第31話 ランストック伯爵家の凋落-①
見れば、踊っているペアの中に、エルザの姿はない。
その雰囲気に気づいたのか、
「エルザなら、まっすぐ退室したぞ? 密着したままで2曲だから、衣装を直す必要がある。……さて、私たちも帰ろうか!」
いきなり宣言した杠葉は、立ち上がりつつ、俺の片手を引っ張り、パーティー会場を後にした。
直接は見ていないが、ロワイド・クローがこいつをダンスに誘いたがっている気配。
話しかけられた後に断るのは難しい、と。
騒ぐ客。
夜も忙しそうな連中で賑わう、夜の市街地。
杠葉が、ふと尋ねてくる。
「ところで……。他の店に寄っていくのなら、私は先に帰るが? もちろん、黙っておいてやる。朝帰りは、自分で言い訳しろ」
彼女の視線は、俺の一点を見つめていた。
溜息を吐いた俺は、端的に返す。
「いや、大丈夫だ……」
――クラン『
帰ってみれば、ぷくーっと膨れた
苦笑いの
「その……。『団長とジンが出かけた』と知ってから、ずっとこれで……」
杠葉が、しれっと、お土産の箱を持ち上げる。
「パーティーの料理だ。美味いぞ?」
「要りません!」
不機嫌な望乃が、絶叫した。
やれやれと思いながら、薄いコートを脱いだら――
こちらを見た望乃は、口をポカンと開けたまま、顔を赤くする。
同じように、衣緒里も上品な様子で、まあ! と呟く。
最後に、杠葉が首を横に振りながら、命じる。
「よっぽど、お気に召したか? とにかく鎮めてこい……」
すっかり、忘れていた。
あの女、いつか絶対に泣かす。
◇
ランストック伯爵家の領地。
外周には、奥深い森や、人が住めない山脈、荒れ地が広がるだけの場所だ。
人族のフェルム王国に属していて、その端。
もっとも、他国との境界ではなく、辺境伯にあらず。
海産物がとれる海沿いなら、僻地でも、それなりに賑わうのだが……。
あいにく、ここは山間部。
山の恵みはあれど、ここだけの名産は、特にない。
ついでに、そういったプロデュースを行える頭と人材も。
伯爵は、子爵の上。
貴族としての中堅で、言わば、中間管理職。
この領地は広いだけで、収入が少ない。
中世ファンタジーの世界でも、人や物が行き交うほうが、色々な税収を得られる。
いや、物流によって決まるのだ。
風光明媚な景色を眺められる、石造りの城。
かろうじて伯爵家の威厳を保っている執務室では、当主のパウルが頭を抱えていた。
「あの馬鹿が……。家宝の魔剣を持ち出した挙句に、コロシアムの決闘で、我が家から追放したジンに折られただと!?」
これだけでも、ランストック伯爵家のメンツが丸潰れ。
貴族とは、言い換えれば、純血の長さと、代々受け継いできた家宝。
古いほどマウントを取れるし、立派な宝石や武具も権威の象徴だ。
領地の邸宅、城は、自前で建築する場合もあるが、基本的に官舎の一種。
前任者……というか、先祖が少しずつ作り上げ、子孫に継承する。
たまに領地替えもあるが、明らかに左遷という場合は、嫌がらせで壊していく場合も。
これは、騎士のロングソード、全身を覆うプレートアーマーも同じ。
公爵家ですら、サイズ調整をしつつ、代々の財産とする。
まして、入手困難な魔剣を失ったことは、ランストック伯爵家を潰したと同義。
この世界の魔法は人が唱えるものではなく、武具などに何らかの効果を付与する、エンチャントだ。
ジンのように無詠唱で魔法を使いこなすなど、理外の
社交パーティーでの醜態も、偽者だったでは済まされない。
「いっそのこと、死んでくれれば、まだ言い訳できたものを……」
家の存続がかかっているだけに、パウルは辛辣だ。
実際、ギュンターが死んでいたほうが、色々と格好がついた。
壁際でひっそりと立っている家令が、声をかける。
「旦那さま……。ギュンター様については、後でも間に合います。差し当たって、ご報告申し上げたいことが――」
家令のイヴァンによれば、領地にいる冒険者ギルドが難色を示している。
この領地から撤退することも
疑問に思ったパウルは、問い質す。
「なぜだ?」
「旦那さまがペルティエ子爵のパーティーで小人族をバカにする発言をしたことへの報復のようで……。迷宮都市ブレニッケでは、小人族のクランが幅を利かせており、彼らの逆鱗に触れたようです」
ふんっと鼻を鳴らしたパウルは、椅子にもたれかかる。
「少し強いからと、伝手を辿っての圧力か? くだらん! とはいえ、ならず者どもの頭が消えれば、私たちの負担が増えるか」
「ご明察の通りでございます……。奴らに知恵や教養はないものの、領民を襲うよりは、モンスター退治などで使い潰したほうが賢明かと。厄介者の受け皿としても、まだ利用できます」
溜息を吐いたパウルは、同意する。
「冒険者ギルドが撤退すれば、あぶれた連中の一部が野盗になるからな……。イヴァン! ギュンターには、もう期待しない。親戚筋と冒険者ギルドに連絡だ! 後者には、適当な理由で贈り物をして機嫌をとっておけ」
「
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます