6.5

 今日はちょっとショックなことがあったけど、嬉しいこともあった。それにしても、梛木さん……ううん、『大夢』はちょっと人のことを考えていないっていうか、ぼーっとしているっていうか。

 いやでも、いいの。彼女の優しいところ知ってるから。彼女だけの優しさを私は知っているから。

 今日あった出来事や、この前の出来事。少しずつ私と大夢の思い出が増えていく。きっとこれからも、来週のデートだってこうして思い出として思い出して、たまらなく嬉しくなる時が来る。

 その時に思いをはせて、携帯を取る。あまり大夢は返信してくれないけど、既読はつけてくれる。別にいい。学校にいけば会えるんだから。


「大夢、今何してるの、と」


 どうせ返信は返ってこないだろうけど!

 なんて携帯を放り投げるとピコンっと携帯が鳴る。私は即座に携帯を見てみる。……ただのニュースだった。

 はぁーとため息をつくと再びピコンと。バナー通知で上にでている。今度こそ大夢からだ!

 

「勉強」


 とだけ。基本、大夢は必要最低限のこと以外は返信はくれない。でも今日は罪悪感からなのか返信をくれた。最悪罪悪感からでも、少しでも大夢に心境の変化が訪れてくれて私たちの関係にも何か良い変化が起きるならば。それにこしたことはないから。

 こういうメッセージのやり取りってかなり恋人みたい……ううん、恋人!

 思わずベッドの上でゴロゴロしてしまったが、返事をしなければ。でも勉強してるんだったら、送らないほうがいいのかな。

 迷う。迷うけど、送りたい。送ってもいいよね、だって迷惑なら返信しないでしょ!

 覚悟を決めたはいいが、消しては打ち直し、消しては打ち直しを繰り返してる。勉強は答えがあるからいいけど、こっちの最適解はいくら調べてもでてこないからこっちのほうが難問じゃない?!

 ピコン、と再び携帯が鳴る。


「なにかあった?」


 大夢からだった。私のことを気にしてくれている?!

 話したいことはたくさんあるはずなのに、いざとなると思い浮かばない。


「勉強の邪魔してごめんなさい。特に用事があったわけじゃないわ」


 これじゃあなんか面倒くさい女じゃない! いや、実際面倒くさい女だと思うし、重い女だとも思うけど。

 今日は会話終了かな、なんて思っていたらピコン、と。


「そっか。秋ちゃんは何をやってるの?」


 ちゃん付け、かぁ。いや、進歩よ。「高瀬さん」からは確実に進歩しているわ。いわせたようなものだけど。

 それに、私のことに興味を持ってくれている。今まで話してきて、会話の流れからっていうのはあったけど、今回は自主的に聞いてきてくれている。


「寝る前にストレッチをしようと思ってた」


 習慣にしようとして、できていないことをつい見栄でいってしまった。いいわよね、これからやろうと思ってたし。

 ベッドに寝転がりながらそんなこといっても説得力はないと思うが今は文字のやり取り。問題ないわ。

 なんて思いを見透かされているのか、返信が来なくなった。え、嘘ついたから?!

 既読はついたが、返信がない。今まで返信がなくても平気だったけど、今日に限っては不安になる。

 不安でベッドの上をごろごろ失言の原因を考えていたが十分くらいたったのちにピコン、となった。

 

「私もストレッチしてみたよ、結構疲れるもんだね~」


 よかった。返信がきた。

 って大夢がストレッチしてたんかい! 私はしてないのに! 勉強してたんじゃないんかい!

 ツッコミたいことはたくさんできたけど、ここはぐっと飲みこむ。


「勉強は終わったの?」


「一区切りついたから。もう寝るよ~」


「そうなの。お疲れ様」


「ありがとう。それじゃおやすみ」


「おやすみなさい」


 こんなにメッセージアプリで会話が続いたのは初めてだ。おやすみ、を言い合えたことがすごく嬉しい。

 既読はついたが、もう返信はない。


「明日も好きよ」


 なんて――やっぱり私は重い女よね。

 この言葉はそっと私の胸の内にしまい込み、送らずに消す。ゆっくり、少しずつ。焦る必要なんて、ない。

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