デビュタント③

 覚悟はしていたけど……やっぱり、ジェラルドを見ると緊張するわね。

でも、グランツ殿下がさりげなくジェラルドの姿を隠してくれているおかげか、思ったより恐怖はない。

あくまで『今のところは』の話だけど。


 『話し掛けられたら、また違うんだろうな』と思案する中、父は面倒臭そうに眉を顰める。


「いつの間に入場していらしたんですか」


「ついさっきだよ。まあ、公爵の気迫に呑み込まれて皆気づいていないようだったが」


「……それは失礼しました」


「いやいや、構わないさ」


 『はっはっはっはっ!』と軽快に笑い飛ばし、エルピス皇帝陛下はバシバシと父の背中を叩いた。

かと思えば、軽く挨拶して奥へ歩を進める。

そろそろ、パーティーの開始時刻が迫っているのだろう。

『前回同様、凄く豪快な人だな』と考えていると、エルピス皇帝陛下らが玉座に腰を下ろした。

その途端、辺りは一層静まり返る。


「皆の者、今日は余の主催するデビュタントパーティーへよく来てくれた。心より感謝すると共に、本日社交界デビューを果たす若人わこうど達に祝福の言葉を送る。本当におめでとう」


 『これで君達も立派な紳士淑女だ』と語り、エルピス皇帝陛下は穏やかな笑みを浮かべた。

と同時に、隣の隣……グランツ殿下を挟んだ向こうに居るジェラルドを見つめる。


「既に知っている者も居るだろうが、我が息子のジェラルドも本日社交界デビューを果たす。まだまだ未熟なやつだが、余の愛する子供だ。是非仲良くしてやってくれ」


 親としての愛情か、エルピス皇帝陛下はジェラルドに少しばかり配慮した。

きっと、グランツ殿下と違って後ろ盾のない……母親の居ない・・・・・・ことを気にしているのだろう。

皇位継承権争いにおいて、皇子の母親────皇后や皇妃は重要になってくるから。


 確か、ジェラルドの母親ルーナ・ブラン・ルーチェ皇妃殿下は数年前に亡くなられたのよね。

持病の悪化とかで……ずっと離宮に籠っていられて、お葬式も内々的に執り行われたんだとか。


 前回も含めて会えなかったルーナ皇妃のことを思い浮かべ、私は少しばかり暗い気持ちになる。

ジェラルドの精神的な歪みはそこから来ているのかもしれない、と思って。

小さい頃に母親を亡くすというのは、子供にとってとても辛いことだから。


 エルピス皇帝陛下は最大限ジェラルドを気にかけているけど、立場上贔屓は出来ない。

少なくとも、母親不在の穴埋めは出来ていない筈。

普通はここで母方の実家が、救いの手を差し伸べるんだけど……どういう訳か、ジェラルドのことを完全スルーしているのよね。

前回もほとんど、ジェラルドへ関わろうとしなかった。


 『本当に必要最低限のお付き合いって感じ』と思い返す中、父に果実水の入ったグラスを手渡される。

他の人達は子供も含めて、お酒なのに。

『お父様らしい、気遣いね』と頬を緩める私を他所に、エルピス皇帝陛下は立ち上がった。


「それでは、若人達の門出かどでを祝して────乾杯」

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