謎の男性②

「────名実ともにこの国を救った英雄なのよ!」


 我が父リエート・ラスター・バレンシュタインは、二年前に起きた大厄災をたった一人で収めた人物。

魔物と呼ばれる世界の穢れを具現化した存在を倒し、この世に平和をもたらした。

まさに生きる伝説。帝国の希望。

そんな意味を込めて、人々は父を────『光の公爵様』と呼んでいる。


 本来、『光』は皇室を象徴する単語なのだけど、お父様は英雄だから特別に許されているの。

それくらい、周りに一目置かれている存在ってこと。


 『ある意味、皇室より影響力を持っているし……』と考え、私は額を押さえる。

考えれば考えるほど、訳が分からなくて……。


「何より、お父様は私のことを恨んでいるわ。だから、私が死んで喜ぶことはあっても、怒り狂うことなんて……」


「お前の家庭事情は知ったこっちゃないが、これは未来で実際に起こった出来事だ」


 真剣な面持ちでこちらを見据え、男性は腰を折った。

目線を合わせてくれたおかげか、闇に溶けてしまいそうなほど黒い瞳がよく見える。


「公爵様はお前の死をキッカケに、狂った」


 一語一語ハッキリと発音して言い切ると、男性はおもむろに腰を上げた。


「まあ、当然俺達も色々説得したんだぜ?けど、まっっったく手応えなし!『殺戮をやめてほしいなら娘を生き返らせるか、娘の仇を連れてこい』の一点張り!」


 『ありゃあ、完全にイカれていた』と溜め息を零し、男性はやれやれと肩を竦める。

当時の状況を思い返しているのか、どこか遠い目をしていた。

かと思えば、不意にこちらを見る。


「で、仕方なく俺達も実力行使に出たんだけど……」


「なっ……!?お父様は無事だったのよね!?」


 『実力行使』という言葉に目くじらを立て、私は彼に詰め寄った。

と同時に、手を伸ばす────ものの、すり抜けてしまった。


 ずっと透明だから、何となくそんな気はしていたけど……やっぱり、この人って


「ゆ、幽霊?」


 空虚を掴むような感覚を思い返し、私はサァーッと青ざめる。

この手の話は今も昔も凄く苦手だから。

男性の体をすり抜けた手を見下ろし、戦々恐々としていると、彼は困ったような表情を浮かべる。


「う~ん……当たらずとも遠からずって、ところか?一応、まあ生きてはいる────っと、それはさておき……公爵様は俺達の総攻撃を受けても、無傷だったよ。マジで化け物」


 『もう二度と戦いたくねぇ……』と零し、男性は頭の後ろで両腕を組んだ。


「だから、俺達は趣向を変えることにしたんだ」


「それが逆行ってこと……?」


「ああ」


 間髪容れずに頷いた男性は一歩前に出て、ピンッと人差し指を立てる。


「光の公爵様を闇堕ちさせない方法は、たった一つ────愛娘・・たるお前が生きて、幸せになること」

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