16
友達の友達は友達。そんなことを言い始めたのは一体どこのだれなんだ?
少なくとも私には一生でてこない言葉だろう。この緊迫した周囲の状況を見ればなおさら。
「だから、ここはこの公式を使って解くんだよ」
「むー……解けないわよー」
今日は近日中に普通科のほうでテストがあるらしいので、彼女も勉強をしたいようで。そのため、私たちは図書室にきている。
友人が彼女に勉強を教えているの図。だけどまったくわからないようだ。友人の教え方はかなりわかりやすいというのに。友人が教えてもだめなら私でもだめだろう。
かみ砕くにだけかみ砕いて教えているわけだけど、さすがの友人もお手上げのようだ。
「そもそもここ中学の範囲なんだけど」
「え、でも最近習ったとこよ?」
「……普通科のことは知らないけど、中学の復習からやってるんじゃないの?」
私も見てみるが、確かに見覚えがある。中学の時に。だがあまり苦戦した記憶もない。
最近習ったというならなおさらわかると思うのだが、復習とかしないのだろうか。
やいのやいのと言い合う彼女らを同じく図書室を利用している生徒たちから見られている。彼女はともかく学年一位の友人が騒いでる、何事かと思うだろう。というか、誰にでも人当たりのいい対応する友人がなぜ彼女にだけ強く当たるのだ。
「二人とも、ちょっと静かにしよっか」
「ご、ごめんなさい」
「ごめん……」
二人して同じようにしょぼくれる姿は双子かっていうくらいにかよっているが、なぜ仲良くできないんだ。まあ、私が双子は仲がいいなんていっても鼻で笑われるだけだが。
「ヒロの勉強邪魔しないようにと思ったのにこれじゃあ意味ないよー!」
うがーっと頭をがしがし搔きむしり珍しく情緒不安定な友人。弓道をやってれば、心の御し方とか身につくと思っていたけど意外とそうでもないみたいだ。
友人は私のほうをちらりとみるとさらに頭を悩ませる。
「あんた、あたしについてきて。平均点くらいはとらせてあげるから」
「え?!でもここで……」
「いいから! ここじゃ教えるにもあんまり声だせないでしょ」
こうして友人は彼女を引きずるようにして図書室を出ていった。途端に図書室にシン、とした空気になる。彼女たちにつられてがやがやしていた層もどうやら静かになったようで。
私も負けじとチョコレートを一つつまみ、真剣に勉強をする。正直、さっきまで彼女のことが気がかりで勉強に集中できてなかったから、友人には助けられた。友人はやるといったら実行する人物だ。任せても問題はないだろう。別の問題は彼女が友人に耐えられるかだけど。
どれくらい集中していたんだろう。今日は普通科の生徒が多かったせいか、図書室はすっかり閑散としている。そんな静寂な空間の中、彼女たちは相当げんなりした様子で帰ってきた。
「そろそろ終わろうと思ってたんだ。どうだった?」
「あたしって教えるのうまいのかなって思ってたけどただの思い込みだったよ」
「……」
一体なにがあったんだろう。二人して同じ絶望を抱えた顔をしている。
「……よし、ヒロ。カラオケいこっ!」
絶望顔から一転、いつものきらっと星でもでそうな笑顔になる。
「もう歌って気分転換でもしてなきゃやってんらんないよー」
「でも今日はもう遅くない?」
「じゃあ明日! 明日ならいいでしょ?」
「わ、私もいく!」
「あんたはあたしが出した課題やってなさいよ!」
「でも!」
「もう二人とも落ち着いて。いいじゃん、三人でいこうよ。ほまちゃんも秋ちゃんも仲良くしよ、ね?」
「ヒロムもこういってるんだし、誉さんいいでしょう?」
うん? 誉さん?
「でもアッキは勉強したほうがいいんじゃないの?」
おん? アッキ?
なんだ、仲が悪いと思っていたのは私だけか?
