お詫び①

 あっ、不味い……!食事では、基本身分の高い者から順番に食べていくのに!私ったら……!


 ハッとして顔を上げると、呆気に取られている様子のグランツ殿下が目に入った。


「……なあ、ユリウス。私の目は狂ってしまったらしい。あの公爵が食事の世話を焼いているように見えるんだが……」


「大丈夫です。正常です。私の目にも、そう見えます。というか、最近の食事風景はいつもこうです」


「いつも……」


「はい、いつも」


 愛想笑いに近い表情を浮かべ、ユリウスは『まだこんなの序の口ですよ』と述べた。

その途端、グランツ殿下は大きく息を吐く。


「これは……本当に重症だね」


「ええ、ですから昨日の件は覚悟なさった方が良いかと」


「やっぱり、謝罪と賠償程度じゃ無理か……」


 ガクリと項垂れ、グランツ殿下は額に手を当てた。

『参ったなぁ』と零す彼の前で、ユリウスは苦笑を漏らす。


「仕方ありませんよ、公爵様にとってベアトリスお嬢様はまさに逆鱗そのもの。下手に近づけば、怒り狂うのは必然」


「まあ、そうだね……」


 『悪いのは全面的にこっちだし』と言い、グランツ殿下は椅子の背もたれに寄り掛かった。


「とりあえず、今すぐ渡せる鉱山の権利書と税金免除の書類は持ってきたけど……足りないよね、絶対」


「足りないというか要りませんね、それらは」


 私の口元をナプキンで拭きながら、父は『持って帰ってください』と言い放つ。

どうやら、他に欲しいものがあるらしい。

特になければ、そのまま貰う筈だから。


「では、お詫びの品としてこちらは何を差し出せばいいのかな?」


 『出来れば、こちらで用意出来るものがいいんだけど……』と述べるグランツ殿下に、父はチラリと目を向ける。


「物じゃなくても構いませんか」


「ああ……余程の無茶ぶりでなければ、ね」


 極力希望に沿うことを約束し、グランツ殿下はテーブルの上で手を組んだ。

『何を要求されるのか』と身構える彼の前で、父はスープへ手を伸ばす。


「では────ベアトリスの家庭教師を派遣してください」


「「「えっ?」」」


 思わず声を揃えてしまう私達に対し、父はポツリポツリと語り出す。


「ここ数ヶ月、新しい家庭教師を探しているのですが、なかなかいい人が見つからなくて……」


「それは全然構わないけど……それだけでいいのかい?」


「はい。ただし────派遣する家庭教師は優秀で性格も良く、カーラ・エアル・バレンシュタインと関係のない人物にしてください」


 珍しく母の名前を口にし、父は真剣な面持ちで前を見据えた。

と同時に、私は全てを悟る。


 そっか……お父様は────マーフィー先生のような人材を選ばないよう、かなり慎重になっているんだ。

その結果、新しい家庭教師が見つからなくて……皇室に目をつけたんだわ。

お城には若くて、優秀な人材が多く居るから。

お母様のことを全く知らない人だって、存在するかもしれない。


「分かった。その条件に合う人材を家庭教師として、派遣しよう。ただ、出自や身分までは保証出来ないよ」


「構いません。条件の合う人物なら、平民でも何でも」


 新しい家庭教師の選出にかなり難航していたのか、父はある程度妥協する姿勢を見せた。

すると、グランツ殿下はホッとしたように表情を和らげる。


「それなら、直ぐに派遣出来るね。それこそ、明日にでも」

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