第二皇子の来訪③

 『別に報告しなきゃいけないことでもないし』と判断し、私は人差し指を唇に押し当てた。


「分かったわ。秘密にする」


「絶対厳守でお願いしますね……!私、まだあの世に逝きたくないので!」


「え、ええ」


 あまりの気迫に驚きながらも頷くと、ユリウスはホッとしたように肩の力を抜く。

『首の皮一枚で繋がった……』と呟き、今度こそ部屋を出ていった。

パタンと閉まる扉を前に、私は苦笑を漏らす。


「一体、どうしてユリウスはあんなにお父様を怖がっているのかしら?凄く優しいのに」


「それはお嬢様限定ですよ!公爵様は基本、ドライなので!親切を働くことなんて、滅多にありません!」


 『お嬢様が特別なんです!』と熱弁するイージス卿に、私は目を剥く。

自分が誰かの特別になれるなんて、思いもしなかったから。


 逆行する前は……死ぬ前はジェラルドによく『君は特別だよ』と言われていたけど、そっか。

特別って、きっと言葉で表すものじゃなくて────態度に出ちゃうものなんだわ。


 と、自覚した瞬間────ジェラルドの言葉がやけに薄っぺらく感じた。

『偽物の“特別”は所詮、こんなものか』と妙に達観する中、ルカが窓辺へ足を運ぶ。


「おい、ユリウスが第二皇子と揉めているぞ」


 ルカは窓ガラス越しにどこかを……恐らく正門の方を指さし、小さく舌打ちする。

『大人しく、帰れよ』とボヤく彼の後ろで、私は席を立った。

自分のせいで揉めているのかと思うと、居ても立ってもいられなくて……感情の赴くまま、窓辺に駆け寄る。

と同時に、背伸びした。

まだ身長が小さくて、外の景色をよく見れないから。


 ほ、本当だ……なんか、押し問答している。


「どうして、ジェラルド……殿下は帰らないのかしら?」


 後ろに控えるイージス卿を気にして一応敬称をつけると、私は小さく首を傾げる。

だって、帰るための手段は用意した。ユリウスのことだから、皇室への連絡だってしてある筈。

これ以上、居座る理由はないだろう。

正門前に停まっている公爵家の馬車を見やり、私は『何が不満なの?』と零す。

すると、ルカが一つ息を吐いた。


「ったく……鈍いな。帰らない理由なんて、一つしかないだろ────お前と接触するためだよ」


「!?」


 私に接触するため……?じゃあ、ジェラルドはこんな小さい頃から皇位を狙っていたの……?


 最終的に利用こそされたものの、最初は普通の関係だった、と……出会いは偶然だった、と思ってきた。

だって、帝都に居る筈の第二皇子が公爵領に現れるなんて、まず有り得ないから。

子供ともなれば、尚更。

『最初から、全部仕組まれたものだったの……?』と青ざめ、私は腰を抜かしそうになる。

それほど長く騙されていたのかと思うと、恐ろしくて。


 一体、ジェラルドはどんな気持ちで好きでもない女の隣に居たのかしら……?


 ジェラルド・ロッソ・ルーチェという人間が更に分からなくなり、私はそっと眉尻を下げた。

────と、ここでルカが魔法を使う。


「あーーー……なるほど。『馬車を手配してくれたベアトリス嬢にお礼を言いたい』って、駄々を捏ねているみたいだな」


 風魔法で音や声を拾ったのか、ルカはユリウスとジェラルドの会話を軽く説明してくれた。

『こりゃあ、引き下がる気なしだな』と呆れる彼の前で、私はじっと正門を眺める。

遠くであまり見えないからか、それとも殺された時の姿より幼いからか、ジェラルドを見てもあまり動揺しなかった。

もちろん、恐怖や不安はまだあるが。


「……ユリウス、大丈夫かしら?」

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