学芸会でずっと木の役をやらされるほど地味な俺が異世界でガチで木になった話
蓮澤ナーム
序章
第1話 大森林の支配者
田舎でスローライフなんてものに憧れていたのが懐かしい。
前世では怠け者だったから、将来はそうしたいと思っていたんだ。でも、いくらでものんびりできるとなると暇でしかたがない。
ひょんなことから俺は死んでしまったらしい。気がついたらここにいた。しかも生まれ変わった俺は人間ではなかった。
「サトゥーレント様。ご報告があります」
森の外側、俺は《外縁部》と呼んでいるが、そこに近いところからの呼びかけだ。
森の中心地から外縁部へは、慣れていない人間の歩く速度だと数日はかかるだろう。
しかし、俺にとっては、そこは体の一部。
すぐにでも声の場所へに行くことができる。
行く、というのも厳密には違うのだが、まぁ、そう言うほうが分かりやすいだろう。
声を使って意思を伝達する場合、僕は人間の姿を取ることにしている。その姿を表すことを、行くと言っているわけだ。
姿などなんでもいいのだけど、どうしても前世の記憶が影響してしまう。
ちなみに、見た目はだいぶ美化している。前世で憧れだった、人気俳優を参考にさせてもらった。
誰にも迷惑はかからないし、それくらいは許して欲しい。
「呼んだ? あと、いいかげん『様』はよしてくれよ」
僕の姿を見ると、女エルフ、アキレトは片膝を地面につけた。
頭を下げると、長い金髪が水が流れるようになめらかに下に落ちていく。
この耳の長い一族をエルフと呼んでいるが、そう名付けたのは俺だ。俺の知るエルフと近いからそう呼ぶことにした。
先の尖った耳以外は人間と同じ見た目で、森の中で生き、弓を得意としている。
見た目に関して言うと、エルフたちは相当な美しさを持っている。
エルフには美男美女しかいない、なんてのはファンタジーのお決まり設定たが、それはここでも同じらしい。
長命である点も同じ。この子ももう四十は超えているが、エルフの間ではまだ子どもだ。人間で言えば中学生くらいだろうか?
アキレトは、伏せていた顔を上げた。
まるで海外の映画女優のような整った顔をしている。
緑色の瞳が印象的だ。
革で作られた手袋をしている。背中の弓を引くための装備だろう。狩りの途中だったのだろうか。
エルフが出てきたのは、俺がこの世界に来てゆうに千年を超えたころだ。彼らが登場したことで、俺はこの世界が以前の世界――まぁ前世というやつだろうか――と違うところだと知ることができた。
「滅相もございません。サトゥーレント様は大森林の主にして支配者。我らは下僕にすぎませんので」
相変わらずアキレトは真面目というか、なんというか。
主だの支配者だの、大げさだよなぁ。俺なんてただのデカい木なのに、なぜかエルフたちは俺を崇めてくれているのだ。
そう、生まれ変わった俺は木だった。初めは驚いたが、今はもう受け入れている。
「で、どうしたの?」
「はっ。
この大森林の中心部、およそ野球場十個ぶんくらいの広さがあるが、そこには複数の木が生えている。それらほとんどが俺だ。そこから同心円状に森が広がっているが、だんだん俺ではない普通の木が混じっていく。
俺ではない木だけになった以降、つまりは普通の森を外森と呼んでいる。
「今どのあたり?」
「ここより半日ほど歩いたところです」
「まだまだ遠いだな。人数は?」
「五名の集団です。徐々に外縁部へ近づいております」
外縁部というのは俺の割合がおよそ50パーセントから0パーセントまでの森のことを言う。そんなにくっきり境界線があるわけではない、大体だ。
「ふーむ。気にする必要はないんじゃないか? 狩りかなにかだろう」
「しかし、人間どもに好きなようにさせるのはいかがなものでしょう?」
「アキレトは人間を毛嫌いしすぎじゃないか?」
「当たり前です! 奴らは森をまるで自分たちの所有物のように……ハッ! 失礼しました。つい、興奮を」
「いやいや。かまわないよ。エルフは森と共存しているからね、そう思うのも無理はない。けど、君たちも生きていくために狩りはするだろう?」
「そ、それはそうですが。我らは必要以上には……しかし、人間どもは数ばかり増えて、今にこの森を食い尽くさん勢いです」
「人間は君たちと比べ短命だからね。数を増やさなければいけないんだ。分かってあげてくれ。ま、あまりに目に余るようだったら俺がなんとかするよ。君たちは決して、人間に危害を加えてはならない。いいね?」
「仰せのままに」
人間たちも、俺の知る人間とそっくりだった。だから人間と名付けた。農耕によって生活が安定してきたこともあり、人口は着実に増えていっているようだ。
文明の発達具合も、過去の人類の歴史を見ているようだ。
このままいけば、いずれはこの森も人間によって食い尽くされるだろう。
なんてことを話したら、エルフたちは人間を絶滅させるとかなんとか言いかねない。
しかし森に入ってこない限りは放っておけ、というのが俺の方針だ。
あまり奥まで来るようだったら、追い払えばいい。
あくまで自然のままに、というのが俺の理想だ。そうすると知的な種族同士、いずれは衝突なんてことが起きる可能性は大きい。
それも避けられない未来かもしれない。
だけど僕は、そんな世界にはしたくない。
どうすれば平和に共存できるか、それを考えねばならないだろう。
幸いにも時間はたっぷりある。
「では俺は行くよ。何かあればまた知らせてくれ」
「かしこまりました」
しかし妙だな。
こっちに向かってきている集団、か。
外森でも外縁部近くになると、猛獣もいるし、人間にとっては危険なはずだが。
危険に見合うメリットがあるとは思えないし。
ま、そのうち引き返すだろう。
そう思っていたのだが、しばらくしてまたアキレトから連絡があった。
「サトゥーレント様。お伝えした人間どもですが、まもなく外縁部に到達する見込みです」
こうなると無視はできない。
俺が迷惑するからではない。彼らが危険だからだ。怪我をする前に帰してやらないとな。
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