恋愛の義務教育化

ちびまるフォイ

人であるという証

「すごーーい、また満点だね秀才くん!」


「まあ、今回の試験はそこまで難しくなかったから」


いまだに全教科100点の記録を続けている。

このまま卒業まで記録更新をやっていくつもりだった。


数日後、ニュースで見たことが自分の学校にも発生した。


「えーー。みなさん、ニュースとかで見てると思いますが

 これからわが校も義務教育として"恋愛"も含めていきます」


教科書が配られ、科目「恋愛」を教える先生も紹介される。


「わかっていると思うが、これはちゃんとした科目だ。

 遊びじゃないぞ。ちゃんと小テストも期末テストもある。

 恋愛で赤点をとったやつは居残りだからな」


クラスから「げ」と低い悲鳴があがった。

一方で自分だけは涼しい顔をしている。


これまであまたの数式を学び、国語で作者の意図を汲み取り。

生物学を学んで、保健体育をも網羅している。


そんな自分にたかだか恋愛の1教科ふえたところで、

なんら満点の記録にかげりはない。



はずだった。


次の期末試験の結果が張り出された。

恋愛の赤点は自分だけだった。


「どうしたの秀才くん」

「体調悪かった?」


「そ、そうだね……ははは……」


周囲のあわれみが煽りにしか聞こえてこない。

あんなに勉強したのにテストでは全く歯が立たなかった。


他の教科で満点取っていることも悪目立ちの要因となり、

居残りは先生もびっくりの自分だけとなった。


「まさかお前に補習することになろうとは……」


先生も苦笑い。

広い教室でマンツーマンの授業が始まった。


「まず、恋愛とは人間活動の基本だ。

 すべての人間は恋愛をするために生きている」


「え、そうなんですか」


「当たり前だ。この世のすべての人間の幸せというのは、

 恋愛をして結婚をして家庭をもつことだ。

 それ以外は幸せじゃない。幸せと思っても、それは強がりだ」


「そういうものなんでしょうか」


「お前な……。お前はたしかに賢いが、ここに疑問を挟むなよ。

 恋愛の教科書にそう書いているんだ。

 のっけから逆らうスタンスだから点数が取れないんだぞ」


「でも、数学は答えがあるじゃないですか。

 国語だってちゃんと説明できる答えがあるじゃないですか」


「お前、そのうち"どうして人を殺してはいけないんですか"とか聞きそうだな」


「人を殺しちゃいけないのは、人の命が尊いものだからでしょう?」

「そこは普通に答えるのかよ!」


先生はつきっきりで恋愛の授業を教えてくれた。


けれど、自分は「どうしてそうなのか」を説明できないと

どうやら理解のスイッチがOFFになるらしく頭に入らない。


あれだけみっちり勉強したのに、次の期末試験でも恋愛は赤点だった。


こうなってくるともう言い訳はできない。

あれだけ他のテストでいい点とっていた自分が

恋愛だけボロボロということにみんな笑った。


「お前なんで恋愛だけ点数取れないんだよ」

「サイコパスだから人の感情わからないんじゃね」

「ちげーーよ。ゲイだから恋愛できないんだよ」

「ホモサイコパスじゃん! 近寄んじゃねぇ~~ww」


恋愛だけは合格点に届かない状況が続く。

やがて受験シーズンに入ると三者面談で親も呼ばれるようになった。


先生は暗い顔で死刑宣告のトーンで口火を切る。


「秀才くんですが……この調子ですと、志望校の合格は難しいかと」


「そんな! 国語数学理科社会どれも満点ですよ!?」


「ええ……そこだけなら問題ないんですが。

 恋愛の科目だけが合格点にまるで足りてないんです」


ついに保護者にも隠していた恋愛のボロボロ具合を

三者面談で晒し上げられることになってしまった。


初見だったのもあり親のリアクションは新鮮そのものだった。


「し、信じられない! これほんとですか!?」


「ええ、まぎれもなく、お子様のテストの結果です……」


「どうしたのよ秀才! あなたはできる子じゃない!!」


親が自分の肩をつかって揺すってくる。


「秀才くんは非常に頭が良い子です。

 なのに恋愛だけこの性格というのは考えにくく、

 もしかすると家庭的な問題が……」


「先生、まさか私が教育ママだとでも!?

 私は勉強なんて強要していません!」


「しかし他に考えられるのは……」


「どうしたのよ秀才。もしかして恋愛に答えをだすことに

 恥ずかしさや抵抗感を感じてるの?

 気にしなくていいのよ。恋愛なんてみんな打算なんだから」


「そうだ。別に恋愛を一生懸命勉強することは恥ずかしくないぞ」


先生も両親も自分をすっかり「恋愛を恥ずかしがるウブな少年」として認識しているが、実際はまったく違う。

ガチで勉強して、真面目に答えて、全部スベリ散らかしいるのだ。


「ともかく、恋愛でいい点取れるような人間でないと

 それこそ人の心がわからない化け物みたいに扱われますから」


「そんな! 私は育て方を間違えていないのに!

 秀才ちゃん、あなたはいい学校に入って国を良くするエリート。

 こんな恋愛ごときでつまづいちゃダメよ」


「……そうだよね。わかったよお母さん」


覚悟を決めた。

もう自分は恋愛とはわかり合えないと覚悟を決めた。


次の期末試験、ついに恋愛で満点を取った。


自分は恋愛とはわかり合えない。

だから誰にも見つからないようにカンニングを行った。


たかだか恋愛ごときで自分の人生の覇道を踏み外してなるものか。

こんな人生の最序盤でズルをしても構うものかと覚悟を決めた。


もちろん、自分のカンニングは誰にも見つからなかった。

他のテストでも満点な人間が、恋愛で満点をとっても違和感はもうなかった。


これには先生も親も大喜び。


「さすが秀才だ! 本来の力が出せたな!」

「これで志望校にも合格できるわ!」


「と、当然だよ」


影響は先生と保護者だけでなく、

クラスメートから見られる目も変わった。


「なんだよ、ちゃんと恋愛わかってるんじゃん」

「これまでロボットとかいって悪かったな」

「恋愛で点数取れるんだもん、お前は人の心があるよ」


「あはは……そうだろ」


もう自分がカンニングしたことは墓場まで持っていくと誓った。

すると、クラスメートのひとりが聞いた。


「恋愛満点ってことは、もう恋愛マスターだよな?」


「そ、そうかもな」


「それじゃ教えてくれよ。恋愛マスターの好みのタイプ」


「えっ」


「聞きたい~~」

「秀才くん、どんな子がタイプなの?」

「恋愛満点の人の意見聞きたいよな」


みんなが集まって自分を取り囲む。


タイプ。

タイプってなんだ。


自分は苦し紛れに答えるしかなかった。


「そ、そうだなぁ。〇〇みたいな人がタイプかな」


クラスメートの好奇の目は一瞬で侮蔑の目になった。



「「「 〇〇を好きな人がタイプなんて、人間じゃない!! 」」」



どうやら自分はまた恋愛の答えを間違えてしまったらしい。

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