12話 魔界の食堂


 魔王ロザンナは魔王城の執務室に入った。


「魔王様、お早いお目覚めですね」


 魔王軍参謀のアスタロトが言った。

 アスタロトは眠っていたロザンナに代わって、魔界の政治を担当している。

 執務室にはアスタロトの補佐官も2人いて、ロザンナを見て頭を下げた。


「アルトの気配を感じたから」


 言ってから、ロザンナは空いている席に座った。

 執務室は広く、アスタロトが座っている大きな執務机と、補佐官用の執務机が4つ置いてある。


「こちらに座りますか?」


 アスタロトが自分の座っている大きな執務机を、右手の指先でトントンと叩く。

 ロザンナが首を横に振る。


「ぼくはまだ眠いから、仕事はアッスーに任せたいな」

「分かりました」

「それに、椅子がドラゴンになってるし」


 ロザンナは引きつった表情で言った。

 アスタロトはなぜかドラゴンに座ることを好んでいる。

 ロザンナは普通に椅子の方がいい。

 以前、アスタロトに勧められてドラゴンに座ったが、座り心地は悪かった。


「何か報告ある?」ロザンナは欠伸混じりで言った。「勇者に関しては、アルトの部屋に行く途中で会ったビビに聞いたし、ジョージが戦うのも見てたから、それ以外で」


「ふむ。先ほど報告があった最新の情報なので、精度は低いですが……」

「いいよ。何?」

「かのドラゴンが復活した、という噂です」

「どのドラゴン?」

「ケイオスです」


 アスタロトの言葉に、ロザンナは驚愕した。

 それが事実なら、勇者なんかに構っている余裕はない。


「破壊と混沌の申し子……?」

「そうです魔王様。そのケイオスです」

「5000年前に世界を滅ぼしかけた、突然変異のドラゴン……。この世界にケイオスを知らない奴なんていない……」


 伝説として残っているのだ。

 少なくとも、ケイオスは世界の半分を破壊した。


「ええ。とはいえ、まだ噂段階ですから」アスタロトが言う。「もう少し調査する必要があります」


「実際に復活したなら、最優先で対策しないとね」ロザンナは目が覚めてしまった。「確か5000年前は人間と魔族が協力して戦ったんだっけ?」


「ですね。魔人竜戦争と呼ばれる凄まじい激戦で、100年続いたと記録されています」

「魔族と人間が協力して、100年かけて戦って、それでも殺せず、封印だけしたんだよね?」


 それだけで、ケイオスがどれほど恐ろしい存在か分かる。


「そうです魔王様。最悪、勇者を倒さない方がいいかもしれません」アスタロトが言う。「ケイオスの話が事実だった場合を考えて」


「……それはちょっと難しいかも」ロザンナが苦笑い。「アルトがやる気満々だから……」


 アルトは全然、これっぽっちもやる気などないのだが、ロザンナにはそう見えていた。


「ふむ。アルト殿は万年を生きるヴァンパイア。きっと魔人竜戦争にも参加していたでしょうから、ケイオスの恐ろしさは身に沁みているのでは?」

「……むしろアルトの方が強いまでない?」


 ケイオスの強さは5000年前と同じだが、アルトは5000年で更に強くなっているはず、というのがロザンナの意見。


「……いくら5000年経過していると言っても、それはないでしょう……」


 アスタロトが引きつった表情で言った。


「そっか……」ガックリと項垂れるロザンナ。「じゃあ、アルトに勇者は殺さないでって言っとくね。ケイオス戦で共闘するかもしれないからって」


「それがいいでしょう」アスタロトが頷く。「ひとまず、情報収集を最優先で行います」


「お願いね。ケイオスの復活は世界の危機だから」



 俺は野菜好きでマッチョなオッサンの夢を見た。

 目覚めた時、とっても懐かしい感じがした。


「あいつ元気なのかなぁ」


 マッチョなオッサンのことだ。

 俺が家庭菜園で育てている野菜を気に入ってくれて、何度か野菜料理を振る舞った。

 さて、俺の隣ではエレノアがまだスヤスヤと寝息を立てている。

 昨夜、2人で色々と話していて、そのまま一緒に寝たのだ。

 もちろん手は出していない。

 俺はロリコンじゃない。

