第68話 瞬殺して瞬殺される聖女くん

 騎士科のグザール隊との、絶対に負けられない団体戦。


「はい、私の勝利ね?」


 レイピアを突きつけられた男は、倒れたままで脱力した。


 聖女科で騎士組と呼ばれているルイーゼロッテ・フォン・ホルムが、まず一勝。


 第二戦は――


 後ろへ吹っ飛ばされた、ティジャン・シュトロイベル。


 剣を持ったまま、背中から床に叩きつけられた。


「ガハッ!」


 その勢いで、剣が弾け飛ぶ。


「戦闘不能により、バッドの勝利とする!」


 審判をしている教官の宣言。


 剣で追撃しようとした男子が動きを止め、世紀末にいそうな風貌でニヤリとした。


「だとさ? この辺にしてやるよ、お坊ちゃん? ギャハハハ!」


 第三戦は、フランベル・デ・レオルミナス。


「フッ!」


 相手は見るからに弱そうな男で、側頭部へのハイキックであっさりと沈んだ。


 第三王女だから、接待のつもりらしい。


 ふうっと息を吐いたフランベルは、肩を落とした。


 第四戦は、ベルント・フォン・グラプシュ。


「はじめっ!」

「まいった!」


 いきなり降参したのは、対戦相手。


 顔をゆがめるベルントに、相手は愛想笑い。


「へへへ……。あんたと戦っていたら、命がいくつあっても足りねえや!」


「貴様は……騎士としての誇りがないのかっ!」


 見学しているルイーゼロッテは、息を吐いた。


(これで、勝ち越し……。ジンがいないにせよ、凌いだわ!)


 けれど、グザール隊はニヤニヤしたまま。


 男の教官が、宣言する。


「現時点で、ジンの不参加により……グザール隊の勝利とする!」


「なっ!?」

「どうして?」

「……しまった!」


 最後のティジャンの叫びで、ルイーゼロッテも気づく。


(学院の模擬戦は……不参加がいた時点でそちらの失格!)


 ルイーゼロッテ達を見た教官が、説明する。


「気づいている者もいるようだが、この模擬戦では――」

「この場にお集まりの方々に、無礼を許していただきたい!」


 全力で走ってきた男子の声が、響いた。


(ジン! 間に合ったの……ブホッ!)


 そこには、ノースリーブで腹出しセーラー服を着たジンがいた。


 ミニスカで、黒いサングラスをかけ、背中に長剣を背負っている。


「私は、聖女くんだ! 諸事情で参加しないジンに代わり、模擬戦に来た!」


 全員がポカンとする中で、教官が気まずそうに告げる。


「あ、あー! 悪いのだがな?」

「いいよ! やろうじゃないか……。ボクも、欲求不満でね?」


 独特の声で応じたグザール隊の1人。


 長身でスラリとした男に、周りが騒めく。


「アド君! こ、このままで、勝てるんだぜ?」

「そうそう! 別に戦わなくても――」

「おや? 君たちが、ボクの相手をしてくれるのかい?」


 その発言に、荒くれ男たちが一斉に黙り込み、顔を伏せた。


 ずっと見ていたルイーゼロッテが、冷や汗をかく。


(狂犬……アドリエン・カザルティ)


 グザール隊ですら恐れる、高位貴族でありながら気に入った相手を壊す男。


 騎士科に押し込められ、愚連隊のリーダーをしている。


(こいつを出せば、私たちを嬲り殺しか再起不能にする。だから、最後に回したのね?)


 あくまで、模擬戦だ。


 王族や高位貴族の令息令嬢をそんな目に遭わせれば、その家、あるいは国が全力で消しに来る。


(こいつらの狙いは、私たちの夫になるか、私たちの家の伝手で就職すること……)


 しかし、このアドリエンについては別だ。


 戦いを楽しみ、相手が誰かに構わず、壊し尽くす。


 ガンギマリの目で、意外にイケメンの男子は、自身のロングソードを抜いた。


「じゃあ、楽しもうか!」


 審判の宣言を待たず、風のように突進したアドリエンは、鈍い光を走らせるも――


 キ――ンッ!


 金属同士がぶつかる、甲高い音。


 規則正しい風切音が響き、やがて、ドスッと斬られた切っ先が刺さる音も。


 振り切ったアドリエンは、両手で握ったロングソードで斬られた剣身を見つめた。


 いっぽう、聖女くんと名乗ったジンは、閃光というべき速度でカウンターとした振り抜き。


 両手で握ったロングソードを戻しつつ、立ち上がる。


「……私の勝ちだな?」


 口が半開きのアドリエンは、斬られた剣を投げ捨て、笑い出す。


「ハッハハハハ! いいね! 君は、すごくいい!! ボクの負けだね」


 我に返った教官が、勝敗を告げる。


「ア、アドリエンの負けにより、聖女くん達の勝ちとする!」


 言っている教官が、一番納得していない表情だ。


 同じく疲れ切った感じのルイーゼロッテは、ずんずんと歩き、聖女くんに成り切っているジンに文句を言う。


「……何のつもり?」


「色々あった……。これは、不可抗力だ」


 言い切ったジンは、ルイーゼロッテが振り抜いた拳により宙を舞う。


「これが……結末か」


 空を飛びながら、ジンは呟いた。


 ようやく追いついたエステル・ブルーニ・ジュランの一行は、見ていると精神が不安定になりそうな表情のまま、宙を舞う聖女くんを見守る。


「い、いったい……。これは、何ですの!?」


 私のほうが聞きたいわよ! と心の中で叫んだルイーゼロッテは、拳を戻した。

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