第33話 ランストック伯爵家の凋落-③
(下っ端でも使わない錆び切った剣じゃ、折れて当たり前だろ)
若い騎士は、そう思いつつ、声をかける。
「ギュンター様? け、剣を替えましょうか? そのままでは……」
「あ、ああ……。そうだな」
若い騎士と同じロングソードを与えられ、決闘の仕切り直し。
ギュンターは新しい剣を握ったまま、混乱の極み。
ガキィッ! と打ち合いながら、必死に頭を回転させる。
(ど、どういう事だ? あのジンは家宝の魔剣を切り飛ばしたのに……。まさか!?)
愚かなギュンターは、これを売った奴がすり替えたと、勘違い。
ただのボロ剣で、ジンの魔法による強化がなければ当然の結果であるのに……。
(私に売ったコロシアムの担当者と商会には、必ず報いを与えよう……。だが、今は! こいつを打ち負かして、名誉を回復することが先決!!)
若い騎士が接待で付き合っているのに自分の実力と思う、ギュンター。
(防具はどうだ? くそっ! 剣がダメなら防具も……。仕方ない。左腕のウッドシールドを投げつけ、その隙に、あいつの喉元へ突きを入れる!)
ギュンターは焦りすぎて、馴れ合いの決闘に、とんでもない行動を選ぶ。
(悪く思うなよ? 私は、こんなところで終わるわけにはいかんのだ! 貴様のような、代わりがいくらでもいる若手とは違ってな!!)
相手を見てから動く若い騎士は、いきなり投げつけられたウッドシールドを振り払うも――
目の前に突きが迫っていることから、とっさにカウンターを狙う。
若い騎士は前へ踏み込み、突きを避けつつも同じ突き。
だが、相手の喉に刺されば確実に死ぬことから、狙いはそこにあらず。
交差した切っ先の行方は……。
「うぐぅうううっ!! わ、私の肩があああっ!!」
ギュンターの右肩に切っ先がめり込み、がっくりと膝をついた。
いっぽう、相手はかすりもしない。
補修したソフトレザーは、何の役にも立たず。
そもそも、音を立てにくく誰でも買える程度の、ないよりはマシという代物だ。
相手が出血しないよう刺さった剣の
「それまで! この決闘は、我が息子、ギュンターの負けだ!!」
駆けつけた救護と合わせて、切っ先が抜かれた。
ギュンターはすぐに止血され、担架で運ばれる……。
――半月後
右肩の痛みが治まってきた頃に、ギュンターはランストック伯爵家から廃嫡された。
形ばかりの男爵となり、クレリッチ家の当主となるも……。
何もない、外周の土地。
隣国すらなく、広がるのは狼などの危険なモンスターがうろつく森林。
あるいは、険しい山脈だけ。
最後の情けと言わんばかりの掘っ立て小屋のような屋敷が、彼の支配エリア。
持て余していた次男、三男が集められ、開拓団を形成。
元の家で序列がつけられ、そのヒエラルキーの下で農地への開墾や川の整備に励んでいる。
ろくに働かないギュンターの評判は、悪い。
それでも、彼の父親であるランストック伯爵から睨まれれば、自分たちへの支援を止められるか、一族郎党が殺されるだろう。
若さが欠片もない初老メイドが、食事を運んできた。
「ギュンター様。お食事でございます」
「ああ、ご苦労……」
テーブルの上を見れば、薄いスープに、固いパン。
それに、塩味の干し肉とドライフルーツが少々。
これでも、作業をしている団員よりは豪華だ。
味を感じられないメニューと、話す相手がいない食卓。
「どうして……こんなことに」
涙ぐみつつも、生きるため、ただ腹に詰め込むだけ。
◇
「馬鹿な!? 何の真似だ、これは!」
執務室で声を荒げたのは、ランストック伯爵家の当主である、パウル。
向かい合う商人は、笑顔だが、全く怯まず。
「ですから……。伯爵さまのご子息であられるギュンター様のお買い物でございます」
提示された書面には、ランストック伯爵家の領地で得られる年収ベースの金額。
迷宮都市ブレニッケにいた頃のギュンターが、コロシアムでジンが使っていた装備一式を買ったことでの請求だ。
絶句したパウルに、商人が褒めそやす。
「いやはや! さすがは、ランストック伯爵家の方だ! 即断即決! その思い切りの良さは、僭越ながら
ただの煽りで、草も生えない。
我に返ったパウルが、絶叫する。
「バカを言うな! あんなガラクタが、この値段のわけがなかろう!? 貴様らはランストック伯爵家を――」
「おや? ご不満でしょうか? しかし、すでに成立した取引で、商品のお渡しも完了しております」
その通り。
パウルは、歯ぎしりするだけ。
「グ、グググ……」
「何も、『一括で揃えろ』とは申しませんよ? どうぞ、今後ともご贔屓に……」
商人は頭は下げたが、これで実質的に支配された。
廃嫡する前には、ランストック伯爵家の人間としての行動。
自分の根城だから、目の前の奴らを消すのは簡単だ。
けれど、その商会は手を引き、荷止めなどで報復する。
辺境の伯爵家なんぞ、物の行き来がストップすれば、イチコロだ。
付け加えれば、貴族は金の出入りが激しく、年単位のツケや、他の物で支払いに充てることがザラ。
手広く売買している商会と敵対すれば、必要な物資がすぐに枯渇する。
その後に待つのは、人の足元を見た高値での販売。
物流とは、護衛の人間や、あらゆる場所で見聞きした情報の伝達も兼ねる。
それらを失えば、丸裸にされて、目と耳がないのと同じ。
「では、失礼いたします……」
思い通りになった商人は、礼儀正しいまま、退室した。
腹の中では、大笑いだろう。
領主の椅子にドサッと座り込んだパウルは、ただ放心する。
廃嫡した息子は、もはや他人だ。
それに、呼び出して殴り飛ばそうが、何の意味もない。
「もっと早く……。あいつを……」
両手で顔を覆いながら、ギュンターのせいで奴隷と同じ身になったことを嘆く、愚かな男。
結局のところ、親子だけあって、似た者同士だ。
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