 俺はエレノアを起こさないよう、ソッと背伸びをしてからベッドを降りた。


 顔を洗って、歯を磨いて、服を着替え、そして食堂へと向かった。

 この城の食堂は割と美味いとエレノアが言っていたので、気になったのだ。

 場所もすでに聞いているので、迷わず行けるだろうと思ったが、迷った。

 食堂を目指していたのに、何故か俺は中庭にいた。

 空は相変わらず曇天だった。

 中庭には魔界の植物たちが蔓延っている。


「ふっ、無駄に広いから迷子になるんだよ」


 俺の家ぐらいの広さがちょうどいい。

 いや、俺の家も一人暮らしには広すぎるけれど。


「ひっ!」


 中庭で出くわした奴が、俺の顔を見て目を逸らした。

 顔が怖くて悪かったな……。


「あー、悪いんだが、食堂まで案内してくれないか?」


 いや本当、ビビってるところ悪いとは思うんだけども。


「あ、はい……その、四天王のアルト様……ですよね?」


 髪の毛が蛇なその子は、おっかなビックリ言った。

 メデューサと呼ばれる種族だ。

 ということは、目が合うと石になってしまう。

 だから目を逸らしたのかもしれない。

 彼女は今も俺と目を合わせようとしない。


「ああ、そのアルトだ」

「こ、こちらです……」


 メデューサが歩き始め、俺はそのあとに続いた。

 沈黙したまま俺たちは歩き、食堂に到達。


「着きましたので……私はこれで……」

「いや待て。一緒に朝食でもどうだ?」


 貨幣が必要なのかどうか知らないが、もし必要なら俺が奢ろう。

 案内してくれたお礼だ。


「そ、そんな……お許しを……」


 メデューサが泣きそうな声で言った。

 なんでだよ!?

 なんで俺がお前のことを食うみたいな雰囲気なの!?

 ヴァンパイアだからか!?

 俺がヴァンパイアだから!?

 献血してくれるなら、そりゃありがたいけども!


「あ、いや、無理にとは言ってないから……」


 俺は笑顔を浮かべて言った。

 その笑顔を見て、メデューサが「ひっ」と短い悲鳴を上げて走り去った。

 慣れてはいるんだ、そう、慣れてはいるんだよ。

 俺は昔から見た目が怖いからな。

 その上、ここでの俺は四天王。

 更に言うと、城門前で周囲の連中を土下座させたり自殺に追いやろうとしたイカレ野郎である。


 だいたいエレノアのせいだが、ある意味仕方ない反応なのかもしれない。

 食堂を見回すと、みんな一斉に俺から目を逸らした。

 さっきまでこっちを見ていたのに。

 俺これ、マジでやばい奴扱いじゃねぇか。

 でも俺は引き返さない。

 種族的に見て、この中なら俺は強い方だ。


 ふふふっ、弱い奴には強い!

 それが俺!


 昨日、俺にもちゃんと大人ヴァンパイアの強さが備わっていると確認できたのが大きい。

 自信に繋がった。

 まぁ、だからって魔王や勇者と戦いたいとは思ってないけれど。

 そんなことを考えながら、俺は壁に貼ってあるメニューを見ていた。

 割と豊富なメニューに驚いた。


「お勧めは人肉のスープだ」


 いつの間にか隣にいたジョージが言った。

 四天王も食堂とか使うのね。


「他には?」

「人肉のステーキ」

「人肉以外で」


 俺は人間と仲が良いから、食うのはちょっと無理。

 血だって無理やり飲まないのだから。

 いつだって好意の献血待ちさ。

 てゆーか、そうだよなぁ、ここ魔界なんだよなぁ、と改めて実感した。

 人間を常食している魔物も割といるのだ。


「ふむ……。では自分で選ぶのが良かろう」


 ジョージはさっさとカツ丼を注文した。

 俺もカツ丼にするか。

 注文したあと、俺はジョージを探した。

 ジョージは隅の方で、部下らしき連中に囲まれていた。

 入っていける雰囲気じゃないので、俺は空いている席を探し、腰を下ろした。

 早くカツ丼来ないかな。


「アルト様! なぜわたくしを置いて行ってしまったのですかっ!!」


 カツ丼より先にエレノアがやってきた。


 

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