誓刃

絵之色

第1話 定められた運命夜

「す、すみませんでしたー!!」

「……雑魚が」


 鋼を彷彿させる銀の瞳をした少年、生見刃いくみじんはボソッと言った。

 自分の頭の半々が地毛の白黒頭を物珍しがって他の不良たちが絡んでくるのに刃はイラついていた。

 くだらない野次で飛ばして挑発してきた他校の生徒と朝から喧嘩をしていた。

 チャイムの音が遠くから耳に掠める。

 授業はもう始まっているだろう……短気な野郎共は、面倒なことこの上ない。


「はぁ、めんどくせぇ……ん?」


 刃はだらだらと歩いていると黒猫が鳴くのが聞こえて振り向く。柔らかい茶色の長髪に、淡色の黄色の上着と白のワンピースを着た女性が座り込んでいる。


「っ、」


 刃は慌てて壁の横に隠れる。

 なんで、消花しょうかさんが!? ここ、普段通ってなかったよな!?

 彼女は俺の地元で名の知れた女大生である月代消花つきしろしょうかさんだ。


「みゃう」

「……ニャー」


 ニャー!? ニャーだと!? 消花さんの口から、猫真似って、か、かわ。


「っ、~~~~~~~!!」

「……誰?」


 立ち上がった消花さんがこっちにやって来るのを感じる。

 彼女のあまりの可愛さに悶えていれば、ご本人様が覗き込んでくるではないか。


「……ジン君?」

「……だ、ったら、なんだよ」

「またケガしてる……消毒してあげるから、動かないで」

「い、いいって」

「ダメ」

「……っ」


 強引な消花さんに傷跡に包帯でなくハンカチを宛がわれた。

 できたばかりの傷が、疼くのはきっと気のせいだ。


「他はどこケガしたの?」

「も、もう大丈夫だって……俺、学校だから!!」

「あ……行っちゃった」


 初恋の人の優しさを振り切り、刃は昼休みまで学校の屋上で眠ることにした。


「……消花さんも、別に気にしなくていいのに」


 刃は傷口を抑えてくれていたハンカチをなぜか持ってきてしまっていた。

 ……あの人くらいだよな、俺のこと気持ち悪がらないの。


「……後で返さないと」


 瞼を閉じると、今まで投げかけられてきた誰かの罵倒が頭を過る。


『あの人変な目の色だよね』

『ねぇ』

『『『クスクスクスクス』』』


 ……昔から、俺の家系は目の色素が薄かったらしい。

 だから他人からはありえないと言われ、気味悪がられていた。

 そんな俺の目を馬鹿にしないでくれた母も。

 俺とお揃いだななんて笑ってくれた父も。二人とも、変な怪物に殺された。あの日から、俺はあの怪異に出くわしやすくなるために、不良になった。

 チームなんて物は組まない。復讐を果たすのは、俺だけでいいからだ。

 そうやって周りの人間に冷たくなっていくうちに、他の学校の奴らから色々と言われるようになった。


『アイツに近づかないどこ? 怖いし』

『そうだなっ』


 ……どうでもいい。

 お前らは俺の過去を何も知らないから蔑んでるだけだろ。

 我が物顔で知った気になって見下してんじゃねえよ。

 そうじゃなくちゃ自分守れねえだけだろ、ダサい奴。堂々と人前で言うこともしねえで、相手のこと考えずに抉る言葉だけやたら吐いてサンドバックにする……どこが、正常な人間様ってんだ。

 正常って枠組みじゃないと生きていられない日和ってるだけ奴らのくせに。


『『『気持ち悪い』』』


 そういうお前らが、一番に気持ち悪いんだって気づくこともねえのな。

 可哀そうってお前らが嫌うマウントとってなくちゃ、誰かを助けようとも思わない屑の集まりなんか興味ねえ。

 

 ――……そんな奴になるくらいなら、俺は一人でいい。


 俺の心に罅がいくつ入ろうと、復讐という刃物になった心の硝子片を強く握ってきた。大勢の言葉で日和っていては復讐は果たせない。

 刃は目を開けて、空に浮かぶ太陽に手を伸ばす。


「……世の中、クソったれだ」


 鳥が飛んでいく様を見据えながら、空の青空がやけに冷ややかに映ったのは言語化が脳内の中だけしかできない彼の目だけだった。昼は適当に焼きそばパンで済ませ授業に出ず刃は放課後の時間を見計らって学校を出た。

