帰る時間②

「そろそろ、あちらに繋がります」


 その言葉を合図に、水晶の色は変わり────父の姿を映し出した。

騎士服を身に纏う父は、ちょっと返り血を浴びていて……いつもと雰囲気が違う。

でも、私の存在に気がつくなり慌ててローブを羽織った。


『ユリウス……ベアトリスも一緒に居るなら、早く言え』


 いつもより低い声で文句を言い、父は頬についた返り血を拭いた。


『ベアトリスがショックを受けて倒れたら、どうする』


「そう思うなら、返り血くらいこまめに拭いてくださいよ。それより、報告があります」


 通信時間が限られているからか、ユリウスは直ぐさま話題を変えた。

こちらを見て『どうぞ』と促してくる彼に、私はコクリと頷く。


 えっと……簡潔に、よね。


 グッと手を握り締め、私は水晶に映った父を真っ直ぐに見つめた。


「あの、お父様……」


『なんだ?』


「実は先ほど第二皇子のジェラルド殿下が、居らして……」


『……なんだと?』


 不機嫌そうに眉を顰め、父はトントンと腕を指で叩いた。

『皇帝のやつ、まさか私の娘を狙って……』と怒る彼に、私は慌てて弁解する。


「えっと、お忍びで城下町に行こうとしたら間違って公爵領行きの馬車に乗っちゃったみたいです。それで帰りの馬車を待つ間、ウチに置いてほしい、と……」


『ふざけるな。追い返せ』


「あっ、はい。もう追い返しました。というか、皇室から人が来て第二皇子を回収して行きました」


 もうここには居ないことを告げると、父は見るからに安堵した。

『そうか』と頷く彼の前で、ユリウスは口を開く。


「後日、改めて謝罪に伺うとのことです」


『……チッ』


 不機嫌そうに眉を顰め、父は前髪を掻き上げた。

と同時に、ユリウスをじっと見つめる。


『ところで────対応はお前一人でやったんだよな?娘を皇子に接触させたり……』


「してないです!そこは絶対!断固として!」


 『ですよね!?』と同意を求めてくるユリウスに、私はコクコクと頷いた。


「ユリウスが矢面に立って、対処してくれました。私はただ、部屋から様子を見守っていただけで……」


『そうか。なら、いいんだ』


 酷く穏やかな目でこちらを見つめ、父はほんの少しだけ表情を和らげる。


『今後も嫌なことや面倒なことは、ユリウスに丸投げしなさい』


「ちょっ……公爵様!?」


 ギョッとしたように目を剥くユリウスに、父は睨みを利かせた。

かと思えば、おずおずといった様子でこちらを向く。


『それと────第二皇子のことを見て、どう思った?』


「ど、どうとは……?」


『いや、その……なんだ。ベアトリスも、もうすぐデビュタントを迎える歳だから、異性に興味を持ったりするんじゃないかと……』


 やけに言葉を濁して言い淀む父に、私はコテリと首を傾げる。

父の言わんとしていることが、理解出来なくて。

『つまり、どういうこと?』と思い悩んでいると、ユリウスが少しだけ顔を近づけてきた。


「公爵様は第二皇子に惚れていないか、不安なんですよ。可愛い娘を他の男に取られるなんて、堪ったものじゃありませんからね」


 『一種の独占欲です』と冗談交じりに言い、ユリウスは小さく笑った。


 な、なるほど……そういうことか。

確かにこれは質問しづらいかも……私も私で答えづらいし。

過去に一度ジェラルドに惚れている分、余計に。

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