あなたのために、生まれてきた

雨足怜

第1話 出会い

 普通でありたい――

 それはボクの、魂の叫びだった。

 普通にあれない自分が嫌だった。周りから浮いてしまい、奇妙なものを見るような目で見らえるのが耐えられなかった。

 だから、身を乗り出した。

 脳裏に、願掛けの話を思い出しながら。

 清水の舞台から飛び降りで無事だったら願いが叶う――そんな馬鹿げた話をとっさに実行しようとするくらいには、きっとボクは追い詰められていた。

 あるいはその時のボクは、きっとどこかおかしかった。

 修学旅行のおかしなテンションのせいもあったかもしれない。

 だから、身を乗り出した。

 疲れ切っていた。このまま楽になりたいとさえ考えていた。きっと、死は永遠の無という安らぎを与えてくれるはずだから――

 視界は開け、世界はどこまでも続いていた。ただ、その世界は、ボクを受け入れてくれる世界ではなかった。

 清水の舞台から身を投げる――こんな一人のちっぽけな人間の、せめてもの反抗としては、十分に思えた。

 そのまま、落ちていこうとして。

「やめなさい!」

 けれど、背後から羽交い絞めにされ、押し倒された。

 背後へと倒れこんでいく中、ぶかぶかのズボンのすそが見えた。

 倒れ、そして、背中に柔らかいものを感じた。女性の、体。

 それを理解するよりも早く、女性は素早い動きでボクの上にのって、襟をつかんだ。

「死んでも、やめなさい……お願いだから」

 懇願。

 見上げる先には、目にいっぱいの涙をたたえた女性の姿があった。美しく、力強く、それでいて儚い女性だった。

 頬を、涙が伝う。顎からしたたり、ボクの腕を濡らした。

 それほどに涙が温かいものだということを、ボクは初めて知った。

 それから、少しおかしさを感じて、ふっと体から力が抜けた。

 自殺志願者に、死んでもやめろなんて……。

 なんて矛盾しているのだろう。

 だからだろうか。

 彼女の言葉は、強くボクの記憶に焼き付いて離れなかった。

 その言葉が、彼女の涙が、言葉が、ボクを生かした。

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