 俺が住んでいる渡守ともり町は都市で、人口が多い都市だ。

 一つ厄介なのは、カラスが多いこと。

 ゴミと不良がやたら集まりやすい点を除けば嫌な街じゃない。漫画みたいに喧嘩をしあって自然と分かり合える、なんて価値観は俺にはない。

 あんなの、漫画の中だけの世界だ。信号が青になった横断歩道を渡る。

 歩道を渡り終え、路地裏近くの道の途中でドン、と肩が揺れる感覚がする。


「痛ってぇな!!」

「……悪い」

「あぁ!? なんだその生返事は!!」

「……っち、わかった。相手してやる」

「ふざけてやがんなぁ? テメェ!! 来いや!!」


 刃は強く、拳を握った。

 暴虐なるままに、俺は不良共を痛めつけた。


「ひ、ひぃっ」


 強面の学生が、血に塗れた一人の学ラン服を着た少年から離れていく。

 少年は床に気絶したいじめっこの男子生徒たちを足蹴にしながら唾を吐く。

 ……逃げるような奴らが、俺に喧嘩売るなよな。


「……くだらねえ」


 ……血が付いた学ランを洗うのも、金がかかるっつーのに。

 こうやって寄ってたかって集まってこなくちゃ立ってられないような弱い奴らが俺は大嫌いだった。無駄に群れて、弱い奴を探して見下して尊厳を踏みにじんないと立ってられないのかね……本当に、気持ち悪い。

 もう既に時間は夕方を差し掛かっていた。

 ……無駄に長引いたか。


「帰らないとな」


 くだらない不良共に連れられて俺は家へと帰ることにした。

 刃は夜に一人で出歩いていた。

 制服姿のまま、補導されたとしても自分には家族がいない。

 一人暮らしをしているのだから、当然だ。月光に照らされながらも暗く沈む街は今日も退廃的に映る。自分の目には何もかもが色褪いろあせて見える。

 己という存在すらも夜の星よりも小さく見える。

 ああ、なんでこんなくだらない生き方をしてしまっているのだろうか。


「……今日も、月が綺麗だな」


 刃は小さく呟いた。

 いつも家の窓辺から見る夜月も悪くないが、こうして風を感じながら見上げる月夜も悪くない。鳥の囀り声を聞きながら夜道を歩くこの時間が好きだ。誰かが近くにいるのが多い昼より夜がいい。  

 つまらない喧嘩に明け暮れる日々よりも、こんな静寂でできた空気の中を風のようにゆったりとした足取りで歩くのは、俺の趣味だ。

 ……いつか、アイツを見つけられたらと祈りながら刃は歩道を軽く歩く。


「私を綺麗って言ってくれるのは嬉しいかな。愛の告白って奴?」

「……?」


 水道水みたいににごってなくて、耳馴染みみなじみの悪くない声を耳にかすめた。他の奴に女が男に告白してんだろうなと思って素通りしようとするとまた同じ声がした。


「ねぇ、聞いてる? 君だよ、綺麗な目をした学生さん」

「……は?」


 透明感のある、慎ましやかな女の子らしい少女の声に足を止める。


『刃の目は、お父さん譲りで綺麗だわ』


 ……何で母さんの言葉を今思い出すんだ。

 刃は後ろに振り返ると銀髪を三つ編みをした少女が目の前にいた。


「……やっとこっち向いてくれたね」

「あ、アンタ誰だよ」

「君、学生だよね。こんな夜更けにどうしたの?」


 寄って来る見た目が可愛い女子が自分の顔を覗き込んでくるのに心臓がうるさくなる。その女は令嬢と呼ばれるタイプの金持ち娘が来てそうな格好をしていた。

 白いシャツと腰部がコルセット状になっているハイウエストの暗色のスカート。スカートが落ちないようにか、シンプルなサスペンダーをつけてる。少し洒落た短い靴下に黒のストラップシューズと、全体的にモノトーンなチョイスの格好だ。

 ただ唯一違うのは彼女の目。綺麗なマリンブルーの瞳で、嫌味がなく温和な彼女の性格が表れていた。

 顔面も人形のような色白さと可憐さだ。

 消花さんにも負けていない、美少女と呼ぶべき人間だろう。

 月明かりに照らされて、彼女の容姿の輪郭はより神秘的に映る。

 綺麗だと、感じた……二度目だ。

 誰かのことを、こんなにも美しいと感じたのは。


「……お前、」

『グガァアアアアアアアアアア』


 おどろおどろしい気持ち悪い声が聞こえる。

 覚えが、ある。覚えがある。

 アイツの声、と少し違う。だが――――危険だ!!


「逃げろ!! 白髪女しらがおんな!!」

「何言ってるの? 守られるのは君の方だよ」


 刃は叫んのに対し、少女は冷静に返す。


「……君なんかに、私の体にクレーターはできないよ」


 鋭い青の閃光が弾けた瞬間に、化け物は絶叫した。


『ガァアアアアアアアアアアア!!』

「――――無様に散りなさい」


 化物の体に青白い罅割れた閃光が走る。

 息を吸う瞬間の間、もう既に化物は事切れていた。

 最期は、青い炎で燃えていく化物をしり目に、刃は周囲を確認する。

 夜で、人通りもあるはずの道なのに誰一人もいない。

 なんだ? 何なんだこの状況!?


「――――アンタは、何者なんだ!?」

「私はレナータ・エリプマブノーム。私はこの世界の月そのものであり、絶世の美少女だよ……人類の末席さん?」


 美少女は少年に微笑みかける。

 月明りを浴びて、より彼女の神秘性が高まるのを感じられる。

 その時、刃は会合を迎える。

 偶然や必然よりも重い、運命の出会いを。

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