ダンス①

「それでは、若人達の門出かどでを祝して────乾杯」


 手に持ったグラスを軽く持ち上げ、エルピス皇帝陛下は『パーティーを楽しんでくれ』と述べる。

それを合図に、私達招待客もグラスを高く掲げ、『乾杯』と復唱した。

────と、ここで皇室お抱えのオーケストラが音楽を奏でる。

いよいよ始まったデビュタントパーティーを前に、私は果実水を口に含んだ。

『スッキリしていて美味しい』と目を細める中、父はそっと私の手を引く。


「ベアトリス、疲れただろう?少し休もう」


 開始早々休憩を挟もうとする父に、私は目をぱちくり。

だって、まだ乾杯しかしていないのだから。

何より、もうすぐ────最初のワルツが始まる筈。


「いえ、大丈夫です。お気遣い、ありがとうございま……」


「公爵並びにベアトリス嬢、初めまして。第二皇子ジェラルド・ロッソ・ルーチェです。ようやく、挨拶出来たことを嬉しく思います」


 いつの間にこちらへ来ていたのか……ジェラルドが恭しくこうべを垂れて挨拶してきた。

皇子にしては随分と謙った態度だが、あまりいい印象を覚えない。

それは父も同じようで、少し不機嫌そうにしていた。


 それより、どうしてジェラルドがここに……?グランツ殿下は?


 『あれ?』と首を傾げ、周囲を見回すと────貴族に捕まっている金髪の美青年が目に入った。

どうやら、皇子妃……いや、未来の皇后の座を狙う令嬢達から猛アタックを受けているらしい。

『あれは……しょうがないわね』と理解を示す中、父はグラスを従者に渡した。


「お初にお目に掛かります、ジェラルド殿下」


「そんな堅苦しい挨拶は、要りませんよ。もっと、気軽に接してください。公爵や令嬢とは、是非親しくなりたいと思っていますので」


 子供らしい無邪気な笑みを浮かべ、ジェラルドは『敬語も敬称も不要です』と申し出る。

が、父は一切態度を変えない。

それどころか、


「厚かましいところは相変わらずですね」


 と、直球で嫌味を零した。

『……えっ?』と困惑するジェラルドを前に、父は私を抱き上げる。

まるで、守るように。


「招待された訳でもないのに、我が家へ押し掛けたことをもうお忘れですか?」


 『だとしたら、非常に都合のいい頭ですね』と述べる父に、ジェラルドは頬を引き攣らせた。

でも、何とか平静を保って言い返す。


「それは今まさに謝ろうと思っていて……」


「しかも、今度はベアトリスの言葉を遮った」


「す、すみません。わざとでは……」


「挙句の果てには、『親しくなりたい』だって?ふざけるのも、大概にして頂きたい」


 『それよりも先に謝罪だろう』と主張し、父は身を翻した。

もう話すことは何もない、とでも言うように。


「公爵閣下があそこまでお怒りになるなんて……ジェラルド殿下はかなり無礼を働いたのね」


「でも、まだ子供でしょう?もう少し優しくしてあげても……」


「しっ!公爵様に聞かれたら、どうするんだ」


「バレンシュタイン公爵家を敵に回したら、ルーチェ帝国ではやっていけないんだから気をつけなさい」


 先程の注意を思い出したのか、貴族達は慌てて口を噤む。

一度ならず二度も同じ過ちを繰り返せば、本当に公爵の機嫌を損ねると判断したのだろう。

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