Short Story ドライアドたちのお願い

1話 甘い時間と甘いお願い


 深夜。

 俺はスヤスヤとベッドで寝ていたのだが、【ゲート】の魔力を感じて目を醒ました。

 複数人が、俺の家の広間に【ゲート】で出現したようだ。

 床で寝ていたブラピが侵入者に反応して、立ち上がろうとする。


「大丈夫だ」


 俺が言うと、ブラピは立つのを止めた。

 俺はベッドから出ずに、再び目を瞑る。

 この少し変わった魔力には覚えがあった。

 そう、魔物でも人間でもドラゴンでもないこの魔力は。


 ドライアドたちだ!


 彼女らは敵対的な存在ではないし、俺とはたまにお茶会をする仲だ。

 俺の家の広間でお茶会を開いたこともある。

 それはそれとして、こんな深夜に俺の家に何の用だろうか。

 しかも複数で。

 ……まさか、ついに俺も拉致されるのか?


 ドライアドたちは、美しい男性や少年を見ると、ウッカリ拉致してしまうという性質がある。

 そしてしばらくの間、種馬のように……。

 ゴクリ、と俺は唾を飲んだ。

 ドライアドたちは拉致するけれど、ちゃんと飽きたら帰してくれる。

 その上、お土産まで持たせてくれるのだ。


 俺の場合、なぜかお茶するだけで毎回お土産をくれるのだけど。

 まぁ、とにかく多くの男性たちは「ドライアドに連れて行かれたらラッキー」と考えている。

 そんなことを思考していると、ドライアドたちが俺の寝室のドアを開けて、ソッと入って来た。

 俺は寝たふりを続ける。


 ドライアドたちはまずブラピを撫でたようだ。

 ブラピもドライアドたちの美しさに頬を染めていることだろう。

 そう、ドライアドたちは基本的に美しい。

 と、ドライアドたちが俺のベッドを囲む。

 ゴクリ……。


 いよいよ俺も、美青年枠に入れるのか?

 ずっと顔が怖いと言われ続けた俺が、ついにドライアド公認の美青年に!?

 なーんてな。

 まさかそんなことはあるまい。

 とか思っていると、ドライアドたちは俺を連れて【ゲート】した。


 ゲートアウトした先は天元の森だ。

 目を瞑っていても分かる。

 ここは魔力が満ちていて、どんな生物も心地よいと感じる場所。


 さて、ドライアドたちは俺だけを連れて来たらしい。

 そう、俺は今、天元の森の柔らかな草の上で寝たふりをしているのだ。

 パジャマのままで。

 防御力が心許ないが、ドライアドたちは攻撃的ではないので、まぁ大丈夫だ。


 そんなことより、マジで拉致されるとは思ってなかった。

 え?

 これ、俺、本当に美青年認定されたのか?

 種馬生活!?


 あんまり激しい運動はアレだけど、ドライアドたちは美人なので、ちょっとワクワクもしている。

 俺だって男なのだ。

 美人は好きだ。

 大人のお姉さんは普通に好きなのだ、俺も。

 よし、そろそろ目を開けるかな。


「アルト君、いつまで寝たふりしてるのかな? お姉さん、アルト君が起きてるの知ってるのよ?」


 バレてた!

