コトリのたからばこ
不朽林檎
第1話
人里離れた山奥の、更にまた森の奥にも、春がやってきました。冬のあいだは乾ききって、まるで死んだように立ち尽くしていた木々たちが、いつの間にか水を吸い上げ、瑞々しい若葉を吹き出しています。山桜もたくさん咲いて、あちらこちらに柔らかな花弁を、はらはらはらと振らせているのでした。
その森には、去年生まれたばかりの小さな小さなコトリが住んでいました。コトリのおうちは大きな枝垂れ桜の上の、枝がちょうど二つに分かれたところに、ちんまりと建ててあります。コトリの父さんと母さんが、毎日せっせと小枝を運び、コトリが生まれる日の、ちょうど前の晩に、ようやっと完成させた自慢のうちです。まだ飛べないコトリのために、父さんが拵えてくれた細長〜い縄ばしごが、プラプラと地面まで垂れ下がっています。コトリは外から帰るとき、その縄ばしごをうんしょうんしょとよじ登っていくのでした。
今日はコトリの一歳の誕生日。天もそれを祝福するかの如く、すっきりと晴れ渡り、優しい春の陽の光が、小さな家の小さな窓から射し込んでいました。コトリは初めての誕生日が嬉しくって仕方なくて、朝から大はしゃぎです。
やがて夜になって、森の家々にも明かりが灯り始めました。コトリのうちでは、母さんがコトリの大好物ばかりを食卓に並べて、ニコニコしています。
「今日はお父さんからもプレゼントがあるのよ」
「え!ほんと?」
「えぇ。楽しみに待ってらっしゃい」
それを聞いたコトリは居ても立ってもいられず、部屋の中をうろうろと歩き回ります。
「お父さん、まだかな、まだかな」
果たして、時刻が午後六時を廻った頃、コトリの父さんは帰ってきました。
「ただいま」
後ろ手に何か隠しています。コトリは、それを見逃しませんでした。
「お父さん!プレゼントは!」
父さんはニッコリ笑って、隠していたものを差し出します。それは、木でできた宝箱でした。きちんと錠前も付いていて、鍵が掛けられるようになっています。コトリはもう、嬉しくって嬉しくって、飛べもしないくせに、短い翼をパタパタ動かして跳ね回ります。
父さんはコトリの前に宝箱を置くと、屈んで、コトリの目を覗きこみます。
「ここにね、たくさん思い出を詰め込みなさい。これからお前の人生には嬉しいことも悲しいことも、たくさん、たくさん起こってくるからね。一つだって無駄にしちゃいけないよ。ちゃんと、大事にするんだよ」
その晩、コトリは木の板に大きく『たからもの』と書いて、父さんに頼んで、宝箱の上に取り付けてもらいました。ベッドに入ってからも、コトリは宝箱が気になってしょうがなく、チラチラと目を遣ったり、宝箱に何を仕舞うか、あれこれと想像したりしました。そうして、彼自身も気づかないうちに、安楽な夢の世界へと落ちていくのです。
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