第2話 西武線異常なし(前編)

ブーゼ歴1871年。

今から15年も前のことである。隣国アルキュミア王国が、この国レヴァン帝国へ軍を率いて、侵略を開始したことが、この戦争の全ての始まりだった。


帝都や国境に近い街は、烈火に包まれ、天まで届きそうな程、死体の山が積み重ねられ、その土地には何も残らなかった。

 

 レヴァン帝国は、諸外国から神秘と魔法の国と呼ばれいる。


その理由は、国民の大多数を占めているレヴァン人(青髪に黄色い瞳が特徴)が異能力を持っていることに起因している。

異能力といっても、水を操れるという超人的なものから、歌唱力や聴覚が優れているという傍からは分かりづらいまで、ピンからキリである。


また、能力の性質、そして発動させる際に必要な詠唱の有無によって、職業や結婚相手を決めたりする人が多い。

その為、この国にとっては能力は切っても切り離せないほど、文化や社会的に根付いている。


 また、戦闘や喧嘩など自分の持っている能力で戦う為、武器などはあまり発展せず、大体の人は自分の能力以外使うのは、槍剣などの原始的な武器や、性能が悪い古銃だけである。




 逆に隣国アルキュミア王国は、錬金術、科学と産業の国と呼ばれており、近年産業革命が起きた結果、様々な物が開発、製造されている。


 また、金髪碧眼の容姿が特徴のアルキュミア人は能力をほとんどの人が持ってない。

しかし、武器の性能が非常良く、自軍に送るものから、輸出用まで銃器を含めた様々な武器を製造しており、戦争が絶えない現在、その売上は凄まじいらしく、ここら辺の国の中で最も経済が栄えている。



  明朝、レモンを加えたマロウブルーのような朝焼けがレヴァン帝国軍とアルキュミア王国軍を包み込むように照らす。


しかし、美しいその景色とは反する硝煙と、吐き気を催す程強烈な、人間が焼ける臭いと血の匂いが漂う。

正直、匂いが鼻をくすぐる度に吐瀉物を吐きそうになる。


 顔中が泥と煤で黒くなったミカエラは、ゆっくりと空を見上げ「勝った……」とだけ呟いてから咳をした。


「ショーサ何とか作戦成功ですね……」


 斜め後ろで、レオンハルトは同じく顔を黒くして、息を切らしながらヘロヘロと座った。


辺りには戦場の景観……いや、外で見る光景として、あまりにも不自然で不気味な光景が広がってる。


そう、辺り一面テディベアが大量に折り重なって散らばっていた。


「不思議ですよね。人の形だと罪悪感や憐憫……グロテスクで見たくないなぁって気持ちを抱くのに、ぬいぐるみになった途端、そんな気持ちがまるで泡のように消えてしまうのですから」


 レオンハルトは目を伏せ、目の前に転がっていた、顔面の一部が潰れているテディベア遺骸に手を合わせた。


  これらは全て、レオンハルトの能力である『遺体をぬいぐるみにする』によってぬいぐるみになった、アルキュミア、レヴァンの兵士である。


 手足がちぎれたテディベアの傍には、オールバックの若い男性が、笑顔で家族らしき人と共に写っている写真が数枚落ちている。


ミカエラはその写真の近くにあった、ドッグタグを拾って見てみると

Bryson Winchcombeブライソン・ウィンチカム認識番号 No・25789650 血液型 III 』

と、遺体になった彼ついての情報が書かれてる。


 レオンハルトは、それを見ながら湿った声で「うちもいつかこうなるのかな」と、呟いた。


「大丈夫だよ、きっと……」


ミカエラはそう言いながら、数枚の写真を拾うと、その間から一枚の紙が出てきた。

その紙を拾い、裏を見ると幼い丸い文字で


『おとうさんえ、おしごとがんばってね。おとうさん大すきだよ。エミリーより 』


 と、書かれていた。

おそらく、彼はこの手紙を見て、目を覆いたくなる日々の生きる糧にしていたのだろう。

そして必ず生きて帰るぞと、希望を持っていきていたのだろう。


ミカエラはそっと写真と手紙を大事そうに遺体の上置くと、どうかあの世で幸せになってくださいと、手を合わせて祈った。



  どこを見渡しても、死体テディベアと使い捨てられた銃器や泥だらけの補給物質が無造作に転がっている。


しかし、そのすぐ近くには極東だと『サクラ《手向けの花》』と呼ばれてる花が、何事もなかったかのように美しく花弁をヒラヒラと地面に落とし、花の絨毯を作ってる。


ミカエラはその景色に思わず見蕩れてしまい、疲れと緊張から解かれたことも相まってその場から崩れるように座りこんだ。

  

「嗚呼、綺麗……もう疲れた……何もかも嫌だ……ずっと見ていたい……戻る前に少しだけ休憩するか」


 と、静かな声で言ったあと直ぐにミカエラは激しく咳き込む。


「レアショーサ……いや、ミカエラさん!大丈夫ですか?! 」


 レオンハルトは隣に座ると、心配そうに顔を覗き込む。

心配をかけまいと、ミカエラは息を止めて無理に口角を上げる。

しかし、顔半分の肉が引っ張られるような感覚と、息苦しさを覚え、逆に変な表情になりながら、また咳き込んでしまった。


「大丈夫だよ。疲れると咳をしやすいだけ……はは、緊張の糸が解れたのかな?」


 静かな声で言うと目をつぶり「軍人なのにこんなで……男らしくなくて情けない」と呟いた。


「そんなことないですよ! 先程の作戦も少佐が敵をバタバタとなぎ倒してくれたおかげで成功したのですよ! 人間だから疲れるのも当たり前ですし、咳が出るくらいで情けないなんて……それだったら僕の方が……」


 ミカエラは目をつぶったまま、口を少しへの字に曲げた。


作戦が成功したのは嬉しいが、こう……人に自分の成果言われると、廃油と泥が混ざったような、複雑な気分になる。


敵とはいえ、人の未来を……人生を奪ったという意味なのだから。

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