 コホン、と咳払いしつつ目を開けて、上半身を起こす。

 そうすると、そこにはドライアド数名とドライアドの女王がいた。

 ちなみに天元の森は昼間だった。


「うお! ビックリしたぁ!」


 俺は目を丸くした。

 いや、だって、女王はレアだぞ。

 ドライアドたちとは何回かお茶会してるけど、女王に会ったのは一回だけだ。


「アルト君、久しぶり」


 女王がニッコリと微笑んだ。

 うん、美しい。

 女王の髪は萌黄色で、サラサラのロングストレート。

 なのに頭のてっぺんにはアホ毛が揺れている。

 どうしてそこにアホ毛が? と初めて会った時も思ったな。


 ここ1000年で見た女性の中でも、女王の顔立ちはダントツに整っている。

 見た目年齢は20代の半ばといったところか。

 スレンダーだが胸は割と大きい。

 服装はスノーホワイトのカクテルドレス。

 露出が多いので、目のやり場に少し困る。


「アルト君? どこ見てるのかしら?」


 女王が悪戯っ子みたいな表情で言った。

 俺は慌てて「久しぶりだな」と言った。

 俺の方が年上なのに、女王の前では少年みたいな気分になる。


「とりあえずお茶会をしましょう?」


 女王が屈み、胸の谷間が。

 女王は特に気にした様子もなく、俺の腕を引っ張って、俺を立たせた。

 そのまま腕を組んで――胸が当たっている――女王は俺をお茶会の会場へと誘う。

 会場と言ってもすぐ隣なんだけどな。


 ドライアドたちが長いテーブルにそれぞれ座っていく。

 テーブルの上にはお茶とお菓子が並んでいた。

 いつも思うのだけど、ドライアドたちはどこでお茶とお菓子を調達しているのだろう。

 あとで聞いてみるか。

 女王が俺を席に座らせて、自分は俺の右隣に腰を下ろした。


 ドライアドたちがワイワイと会話しながら、お茶を飲み始める。

 とりあえず、俺もお茶をいただく。

 実に美味い。

 間違いなく天元の森の湧き水で淹れたお茶だな。

 ああ、そうだ、アルラウネとトレントのために湧き水を少し持って帰ろう。


 あいつらにお礼ってまだしてねぇんだよな。

 お菓子もうめぇなぁ。

 ドライアドたちは綺麗だし、ニコニコと俺にも話を振ってくれる。

 平和で、温かで、心地よい時間。


 そうそう、こういうのだよ。

 たまの外出ってのは、こういうのがいいんだ。

 世界の命運とか、太古のドラゴンとか、過激なヴィーガンとか、冒険とかは違うんだよ。

 と、楽しい時間はアッと言う間に過ぎ去り。


「それでアルト君、実はお願いがあるの」

「おう、何でも言ってくれ」


 俺はウッカリ、ノリノリでそう答えてしまった。

 ちょっと待って、俺って美青年だから拉致されたんじゃねぇの?

 仮に違うとしても、お茶会に誘われただけじゃねぇの?


「よかった。実はね」と女王。


 どうやら深刻な問題のようだ。

 ドライアドたちも黙ってしまって、雰囲気が沈む。


「剣のオッサンが森に棲み着いてしまったの」

「なんだって?」


 俺はついつい聞き返してしまった。


「剣のオッサンが森に棲み着いてしまったの」


 女王は淡々と、まったく同じことを言った。

 どうやら、森に剣のオッサンが棲み着いたらしい。

 なんだよ剣のオッサンって。

 剣なのかオッサンなのか。

 まぁ普通に考えたら剣を使うオッサンだろうけど。


「わたくしたちドライアドは、オッサンは無理なの」

「お、おう……」


 美少年と美青年にしか、興味ねぇもんな。


「追い出して!」「そうだよ追い出して!」

「アルトちゃんならできる!」

「アルトきゅんお願い!」


 ドライアドたちがキラキラした瞳で俺にお願いする。

 ああ、断り辛い!

 ドライアドたちはみんな綺麗なお姉さんなんだ!

 そんな風にお願いされたら、本当に断り辛い!


「いや、まぁ、その……」と俺。


「オッサンと同じ空気なんて、吸いたくないの!」女王が悲痛な声で言う。「分かるでしょう!?」


 分かんねぇよ!?

 俺の村にはオッサンも普通にいるからな!?


「あのオッサン、出て行かない!」「バカみたいに強いから、力ずくもダメだった!」

「だからアルトさんに頼んでるの!」「お願い!」


 ドライアドたちは両手を組んで、やや上目遣いで俺を見る。

 ぐぬ……。

 って、ちょっと待て。

 ドライアドたちより強いなら俺には無理だろ。

 俺は平均的なヴァンパイアだし。

 いくらヴァンパイアが種族的に強いと言っても、ほぼ精霊のドライアドたちとそう変わらないはずだ。

 しかしドライアドたちはしきりに「お願い」を連呼してくる。


「まぁ、俺と君たちの仲だし、その剣のオッサンと話ぐらいは、してもいいか?」


 やや煮え切らない感じだが、俺は一応、承諾した。

 美しさと勢いに負けた感じだな。

 普段の俺なら、そんな面倒で危険なことはしねぇ。

 最悪、敵対したら速攻で羽々斬と叢雲を呼ぼう。

 剣のオッサンがどんな奴であれ、あの2振りならまず負けないはずだ。


「きゃぁ! アルトきゅん素敵!」「アルトちゃん、ほっぺにちゅーしていい!?」

「アルトさんこそ神!」「抱いて!」


 抱いていいの!?

 いやいや落ち着け俺。

 きっとハグしようって意味だ。

 勘違いはよくない。


「コホン、それじゃあ早速、案内してもらおうか、その剣のオッサンとやらの居場所に」

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