だに私は分からない。カメラもないのだ。
あの時の、一種異様な空気感を私は未だに忘れない。
母にそのことを話しても全く理解されなかったのが、さらに恐怖心を煽った。
それから出会う友達すべてに訊いても、誰もまわりで平然と繰り広げられる広告をおかしいと感じていないのだ。
だから、私は誰かに理解されることを早々に諦めた。そういう自分の切り替えの良さは誰かに褒められてもいいと思っている。
そんな考え事をしていると、後ろからやって来た別の高校の男子グループの一人に肩をぶつけられてしまう。
なんだぁ? と思って振り返ると、ぶつかって来た男子が私の目を見つめたまま固まっている。
しかも、私たちのまわりに、なんかピンク色のオーラが漂い始めてる……!?
──これ、もうCM始まってるよね……? 私、巻き込まれてるよね、これ?!
「あ、あの……」
男子生徒の頬がチークでも入れたんかというくらい赤くなっている。分かりやすすぎるCMの演出だ。しょうがないので、私も成り行きに任せてみる。そうしなければならない理由もあるのだ。
「な、なんですか……?」
私の見立てでは、これは恋に落ちた高校生カップルがなんやかんやあって何かのCMに持っていく展開だ。だから、私は精一杯かわいさを発揮するように上目遣いをした。……うげっ。
「お、俺と一緒に【みかどランド】に行きませんか?」
出た。東京近郊の遊園地【みかどランド】のCMだ。
最近、やたらと中高生、つまり、私と同世代での広告契約が多い。業界最大手の【トレーズランド】から少しでも客を奪おうという算段だろう。……ぶっちゃけ、トレーズは強すぎてそんなこと絶対無理だと思う。
そんなこと言えるはずもなく、私は大きくうなずいた。モジモジなんかしちゃったりして。
「は、はいっ……!」
だって、そうしないと何も始まらないもんね。
次の瞬間、私とその男子生徒は、【みかどランド】が誇るジェットコースター・フライングワームの座席に転移し、ループの中を駆け抜けていた。
強烈なGを身体に受けて、二人で絶叫する。
──いきなりジェットコースターはキッツいわ……。
巻き込まれるCMによっては、未来に飛ばされることも珍しくはない。だが、急なGを受ける環境に転移するのは初めてのことだった。
その後は、【みかどランド】のレストランに瞬間移動して、二人一緒に笑い合いながら食事なんかしちゃったりして、最後には夜空に打ち上がる花火なんかも並んで見上げちゃったりして、その花火の音に相手の男子の声が聞こえなくて聞き返すのだけれど、恥ずかしがって教えてくれなかったりして……、結局花火の音をバックに手が触れ合ったりなんかしちゃったりした。
で、気づけば、私は元の通学路に戻っていて、私にぶつかった男子生徒も何事もなかったかのように、仲間たちと楽しそうにお喋りしながら私を追い越して行った。
【みかどランド】のCMが終わったのだ。
──もうこうなると当たり屋みたいなもんだよね。
この世界の広告には、絶対的な原則がある。それを、〝原状復帰の原則〟というのだそうだ。
簡単に言えば、広告の中で何が起ころうとも、その広告が終われば、すべてが広告の始まる前の状態に戻るということだ。
価格を破壊する怪獣に街が踏み荒らされても、月の基地に飛ばされたとしても、改造人間にされたとしても、それが広告であれば、最後は元に戻るのだ。
いくつかの例外はあるけれど、この原状復帰の原則のおかげで、私たちは広告を気兼ねなく発動することができている。どういう理屈かは知らないけど。
そんなわけだから、私にとってこの
私と同じ境遇の人がいたとしたら、その人も同じだとは限らないだろうが。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます