17

 しまった。またやってしまった。また許可も得ずに勝手に彼女に触れてしまった。彼女に無理やりキスをしてどれくらい経っただろう、実際の経過時間はモノの数秒だと思われるが、私にはかなりの時間がたってるんじゃないかと錯覚を覚える。

 だがさすがに今度は二度目。やってることは性犯罪者とかわらない。同意なしに無理やりしているのだから。

 慌てて彼女から離れ、ごめん、と頭をさげた。


「また私……ごめん、勝手に……」


「……これがヒロムの気持ち、なの?」


 私の気持ち。この一連の行為で私の気持ちが正確に伝わっているのか甚だ疑問だが、衝動的にしてしまった行為だ。私の素直な気持ちだろう。

 私がコクリと頷くと彼女はくるりと私に顔を見せないように反対方向を向く。


「ヒロムって私の気持ち、弄んでないわよね?」


「うん」


「私のこと……好きになってくれたってことでいいの……?」


「……秋ちゃん」


 名前を呼んでも彼女は振り返ってくれない。

 きっと私がはっきり言葉にするまでこちらを向く気はないだろう。


「ねえ、秋ちゃん、こっちむいて」


 それでも私は彼女に振り向いてほしくて、呼びかける。返ってくるのは無言の圧だけだ。


「やっぱりさっきのじゃ伝わらないかな」


 私が頑なに言葉にしないのは、言葉にしてしまうとそれを失ってしまったときが怖くて。それを手放さなきゃいけなくなったとき。一度言ってしまったら私はこの言葉を言わずに飲み込むことができるのだろうか。

 付き合う上で別れることを想定して付き合うなんて、おかしいのかもしれない。だが他に彼女を想う素晴らしい人がいると気付いたとき、私になにもないと気付いたとき。下手したらたった一言すらいえないこの状況に彼女はもう呆れているかもしれない。

 不安になって彼女の顔を覗き込むとそこには信じられない光景が私を待っていた。


「あ、や、ちょ、ちょっと見ないで!」


 まず目に入ったのが口元がゆるみきったにやけ顔。しかも今にもよだれがたれてきそうな。てっきり怒っているものと思っていたから、拍子抜けしてしまった。

 そんな顔をしているもんだから、ついこらえきれずふふっと声がでてしまう。


「すごい顔してる……ふふっ」


「見ないでっていったでしょ! しょうがないじゃない! すっごく嬉しかったんだからぁ……!」


 私に顔を見せないように身体ごとそむける。私はしつこく彼女を追い回し、その顔を拝もうとする。だが彼女はガードが固く、なかなか隙を見せない。

 ――なんだろう、こんな風に人と接したこと今まであっただろうか。

 また胸が熱を持つ。その熱が血液を通して全身にわたっていくみたいで、身体が熱く感じる。


「ねぇ秋ちゃん」


「なによ、顔なら見せないわよ」


 そんないじけたような声をあげる彼女に流れるように声に出していた。


「じゃあ来年、見られるように頑張るね」


「来年?!来年の今頃はきっと……」


「きっと?」


 彼女はやっと私のほうを向く。さっきのだらしない顔ではないが、得意げな顔でにやけている。


「ふふん。ヒロムは来年も私といたいと思ってるんだ?」


「思ってるよ?」


「な……!」


 途端彼女の得意げな顔は崩れ、鳩が豆鉄砲を食ったような表情を浮かべている。

 どうしてそんな表情をするのだろう。私は何かおかしなことを言ってしまったのだろうか?


「なんでそんなこというのよ!」


「ええ……? 秋ちゃんが聞いてきたから?」


「もうほんと……わからない人ね」


 彼女はふう、と一息をついた後温かさを感じるような穏やかな笑顔を浮かべる。

 

「でも来年になったらヒロムのこと、もっとわかっているんでしょうね」


 ――ああ、まただ。また胸のあたりが熱い。

 自分の気持ちはもうわかってはいるが、この熱の正体は未だつかめずにいる。神格化するわけではないが、答えはそんな単純ではないだろう。

 彼女はあ、と携帯で時間を確認している。すると慌てたようにカバンを持ち直す。


「今日はそろそろ帰るわね。勉強頑張るから、もし五十位以内入れたら――」


 彼女は恥ずかしそうにもじもじとこちらの様子を伺いつつ、


「私のいうことなんでも聞いてよね! じゃあまた明日!」


 とんでもない爆弾を残してさっさと出ていってしまった。私はうんともすんともいってないけど、これいうこときかないといけないのかしらん……。


 ***


 

 はぁ。やはり休日に色々したりするのは疲れる。なにが疲れるって友人たちと遊ぶことではない。それまでの準備だ。

 十四時に待ち合わせをしていて、現在時刻十三時。早めに準備しようと思ってもうだうだ時間がかかって、あっという間にこんな時間だ。このペースでいくとぎりぎりになってしまうだろう。

 しんどいと思う気持ちを抑えつつ、ゼリー飲料を吸う。服はどうしようか……この間彼女と遊んだ時に買った服でいいかな。

 なんてもそもそ準備をしているとインターホンが鳴った。


「おはよーヒロ! ヒロがいると今日も太陽サンサンだね!」


「おはようほまちゃん。今日曇ってるよ?」


 待ち合わせ場所をカラオケ店にしているのに、なぜ迎えに来るのだ。


 「ってヒロ! 可愛いね、その服。すっごく似合ってる。……もしかしてあたしの為に?」


 「そういうわけじゃないけど……似合ってるっていってくれてありがとう」


 ふむ、服装か。今まで特に意識してみたことなかったけど、友人の服装を注視してみる。

 友人のTシャツには一射必殺とかかれ、的の中心に矢が刺さってるようなイラストがかかれた弓道のTシャツだ。確かに部活動の青春が詰まったようなTシャツ。だけど彼女はスタイルもいい、容姿も優れてるときてるもんだからまったくダサく感じない。むしろキラキラしてみえるのは不思議なものだ。


「自分で選んだの?」


「ううん、秋ちゃんチョイス」


 途端、太陽のような笑顔を浮かべて友人の笑顔に雲がかったように影が差す。……と、思ったが、すぐ笑顔が戻った。


「そうなんだ! 中々やるね、アッキのやつ」


「ほまちゃんも秋ちゃんに選んでもらってもいいかも!」


「ん。考えとく!」


 友人はどこかもの悲しげに笑うと私の手と自分の手を絡ませてきた。いわゆる恋人繋ぎというやつだ。


「ほ、ほまちゃん……恥ずかしいよう」


「今更?!中学のころはしょっちゅうしてたじゃん!」


「いや、まあ……ははは」


 まあ確かに中学に入ったころくらいから、スキンシップは激しくなっていったけど……。

 正直、あまり過剰なスキンシップは苦手だったが、友人ならばまだ我慢できた。高校に入ってから少し減ったかなと思ってからのこれだ。

 今は別の意味で勘弁してほしいなぁなんて思いつつ、このまま待ち合わせ場所へと向かった。

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