第61話 ランストック伯爵家の令息です、通りますね?

 フレムンド学院の正門は、行列を作っている貴族の令息、令嬢とは別に、俺を中心に緊迫した空気だった。


 第三王女のフランベル・デ・レオルミナスが割り込んでくるまでは……。


 警備兵だか騎士は、腰に下げている魔剣を抜きかけていたが、慌てて後ずさる。


 俺に注意を向けながら、すぐに声をかけた。


「これは、姫さま!」

「危険です! お下がりください!」


「うーん? 別に、この人が持っている魔剣は怖くないけど」


「……ともかく、離れてください」


 他国の王族が相手では、その発言を否定できないようだ。


(今のうちに、逃げようか?)


 しかし、フランベルは悪戯っぽい表情を浮かべていて、俺が逃げたらネコみたいに追いかけてくる雰囲気。


 ……訂正する。


 両手をニギニギしていて、すぐに襲い掛かってきそうだ。

 こいつも、痴女だったか。


『ワクワクしてきたな?』


 異空間に収納した魔剣であるカーヌスが、ウキウキした様子で話しかけてきた。


(少し黙ってろ! じゃないと、消滅させるぞ?)



「これは、何の騒ぎだい?」


 新しい男子の声。


 全員が見ると、スリムだが強そうな雰囲気の男子がいた。

 制服の左腰には、ソードを下げている。


「こ、これは、グラプシュ辺境伯令息! お騒がせして、申し訳ありません」

「謝罪は必要ないが……。どういう状況かな?」


「この者から、邪悪な魔剣の気配を感じまして!」

「学院の生徒とは思えず、これから尋問するか、追い払う予定でした」


 頷いた男子は、俺から視線を外さずに、会釈した。


「初めまして! 僕は、ベルント・フォン・グラプシュ辺境伯令息だ。お名前を伺っても?」


 その場にいる全員が、俺を見た。


「ジンだ……。国と称号は存じませんが、盾となる辺境伯家の令息におかれては……」


 マズい。

 昔の癖で、つい言ってしまった。


 驚いた表情のベルントは、すぐに微笑んだ。


「失礼した! ドラゴアム共和国のあおき壁であるグラプシュ辺境伯家だよ」

「ジンの黒い大剣なら見たけど、別に邪悪じゃないわ」


 フランベルも、少し黙っていような?

 お前の傍に控えているメイドが、涙目で細かく震えつつ、カニみたいに口から泡を吹いているし。


 けれど、ベルントもさる者。


 フランベルに向き直り、優雅に会釈。


「ごきげんよう、レディ……。しかし、この場で長引かせると、他の方々のご迷惑になりますので」


「そうね!」


 いっぽう、ベルントのそばに文官が1人。


 耳打ちされた話を聞いた後で、納得したようだ。


「……そうか! いったん、僕が預かろう。構わないか?」


 問いかけられた警備は、一斉に直立不動へ。


「「「ハイ!」」」


「ありがとう! 皆も、時間を取らせて申し訳なかった!」


 ずっと見守っていた貴族の令息令嬢にも、律儀に礼。


「はい……」

「まあ、グラプシュが言うのなら」


 へえ?

 人望があるのだな、こいつ……。


 そう思っていたら、ベルントが手招き。


「ここでは、迷惑になってしまう! ついてきてくれ」


 言うや否や、くるりと背を向けた。


 こいつの取り巻きか、男子生徒も数人。

 俺を囲むような配置で、同行しつつ見張っている。



 ――フレムンド学院のグラウンドの片隅


 人がいない場所で、改めて向き直った。


 取り巻きの男子たちは、距離を置く。


「君が貴族の令息ということは、さっきの口上と雰囲気で分かったよ! いくら粗末な身なりでも教養と動きが違うものだ」


 そう言ったベルントは、俺の様子を窺う。


「家名を言わなかったのは、どうしてかな? ランストック伯爵令息」


「はあっ?」


 驚いたネコのような俺に、ベルントが優しく説明する。


「はるばるフェルム王国から来たのは、魔剣について学ぶためだろう? いや、この学院には多くの留学生が来るから、出身国の識別ができる紋章官がいるのさ! 今年度のフェルム王国からは、君1人だ」


 ええ……。


 知らんよ、そんなこと……。


 そういえば、コロシアムの決闘でランストック伯爵家の魔剣を折ったわ!

 杠葉ゆずりは曰く、聖騎士が使っていた量産品とか。


 ここで、新しく家宝にする魔剣を調達する気か?


「入学希望の書類には『魔剣を頭金なしの無担保ローンで手に入れたい』とあったようだが――」

「俺は、ランストック伯爵家から追放されたぞ?」


 突っ込んだら、ベルントは首をかしげる。


「そうなのか? 魔剣を持っているようだし、言われてみれば、まあ……」


「ランストック伯爵家で弱かったから、追放された。ちなみに、黒い大剣は俺が自分で手に入れたものだ」


 ベルントは、まだ納得しない。


「そこは疑っていないが……。なるほど、家名はない……。しかし、君の魔力は僕が見た限り、上位の騎士に勝るとも劣らないが?」


「なら、入学試験を受けてみれば? さっきの行列も、その関係だし!」


 一緒についてきたフランベルが、いきなり割り込んできた。


 ベルントの視線で、首を横に振るも――


「このまま帰すと、かえってマズいんだ……。形だけでいいから、受けてくれないか?」


 しぶしぶ了承すると、ベルントが尋ねてくる。


「さっきから気になっていたんだが、レオルミナス王女殿下とは?」


「知らない――」

「行き倒れていたのを拾った仲よ!」


 フランベルを黙らせておくべきだった。

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