第30話 たまたま当たったのなら仕方ない

 ここで、間奏。

 周囲のペアが、慌ただしく動き出した。


 ダンスのお礼を述べて、別れるペア。

 次の曲に備え、その場から動かないペア。


 別れた人間は、目をつけていたか、約束していた異性と合流した後に、改めて陣取る。


 楽団も、余裕を持たせた演奏。


「気分が優れないので……。また、お誘いくださいませ」


「今後の親睦のためにも――」


 時間制限があるだけに、事前の根回しがなければ、厳しいようだ。

 ただし、人気がある奴は、えり好み。


 さて、俺も引き上げるか。と思ったが――


 正面から抱き着いてきたエルザは、耳元で囁く。


「時間切れですわ♪ 今離れられると、私が恥をかきます。もう一曲、お付き合いください」


 繋いでいる手に力を込めながら、艶っぽく誘うエルザ。


「子爵令嬢との機会は、滅多にありませんよ? 街で金を出せば買える女とは、訳が違います。少しは魅力があると思っていたのですが……」


 言いながら、周りが見えないよう、ドレス用の長い手袋の片手でなぞり、当てている手の平の全体で優しく揉んできた。


 その手を優しく握りつつ、離した。


「貴族の令嬢がそんなことをして、いいのか?」


「いやですわ……。たまたま、手が当たっただけですのに……。何をご想像なさったの?」


 こいつ、上手いこと言ったつもりか?


 エルザは俺にもたれつつ、耳元で息を吹きかけるように、逆のことを言う。


「ほら? 離れるのなら、今のうちですわよ? この感触とも、お別れになりますけど」


 言いながら、エルザは正面から抱き合った状態で、上下左右に動いた。


 動きを止めた彼女は、突っ立ったままの俺を見て、微笑む。


「フフ……。正直で、よろしい♪ では、もう少しだけ楽しみましょう? 今のあなたは、周りに見られたらマズいから、今度はずっと密着したままで」


 楽団は、ダンスに入る前奏へ……。


 やがて、一斉に踊り出すも、最後までエルザに主導されっぱなしだった。


 最後のポーズを決めたまま、2人で止まる。


 エルザが片手を上げて、指を動かす。


 控えていたメイドの1人が、薄いコートを手に、駆け寄ってきた。


「この方に」

「はい、お嬢様! ……失礼します」


 室内用だが、パーティーでも着られそうなデザイン。


 俺の背後に回ったメイドは、そっと両肩に羽織らせる。


 それを見たエルザが、俺を見たまま、少し後ずさった。


「これなら、目立たないでしょう? 前を閉じれば……」


 言いながら、エルザは、自ら手を動かして、コートの前を閉じた。


 ゆったりした大きさゆえ、足元まで見えない。


 ニマーッと笑ったエルザは、悪戯っぽく、別れを告げる。


「この後のお付き合いができず、大変申し訳ありませんわ……。本日は私のダンスのお相手をしていただき、嬉しく思います。そのコートは、そちらの都合が良い時に返していただければ、結構です。ごきげんよう……」


 傍に控えていたメイドも、会釈して、それに続く。


 周りの、踊らないなら退け、という視線を感じて、壁際に退避する。


 グラスを持っていない杠葉ゆずりはが、少女にしか見えないドレス姿で歩み寄ってきた。


 呆れた様子で、薄いコートを着込んだ俺を上から下まで、ジロジロと見る。


「ずいぶんと楽しんだな? 望乃ののたちには、黙っておいてやる……。まあ、ダンスで足がもつれるか密着している異性のどこに触っても、ご愛嬌だ! 貴族と言っても若い男女だ。これぐらい、可愛いもの。どうせなら、お返しで胸や尻を揉み返せば良かったのに。基本的に囁き声なぞ聞こえんし、パーティーのダンスは無礼講だ。マズいのは、2人でどこかへ行った場合だ。関係がなくても、言い訳できん。」


「そういえば、続けて踊ったことは問題か?」


 俺の横にある1人用の椅子に座った杠葉が、こちらを見上げた。


「2回なら、ギリギリだ……。3回連続は『恋仲』、あるいは『婚約する意志がある』という意味。それでも、『乗り気である』と見なされるだろうよ? あと、お前が考えているようなレディはどこにもおらん! まして、こんな場所で令嬢をやっていれば、気が強くて当たり前だ」


 野次馬根性のような視線や、敵意を感じる。


 杠葉は、苦笑した。


「あの令嬢に楽しませてもらったんだ。これぐらいは、自分で何とかしろ……。女が嫌うのは『はしたない』と周りに思われることであって、さっきのように言い訳できるシーンなら、わりと仕掛けてくるぞ? 覚えておけ」


 あとは知らん。と言わんばかりに、杠葉は会場に向き直った。

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