第十二章・最終兵器装備完了──バケモノを打ちのめすのよ~!

     ◆♀ 【裸族乙女】 ♀◆


 ようやく朝は来た。

 今朝は日も射し、夜中の雷雨が嘘みたいだ。朝は、心に希望をもたらしてくれる。私は悲観的な思考は捨て、プラス思考で、「善処します」と唱え、お役所的に対処するべく人間的な感情も捨て去った。私は、人じゃない。天からの指示に従うだけの操り人形よ。国会答弁が脳裏を過ぎった。大層ご立派な佇まいの高級官僚に倣い、忖度してことをおさめてやるのだ。誰に忖度すんのか疑問だけど。そこんところは深く追求してはならない掟だ。

 私は朝を味方につけ、果敢に得体知れずの敵に挑むべく、再び戦地へ足を踏み入れた。戦場は静まり返っている。敵影は確認できない。だが、いつ奇襲をかけられてもいいように神経を張り詰め、見えざる敵を待ち構えた。

「ザザザーッ……!」

 流しの下辺りから聞こえた。そちらに体ごと素早く向く。目を凝らし、敵影を探したが、つかめない。

 長い時間が経ち、西に面した流しの上の窓から陽光が射す。ビルのガラス窓に朝日が反射してこちらを照らすのだ。天井を見たら、電灯が点っている。私は、玄関のほうへ移動し、キッチンの灯りを落とした。振り向き様、何か違和感を覚え、目玉をグルリと回転してみる。が、それが何によるものなのかつかめない。確かに己の感覚では異常な気配を察知したはずなのに。これほど気色の悪いことはないだろう。知っているのに知らない、なんてあり得ぬ。私の好奇心はそれを知りたくてウズウズした。しかし、知ってしまったあとの恐怖を思えば、知らぬが仏……か? 人というのは矛盾だらけの生き物なのだとつくづく感じ入った。この私も例外ではないのだった。

 段々もどかしさに耐えきれず、兵器を振りかざしながら、キッチンをかき乱した。“玉ちゃん”で壁を叩き、床を殴りつけ、襖をこすり、己の獣的洞察で敵影を探知し続けた。しかし、敵はさるもの、戦闘のプロのようだ。恐らく百戦錬磨の強者に違いないだろう。そんな強敵を相手にか弱い乙女が、ひとり立ち向かうのだ。

 ふと窓のほうを向いた時、左目の視界を何かが掠めた気がして天井を見た途端、飛翔体を目撃した。と、黒い物体が顔面めがけて攻撃してきた。

「ウンギャーッ!」

 私は半狂乱で兵器を振り回した。だが、一撃も食らわすことができない。最早逃げ切れない。「来るなー!」声は出ず、心の中で叫んだ。ヤツは体ごと私の額に突進すると、床に着地して消え去った。

 私はよろめきながらその場にうずくまる。一撃を浴びた患部をさすり、身構えた。あれほどの体当たりにもかかわらず、この身は幸い無事だった。この時ばかりは神に感謝した。敵の無慈悲な恐ろしい攻撃は、却って、私の肝を一層据わらせた。己が強くなり始めたことを自覚するに至った。人は困難にぶつかったあと、必ず強い存在になり得るのだ、と初めて悟った。「我に七難八苦を与え給え」と願い給うた山中鹿之助の心境だ。

「来るなら来いヤー! できる、私はやれる! るしかなーい!」

 心は決まった。何が何でも殺害する。己が傷つくことも厭わずに敵をコテンパンに打ちのめしてやるのだ。でないと、死を待つだけの憐れな存在になり下がるのみ。

「サアーッ……!」

 素早い動きだ。音で感知する。その方向を見やる。ヤツは私の正面だ。

「何と醜い容姿か!」

 ドブの底をさらってきたような、油にまみれた体を床にドッシリと張りつけ、こちらを見据える。上等だ、相手になってやるぜ。私は武者震いして、そのものと対峙し、攻撃の機会をうかがった。

 ヤツはその場で山のように動かない。

「風林火山か、コノヤロー! 武田信玄を気取りやがって、コシャクな!」

 こちらも微動だにせず、敵を睨みつける。──コンクラーベね。

 汗で兵器が滑り、床に落ちそうになる。持ち直そうと、右腕を少しだけ曲げた瞬間、ヤツも動いた。

「逃がしてなるものかー!」

 私は振りかぶり投球モーションに入った。敵を見定め、思いきり投球した。“タマタマ”と“玉ちゃん”が回転して敵を追いかけ、撃破した。わけではなく、床の一部を破壊したに過ぎなかった。と、敵はあろうことか、こちらに向かって来る。私はたじろぎ、あとずさった拍子に尻もちをついた。尚も適は迫る。最早私の手中に武器はない。私は尻であとずさる。敵は速度を上げ、まさに足元を襲って来た。その時、右手に触れたものを手に取った。昨日の朝刊だった。

