第66話 フラン様が見ている(NTRは悪い文明)

 男女がお喋りできるスペース。

 2人きりは、婚約者とだけ。


 そして、俺の目の前にも、丸テーブルをはさんで女子がいる。


 黙っていれば、深窓の令嬢に――


「見えないな……」

「どーせ、失礼なことを考えていたんでしょ?」


 ジト目になったのは、フランベル・デ・レオルミナスが紹介した女子。


 聖女科で騎士組をしている1人である、聖カルム王国のルイーゼロッテ・フォン・ホルム侯爵令嬢だ。


 そのルイーゼロッテは、テーブルに肘をつき、その手で自分の顎を支えつつ、投げやりに言う。


「婚約者がいるフランと会わせるわけにいかないから、私が対応するわ……。くれぐれも、勘違いしないでね?」


 笑顔という、無言の圧力。


 俺は、疑問に感じたことを言う。


「ティジャンと敵対したくないから、それはありがたいが……。だったら、連絡役はベルントでも――」

「彼にも、婚約者がいるのよ! ウチの聖女科にね?」


 そういえば、聞いた気がする。


「へー! どんな相手――」


 座ったままで見回そうとしたら、こちらへ身を乗り出したルイーゼロッテに、両手で頭をはさまれた。


「やめなさい! 下手すれば、『自分の婚約者を狙っている?』と勘違いされるわよ?」


「そうか……」


 俺が了承したら、息を吐いたルイーゼロッテは座り直す。


 キャーッ! という黄色い声が聞こえた。

 陶器にヒビが入る、パキッという音も……。


 注目を集めていることに気づいた俺は、指摘する。


「目立っていないか?」

「……私は婚約者がいないうえ、騎士組だから。面白がっているんでしょ」


 コンプレックスがあるらしく、ルイーゼロッテは目をそらした。


 ティーカップで、紅茶を飲む。


「俺も婚約者がいないし、お見合いみたいなものか」

「ブ―ッ! ゲホッゲホッ!」


 ルイーゼロッテの紅茶が、俺に挨拶してきた……。


 パアンッ!


 乾いた破裂音も。


「あっ! ごめん、ティジャン! ティーカップ、割れちゃった……」

「き、気にするな! それより、怪我はないか?」


 フランベルと、その婚約者であるティジャン・シュトロイベルの声がした。


 給仕しているメイドが差し出したタオルで顔をふきつつ、ルイーゼロッテを見る。


「な、ないから! あなたは論外!!」


 怯えた表情のルイーゼロッテは、首を横に振りつつ、必死に否定する。


(その気がなくても、傷ついた……)


 いっぽう、呼吸を整えたルイーゼロッテが、改めて言う。


「馬鹿やっていないで、早くまとめるわよ? ここの騎士科の奴らが――」


 話を聞いた後で、言い返す。


「騎士科の5人が、聖女科の騎士組に喧嘩を売った!? 何で?」


「1つずつ説明するけど、喧嘩じゃなく模擬戦! 負けたら、相手の要望を聞くの! それと、売ってくるのは、これから! 女日照りの騎士科の一部が、私たちを好きにしたいんでしょ……」


 顔を伏せたルイーゼロッテは、ため息をついた。


 俺は、彼女に尋ねる。


「答えられる範囲で、教えてくれ」

 

 顔を上げたルイーゼロッテが、きっぱりと告げる。


「良くて、一晩好きにさせろ。悪ければ、正式な婚約ね! たぶん、セットよ? いちいち避妊するとは思えない。街の娼館と同レベルで考えているわ」


 ハーッと息を吐いた彼女は、椅子の背にもたれた。


「模擬戦を回避することは?」


「たぶん、無理! 私たちが受けている剣術は、騎士科と合同だから……」


 急に休んでも、何らかの方法で断れない状況にしてくる。と付け加えた。


 納得した俺は、確認する。


「具体的に、何をすれば? そもそも、俺が助太刀する理由もないが」


「騎士組でまともに戦えるのは、私とフランだけ! 教官2人を瞬殺したあなたがいれば、ベルントと併せて2勝はキープ……。となれば、私たちが1勝でも――」

「勝ち越しか……。ん? 男子が、もう1人だろ?」


 息を吐いたルイーゼロッテは、後ろを気にしながら、小声で囁く。


(ティジャンも出てくれるけど、そっちは捨て枠!)


「あ、そう……」


 剣技は身につけているだろうが、いかにも線が細いからな、あいつ。


「仕掛けてくるのは、グザール隊! 乱暴者が多い騎士科の中でも、札付き……。街に出禁の店が多いようで! あいつらを夫にするぐらいなら、まだあなたのほうがマシ……ひゅうあっ!」


 軽口を叩いたルイーゼロッテは、断末魔のような声を上げて、固まった。


 彼女の後ろを覗いたら、澄ました顔で紅茶を飲むフランベルの姿があった。


 こちらを向いていない。


(何だ?)


 視線を戻せば、涙目になったルイーゼロッテが呟く。


「……今日ほど、婚約者を作っておけばと思った日はないわ」


「俺の友人も出るのなら、他人事ではない。協力しよう」


 しかし、何か引っかかる。


「ホルム侯爵令嬢?」

「……ルイーゼでいいわ。公式の場は、今の呼び方でお願い」


「では、ルイーゼ! 俺も、名前の呼び捨てでいい。それと――」


 フレムンド学院について、色々な質問をした。


 だが、納得できない。


「グザール隊は、バカの集まり……。その割に、大胆な計画だ」


「考えすぎじゃない? 騎士科の中でも女子に縁がない奴らが、思いついただけよ」


 俺は、腕を組んだ。


 あまりに、単純すぎる。

 今のルイーゼロッテの計算ぐらい、どれだけ馬鹿でもやれるはず……。


「確認するが、1敗ではなく、チームの勝敗の数で決まるんだよな?」

「ええ、そうよ!」


 肩の荷が下りたのか、ルイーゼロッテは笑顔だ。

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