傷ついて四つ葉のクローバーになる(分話)

八月朔 凛

第1話 1886年4月5日 ズッヒャーハイトにて

レヴァン帝国の西部地方にあるズーヒャーハイト村郊外。


西部戦線司令は、塹壕の中に建てられたものであり、宿舎を兼ねている。

暗い蛸壺のような宿舎内では、今夜行われる作戦で盛り上がっていた。


その隅で、寂しくパンを食べながら、帰りの支度をしている青年がいた。青年の名前は、ミカエラ=レア。


ミカエラの容姿は、薄黄緑色の髪色に赤い瞳と、周囲の青髪に黄色い瞳の集団の中では、かなり目立つ方だ。

しかもよく見ると、色が白くて少女のような儚い顔立ちだ。世間一般が想像する軍人とはかけ離れてる。


しかし、その襟には少佐の階級を表す逆三角形のブローチと中央に蛇のマークと『gift』と書かれた、特殊部隊にだけつけるのを許されたブローチをつけている。


「少佐!あと30分で作戦開始です! ご準備を!」


 話しかけてきた少尉は、甲高い大声に軍独特の語尾を上げるような話し方に、ミカエラは一瞬目を大きく見開くと「 了解。いつもありがとう」と、だけ言った。


  心の中では、自分の罪を象徴する『少佐』と呼ばれることに、抵抗を覚えた。

そのことを悟られないように笑顔を浮かべようとするが、幼い頃に表情筋を損傷したせいか、どうも上手く笑えない。


そんなことをやっているうちに、少尉は目の前から消えていた。



とりあえず外に出ると、月が白く大地を照らしていた。


「ショーサ! お疲れ様です。これが終わったら一旦基地に帰れますね! ゲロ&クソ、スペシャル昇天盛りみてぇな、ここともしばらくのお別れですね!うわぁ……寂しいけど、二度とここに戻りたくないなあ」


 いつの間にか横にいた副官であるレオンハルトが、人工的なミントグリーン色のショートヘアをなびかせ、晴れ晴れとした声で言う。


 レオンハルトの胸にも、真新しい逆三角特殊部隊のバッチがキラリと光っている。

彼は非常に稀有な能力持っており、それ故に副官任命、特殊部隊に所属することになった。


ついでにミカエラがレオンハルトを副官に選んだ理由は、稀有な能力以外は、死んだ弟に似てるという私的なものだ。


「レオンハルト……一つ聞きたいだけど……何故わざわざアマデウスの特徴の緑系の髪色にしたの……?

……それじゃあ誤解されやすいよ?元の色の水色の方が、綺麗だったのに……」


 ミカエラの出身である、少数民族のアマデウスはここら辺の国では、差別をされてる民族だ。時には意味も無く殴られたり、濡れ衣を着せられて苦労した。


散々理不尽な差別を受けてきた側のミカエラにとって、わざと誤解されるようなことをする、レオンハルトの行為が不思議に思えた。


「え、そうなんですか?

ショーサみたいになりたかったから……この色かっこいいし、髪の毛染めたからなれる訳では無いけど……少しでもショーサに近づきたくて!」


 レオンハルトは一欠片の悪意さえ持ってなさそうな、純粋そうな目をキラキラと輝かせながらそう言う。


「……突然暴力を振るわれたり、やっていない行為を捏造されて陰口を言われるよ?それでもいいの?ダメだよ。自分のことをもっと大切にして」


「暴力を振るわれてショーサのように強く……かっこよくなれますか?なれるなら喜んで!」


 ミカエラは、レオンハルトの差別に対する無知無関心さや、それをすぐ実行に移してしまう力に正直少しイラッとした。


しかし、それと同時に、レオンハルトの自分を慕ってくれる気持ちを尊重したいという気持ちが混ざり、なんともいえない目でレオンハルトを見つめると、優しげな声でこう言った。

 

「なれないよ。これとそれとはまた別。

それに悪意は無いことは分かるけど、染め直した方がいいかもね。このままだとお互い嫌な気持ちになってしまうからね。


「色々なことにおいて、知らなかったや、自分は関係ない……だけでは済まされないこともあるからね、様々な出来事に関心を持って、きちんと学んでね」

 

 レオンハルトは、ミカエラにそう言われると、少し落ち込んだ様子で「すみません。考えや行動が軽率過ぎましたね。帰ったら元の色に染めます」と、言ってから別の話を振る。

 

「あの……ショーサは、帰ったら彼女さんがいらしゃるんですよね?……帰りを待ち望んでる人がいるって温かくてとてもいいですね……」

 「から宿舎に帰っても一人なんです。ですから、今度遊びに来てください」


 レオンハルトは、いつも持っている不自然なほど汚れていないをぎゅっと抱きしめた。

 

 ミカエラは目を大きく見開いてから俯くと、耳と頬を林檎のように紅く染めながら「ただの同居人だけど……」と、小さな声で言った。


「シヨーサ! 表上軍規で恋愛禁止だからって、同居人設定はもうそろそろ無理があることを覚えておいてください!

 そもそも、話す内容大体大まかに別けると、ソフィーさんか仕事の二つしか無いんですよ!もう疎い人しかそれは通じませんよ!」


 レオンハルトは何故か不機嫌そうに腕を組み

「というか、ショーサはいい人なのに……とりあえずそんな話しかしないから周りの人にいい人って伝わらないで、何を考えてるか分からないとか言われるんですよ!」


 レオンハルトは後半になると、悔しそうな顔を浮かべ、早口で言う。その姿が可愛く見えてしまう。


「僕は優しくないよ。ただの人殺しだよ。この階級だって、天まで届く程の遺骸の上にあるんだから……でも、君がそう言ってくれて嬉しいな。ありがとう」

 

「……あの……ショーサはウチのことをどう思っているんですか?」

 

 ミカエラは驚いたように目を見開いた。

しかし、すぐに精一杯の笑顔に見えるように、口角を上げて目を細めながら「立派な後輩」だと言うと、レオンハルトが悲しげな顔で何かを呟いた。

 

 「おい!ミカ!レオンハルト!もうそろそろ出発するぞ!準備は済ませたか?」


 ちょうどその時、隊長であるアンドリューが、少し遠くで煙草をふかしながら、いつも通りの仏頂面で不機嫌そうな声で叫んだ。


それから、アンドリューは濃紺色の短髪を風になびかせ、蜂蜜色の鋭い瞳でミカエラを睨みながらこちらに来た。



もしかして、なにかやらかしたか?


そう思っていると、白い手袋をつけた大きな手でわしゃわしゃと雑にミカエラを撫でた。 ふわりと煙草の香りがする。


「アンドリュー中佐……僕はもう19歳ですよ?」


「あぁ……この前誕生日だったな。おめでとう。このまま更新しつづけてくれ」


ミカエラは目を大きく見開いてアンドリューを見ると、アンドリューはぶっきらぼうな低い声で

「さっさと支度しろ」と、だけ言った。


 ミカエラは、目を少し伏せてから、左耳につけていた月のイヤリングを大切そうに鞄の内ポケットにしまった。



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