14
なんか嫌な夢を見ていた気がする。朝起きたら着ていたパジャマが寝汗でビチョビチョだった。めんどくささと気持ち悪さ、かろうじて気持ち悪さが勝ちなんとかシャワーを浴びることができた。
だが、嫌なことは重なるものだ。母親からの久々の連絡。近日行われたテストの酷評と金銭の振り込みの確認。最低限のことはやっているという体裁のためのものだろう。実際、今まで金銭で困ったことはないからそこはありがたいのだが。
元気か、とか私を労ったり気遣ったりするような言葉は一切なく、そっけない文のやり取りで終わる。私から聞くことももう諦めた。
携帯を放り投げ、天井を仰ぐ。高校入学してから、まだ少ししかたってないはずなのに色々と変化があったなぁ、と。
人が変わるには何か変化がいる。私には彼女ができて、今まで感じることのなかったことを感じて少しだけ前に進めている、そんな気がするのだ。
もうすぐで付き合って三か月くらいたつのではなかろうか。世のカップルはこのくらいに倦怠期を迎えるという。たまには私から提案してみるのもどうだろう。
「え、三か月? まだそんなものなの」
世の女子って記念日とか大事にするって本にかいてあったんだけど、どうやら私の彼女は例外らしい。まったく日付とか気にしていない。
なんだ、私がなんか気にしいみたいじゃないか。
「なんか結構一緒にいると思ってたけど、まだまだね」
関係性でいえばなんかあの日以降そういう雰囲気にもなれなく、なにも進展していない。彼女も実家の手伝いで忙しかったり私も勉強を詰め込んだりと、なかなかタイミングが合わない時期も多かった。
そんなわけで今日は学校の近所の公園でのんびりおしゃべりしている。
「それにしても本当特進科ってテスト多いわね」
「そうだねぇ。もう受験に向けてのカリキュラムらしいから」
「私は特進科じゃなくてよかった!」
その前に特進科に入れないんだろうなあ、なんて本音はそっと飲み込んで。
「あ、そうだ!」
「どうしたの?」
「三か月ってなんか節目じゃない? その記念にお互いのネクタイ交換しましょ!」
「えー……でもネクタイの色違うよ?」
「いいじゃない! そんなこと気にする人いないわ」
同じクラスで男子と女子のネクタイだったら長さが違うだけなので、些細な違いだったろうけど、色が違うのはさすがに気にする人いると思うが。
しゅるしゅるとネクタイを解く彼女に私も覚悟を決める。私もネクタイを解き、彼女と交換した。
私はすぐつけたのだが、彼女はじっと私のネクタイを見つめていたかと思えば自分の顔に近づけすんすん、とにおいをかいだ。
え、は?
「……え?」
「ご、ごめんなさい、つい……!」
「く、臭かった?」
「そんなことないわ! むしろその……すごく好きなにおいっていうか……」
顔を赤らめ恥じらいながらもじもじと乙女みたいになっているが、やった行為は変態そのものである。
てか本人いる目の前でする? するにしても家に帰ってからにしない……?
こういう時どういう顔をしてどういう対応するのが正解なんだろう。こんなの本にものってなかった。
「秋ちゃんってえっちだね」
「えっ?!え、えっえっちじゃないわよ!」
うん、なかなかいい反応だ。
反応も上々ということで、彼女からネクタイをちょっと返してもらう。自分でもにおいをかいでみる。
「なんもにおいしなくない?」
「自分のだからでしょ? ヒロムの……優しい香りがするわよ」
「優しい香りってどんなにおいなんだろ……」
「ヒロムのにおいだって。体臭?」
「体臭っていうとなんか臭そうじゃない?」
「だーかーら! そんなことないってば!」
彼女はこんな何気ないやり取りでいつも笑顔を見せてくれる。なんだかそんな彼女にときめいてしまって、ベンチに腰かけている彼女の前に立つ。
私はここ数か月彼女と過ごして、彼女への見方がだいぶ変わったと思う。最初はただ感じた熱の正体を知りたかった。それだけのために付き合ってみて。彼女と一緒に帰ることになったり、猫カフェにいったり服を見に行ったり。……ちょっとえっちな雰囲気にもなって別の熱を感じたり。
これまでのことを少し思い返し、彼女をじっと見つめる。
「な、なによ。なにかついてる?」
「ううん、なんか初めてまともに顔を見たような気がする」
彼女の顔の横髪をさらりとすくう。やっぱり整った顔立ちをしている。肌も綺麗だし、まつげも長くて目もパッチリ。頬も程よく紅潮していて、唇もぷるぷるだ。
私も彼女とそうかわらない変態なのかもしれない。
「そ、そんなに見ないでよ……」
そう懇願する彼女を無言で見つめ続ける。このまま見つめ続けたら穴があいてしまうんじゃないかってくらい。
私は彼女を見つめるときはどんな顔をしているんだろう。
「私に見られるの嫌?」
「い、や……じゃないけどっ……は、恥ずかしいの……」
「なんで? なにが恥ずかしいの?」
彼女の髪から頬へそっと片手をうつす。彼女の頬は程よく弾力があって熱い。このまま近づいていっても許されるのかな。
自分の顔を彼女の顔へ近づける。彼女が焦っているのが目に見えてわかった。
「ここっ……人、いっぱい……いるからっ……!」
「……なんてね」
私はもっていたネクタイを彼女につける。人にネクタイを結ぶのははじめてなだけあって、少々不格好だったがなんとかできた。
鳩が豆鉄砲を食ったような顔をしてる彼女の頭に手をぽんと置く。
「大丈夫、特進にいてもおかしくないよ」
「い、意地悪! ヒロムの意地悪!」
ぽかぽかと力なく叩いてくる彼女を見て、胸の奥に彼女の手料理を食べたときに感じた熱を思い出す。やっぱり胸が温かくなる。そうして自覚した自分の気持ちをまだ言葉で伝えることは難しいなとも思う。
だけどそんな私の気持ちを代弁するように、後ろの花壇でアガパンサスの花が咲いていた。
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