「──新聞……武器になるの?」

 薄っぺらい紙の束を一瞥して、私の思考は問いかけた。一連の動作はほんの一瞬で、恐らく1/100秒の世界の出来事に相違あるまい。私は咄嗟に新聞をクルクルと丸め、無闇やたらに叩きつけた。敵がいようがいまいが、お構いなしに。仕舞いには目を瞑って狂暴な“借りてきた猫”に変化へんげして叩きのめした。

 相当な時間が経過したかに思われた。全身汗まみれで、豊満な胸の膨らみの下から雫が腹部へと流れを形成して落ちた。汗で湿った尻が床面をクチャクチャチャプチャプと滑る。左手の甲で額の汗を拭う。

 敵影はどこにも認められない。ふと新聞に目をやったら、ジットリと濡れていた。ヤツの体液がしみ込んでいた。敵の死体を探したが、見当たらない。多分、まんまと逃走したに違いない。やはりこんな子供騙しの陳腐な武器では倒せるものではない。だが、敵を追い払うことはできたのか? それは定かではないが、我が心に希望の光は射す結果となった。今の戦闘を私は生きのびたのだから。

 私は立ち上がって今一度、敵を探してみた。ビルの反射光がすりガラスの窓から頬を照らす。思わず目を細めた。テーブルが天板をこちらに向け、横たわる。その裏側をそっと覗いた時、おぞましい光景をまなこは捉えた。

「ヤツだ!」

 黒い巨大な塊を目にした瞬間、体は勝手に反応した。新聞を目の前に構えて盾にする。よくよく見ると、ひっくり返っている。死んだのか。まさか、こんな原始的な攻撃でくたばりはすまい。たかが紙ごときでは……。

 私は勇気を奮い起こし、傍に寄ると、新聞の先で突っついてみる。と、ヤツの体は床をほんの少しだけ滑った。だが、微動だにしない。本当に死んだ、というのか。この私が、勝ったのか。このバケモノに……勝った。どうしても信じられない。尚も倒れた敵を突っつき続けた。しかし、身動きどころか、全身を硬直させ呼吸する気配も微塵も感じられぬ。死んだのだ。それでも疑ってみる必要があるように思える。念には念を入れるべきだろう。トドメを刺しておくべきか、私は考えあぐねた。既に死んだ者に対して、最早、物体と化したに過ぎぬ死体に対して非情ではないか。死者への冒涜ではないだろうか。曲がりなりにも、お互い死闘を繰り広げた戦士同士ではないか。迷いに迷い抜いた挙句、私は死者の魂を弔い、合掌するにトドメた。すると、ようやく心の安らぎは得られ、勝利したことを実感したのだった。



     ◇♂ 【××族 X】 ♂◇


 踊れ、踊れ、踊れ。魂の高揚は、高みへとこの身を導いてくれる。オレは壁伝いに上り詰め、いつしか天井に逆さづりになっちまったぜ。

「ん?」

 視界を人影が掠めた。ヤツがようやく姿を現したんだ。なぜだか嬉しいわいな。この身がフワフワしてきた。全身の力が抜けるう~。ア~レ~! 天井から剥がれ落ちちゃったわヨン。迷わずヤツの顔に飛び込んでやったぜ。ドッスーン! 体に軽い衝撃が走った。ヒラヒラと床に舞い落ちる……ワ・タ・シ。

 素早く、身を隠す場所を探しながら、床を縦横無尽に滑り続けたのよね。と、ヤツが正面に立っていたのヨン。陽に目が眩み、一瞬視界を塞がれた。しばらく身動きできなくなっちまいやがったぜ。しゃあねえや、ヤツの動きを注意深く空気の振動で捉えよう。殺気だ。ピンク色が視界に入った。飛んで、回って、飛んで、回って、飛んで、回って……ピンク色の回転体が襲いかかる。無心でヒョイとそれを容易くよけちゃった。するってーとナニかい……体は反応してヤツに向かいかかったさ。

 眩しい。目が霞むの。ホンに忌々しい朝陽じぇて。おっとー、頭上注意。爆撃弾投下さる。頭上から炸裂しやがるぜ。雨あられ。いったい何発降り続くんだい。

「アイタッ! 何だ、コノヤロー!」

 脳天を……脳天を……脳天を……直撃したー。たった一発が、不覚にも被弾した。あー、頭がクラクラする。

 ヤラレタ? このオレが? まさか!? オレが、このオレ様が負けたというのか? あんな小娘ごときに!? そんなはずは……ねえ。そんなはずは……。

「ア~……ア~……ア~……意識が~……意識が~……意識が~……遠退いて~……逝く~……」

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