バハルの後悔②
「聞いていて気分のいい話じゃないけど、それでも良ければ」
そう前置きした上で、私はポツリポツリと過去のことを話した。
父とのすれ違い、己の過ち、ジェラルドとの因縁……そして、逆行した後の出来事も。
一度目の人生は悲しみで溢れていたけど、二度目の人生は幸せでいっぱいなんだよ、と伝えたくて。
まあ、さすがにルカの存在までは話せなかったが。
バハルの口ぶりからして、彼のことはまだ知らないようだから。
逆行前はもしかしたら会ったことがあるかもしれないけど、幽霊に近い姿で傍に居ることは多分知らないと思う。
『それなら、話すべきじゃないよね?』と思案する中、バハルはペシペシと尻尾をベッドに叩きつける。
「つまり、ジェラルドという者を殺せば万事解決なのね?」
「いや、そういう訳じゃ……」
「任せて。私はあまり戦闘向きの属性じゃないけど、必ず仇を打ってくるわ」
ポスンと自身の胸を叩き、バハルは目に見えない闘志を燃やす。
と同時に、ベッドから飛び降りた。
『善は急げ』と言わんばかりの行動力に、私は慌てて身を乗り出す。
「ま、待ってバハル……!私は別にジェラルドを殺したい訳じゃなくて……!」
今にも開いている窓から旅立ちそうなバハルを追い掛け、私もベッドから降りた。
平和的な解決を望む私に対し、バハルはコテンと首を傾げる。
「でも、不穏分子であることは変わらないでしょう?」
「それは……そうだけど、戦わずに済むならそれに越したことはないじゃない」
理想論であることは、分かっている。
でも、一度は愛した人を……まだ引き返せる地点に居る人を……幼い子供を殺して、平和を手に入れるのはなんだか違う気がした。
何より、自分の都合のために誰かを殺すのは……かつてのジェラルドと同じ。
あんな風にはなりたくない。
「前回はさておき、今回はまだ危害を加えられていないし……もう少し様子を見ても、いいと思うの」
『少なくとも、あちらに敵対する意思はなさそうだし』と語り、私はバハルを抱き上げた。
ついでに開けっ放しの窓を閉め、ベッドへ逆戻りする。
少しでも、外から遠ざけたくて。
「バハル、お願いよ。もう少しだけ……もう少しだけ、ジェラルドに猶予をあげて」
大切な人を失った悲しみも、また失うかもしれない不安もちゃんと理解している。
バハルの気持ちを思うと、『いいよ』と頷きたくなる自分も居た。
もし、逆の立場だったら……同じことを考えたかもしれないなら。
「あのね、別にバハルの気持ちまで否定したい訳じゃないの。ジェラルドに向ける敵意も、私への愛情の裏返しかと思えば、その……嬉しいから。ただ、ちょっと目を瞑っていてほしいだけなの」
ベッドの端っこに腰を下ろし、私はバハルの頭を撫でた。
が、ピンク色のキツネは無反応。
いつもなら、嬉しそうに尻尾を振ったり目を細めたりしてくれるのに。
『余程、納得いかないのね』と肩を竦め、私はふと天井を見上げた。
「バハル、私は別にジェラルドのことを恨んでいないの。確かにもう二度と関わりたくない人物ではあるけど……でも────逆行前、私を支えてくれたのは彼だった」
「!!」
ハッとしたように顔を上げるバハルに、私は複雑な表情を見せた。
喜びとも憎しみとも取れない感情を抱きながら、ゆっくり自分の心を整理していく。
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