私が二人の掛け合いに思わずポカンとしていると、友人がはっとしたようにとんでもないことを口にだす。
「違うからねヒロ! この女とはなんにもないから!」
「なっ! 当たり前じゃない! だから誤解しないでねヒロム!」
彼女も続けて関係の否定をする。なんか私二人に浮気されてるみたいじゃないか。……その場合だと最低なのは私か。
まあ不適切な関係であれ、健全な関係であれ二人が仲良くするのはいいことだと思う。
「いいと思うよ、私は」
とりあえずニッコリ笑っておいた。
この後もグダグダと言い訳をする二人をニッコリとかわしつつ、帰り支度を進める。すると彼女らもバタバタと帰り支度をし始めた。
校門前で友人と別れるとそこはいつもの帰り道。私たちはいつものように他愛のない会話をする。と思っていたけど。
「ほんとに誉さんとは何もないからね……?」
まだ引っ張るか。この話題。
「私は二人仲良くしてくれて嬉しいよ? お互い下の名前で呼び合ってたみたいだし」
先ほどと同じくニッコリ笑う。
「すぐ笑って誤魔化すんだから……」
「うん? なんかいった?」
「なんでもないわよっ。それと明日のカラオケ、私もいくからね!」
「勉強せえって言われてなかった?」
「どうせ今日の夜一緒にやるからいいのよ」
「ほぇ?」
素っ頓狂な声が出てしまった。本当にあの知らない空白の時間になにがあったんだ。
「泊まるの?」
思わず聞いてしまった。いかんいかん。二人仲良くするのはいいことだと常日頃から思っていたではないか。それにしても仲良くなる速度がF1並みだと思うけど。
そんな私の問いかけに彼女はしまったという表情を浮かべる。
「あ、いやその……なんでもないのっ! 気にしないでちょうだい!」
「うん、わかったよ」
気にしないで、と言われた以上詮索することもできないだろう。
なんとなく会話も続かないまま、我が家の前についてしまった。じゃあ、と別れようとするとまって、と声をかけられる。
「ちょっと玄関先でいいの、いれてもらってもいいかしら」
「その勢いだとだめっていってもくるでしょ」
ははは、と苦笑いを浮かべつつ少し真剣な面持ちの彼女を家に招き入れる。途端、どさっとカバンが落ちた音がすると彼女に抱きしめられた。
久しぶりの触れ合いに胸が沸き立つ感覚に襲われる。私ってこんなに単純だったっけな。
彼女の心地よい体温に若干身を委ね、静寂な空間の中彼女の鼓動だけを感じる。
「ねえ、ヒロム」
「なに?」
「私、勉強頑張るから。もし、五十位以内に入れたら……この間の続き、したい」
この間……続き……。
現在、思考力が落ちてる私が考えられるこの間の続きというのは、初めてキスしそうになった時のこと……だろうか。
私が答えあぐねていると彼女はぎゅっと抱きしめる力を強くする。
「だめ、かしら」
「……もっと別のことでもいいんじゃない?」
「だって私はヒロムのこと好きだからそういうことしたいって思うけど……ヒロムはそうじゃないでしょう?」
だんだん彼女の抱きしめる力が強くなっていく。彼女自身が感じているやるせなさを表しているかのように。
私は彼女に今の自分が感じている思いの丈を話していない。いつも当たり障りないのやり取りをして、流れでそういうことをしそうになったけど結局はできてなくて。その後なにも進展はなし。
自分は彼女の愛を一方的に享受しておいて、一切与えることはしていなかった。おまけに私の気持ちも知らないまま日々を過ごしていたら不安にもなるだろう。
「ごめんなさい……困らせるつもりはなかったの」
私は彼女に自分の言葉を伝えるべく若干上を向く。彼女もこちらを見てくれた。身長差があるからこういう時はなんか恥ずかしい。
「私の方こそ、言葉足らずだったね。私が別のことでもいいっていったのは――」
私は少し背伸びをして、彼女の首筋にキスをする。すると突然の刺激に驚いたのか彼女の身体がビクンと跳ねた。
やっぱり首筋はいいなあ。あったかくて、脈打ってるのが感じられて……。
いつまでも彼女の首筋に酔いしれてるわけにもいかず、名残惜しいが離れる。
「そういうお願いの仕方しなくても、いいんだよ?」
まだ彼女に自分の気持ちを伝えるには度胸も勇気もなにもかもが足りなくて。こんなひねくれた言い方しかできない。
結局自分は受け身でしかいれないんだと、そんな情けない自分に嫌気がさす。
「なによ、それ」
彼女は私の肩をつかみ、身体から離した。
「私バカだからはっきりいってくれないとわからないわよっ!」
身長差があって、かつ低身長側が高身長側の頭を引き寄せるにはどうすればいいか。そんなとっさに判断なんてできなくて、私は目の前にあった彼女の新しく買ったであろうえんじ色のネクタイを斜め下に引っ張る。私が背伸びして顔が前にくるように。
気づけば私は彼女の唇に自分の唇を無理やり押し当てる形でキスをした。玄関で、ロマンもムードもないこんな場所で。キスなんていっていいのかわからないけど、私たちは初めて唇を重ねた。
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