精霊①

 『聞いていた話と違う』と戸惑い、私はルカやグランツ殿下へ視線を向ける。

が、彼らもこれは予想外だったようで『分からない』と首を横に振られるだけだった。

困惑した様子で精霊を眺める彼らを他所に、父は精霊を投げ捨てる。


「ベアトリスの腕に負担が掛かるから、抱っこはここまでだ」


 地面に着地したピンク色のキツネを一瞥し、父は『疲れてないか?』と声を掛けてきた。

体調を気遣う彼に対し、私は苦笑を浮かべる。


「私なら、大丈夫ですわ」


「なら、いいが……無理はするな。それから────」


 そこで一度言葉を切ると、父は上手にお座りする精霊を見下ろした。


「────さっさと契約した方がいい。今日中にあと三箇所回らないといけないからな。時間を掛けるのは、得策じゃない」


 夕方までにはここを立たないといけないため、父は珍しく急かしてくる。

何としてでも、野外研修を一回で終わらせたいのだろう。


「契約の仕方は分かるか?」


「はい。確か名付けをして、それが精霊に受け入れられれば成立するんですよね?」


「ああ、そうだ。セイでもレイでも何でもいいから、名付けてみなさい」


 精霊という単語から取ったであろう二つの名前に、私は苦笑を漏らす。

別に意味や響きは悪くないと思うが、ちょっと安直すぎる気がして。

『私の名前はお母様が付けてくれたのかしら?』なんて考えながら、精霊へ向き直った。

と同時に、膝を折る。


「えっと……もう分かっていると思いますが、私は貴方と契約したいんです。私の魔力は無属性で、魔法を使えないから……」


 魔道具である程度、補えているものの……純粋な魔法と呼べる力はなかった。

でも、精霊と契約すれば普通の魔導師と遜色ない力を手にすることが出来る。


「精霊は契約者の魔力を借りて、自然を操れると聞きました。なので、その……力を貸してほしいんです。私が魔法を使えるように」


 ────そして、自分の身を守れるように。


 とは言わずに、そっと精霊の前足を握った。

満月のような黄金の瞳を前に、私は一つ深呼吸する。

『ダメだったら、どうしよう』という不安を一旦押し込め、柔らかく微笑んだ。


「もし、私の願いを聞き届けていただけるならどうかこの名前をもらってください────バハル」


 古代語で春を意味する言葉を与えると、精霊はキャンと吠える。

その瞬間、花の甘い香りがここら一帯を包み込み、とても心地よい感覚に見舞われた。

かと思えば、


「四季を司りし天の恵み、ベアトリス・レーツェル・バレンシュタイン様。春の管理者バハルが、ご挨拶申し上げます」


 と、聞き覚えのない声が耳を掠めた。

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