11話 勇者は早く帰りたい


「あーあ、派手に壊れちゃったね、街」


 ニナ・ライネンはヘラヘラと笑いながら言った。

 魔王軍四天王が1人、人狼、血塗れジョージを追い返したあとのこと。


「勇者様……」聖女が引きつった表情で言う。「住民の前ではそんな風に言わないでくださいね?」


「え? うん分かったぁ」


 ニナはサッパリ分かっていないような感じでテキトーに頷いた。

 そう、勇者ニナ・ライネンは割といい加減に生きていた。

 勇者になったのも、聖剣を抜いちゃったから流れで、である。

 まぁ聖剣は騎士に渡して自分は魔剣ライトニングを使っているけれど。

 だってライトニングの方が聖剣より強いし。


「それにしても恐ろしい奴だったぜ」武道家が言う。「さすが四天王だな……」


「でも戦えたでしょ?」魔法使いが言う。「これなら、魔界に渡っても大丈夫なんじゃない?」


「うむ。俺もそう思う。ちまちま魔物退治するのも面倒だ。魔界に行って魔王を倒してしまおう」


 騎士が言った。


「お待ちください皆様」聖女が言う。「魔界にはジョージと同格があと3人いて、更に魔王までいるのですよ?」


「おうよ」武道家が頷く。「それに魔王の上には、漆黒の魔神がいるって話じゃねぇか」


「えー? そんなの本当にいるのぉ?」ニナが言う。「あれでしょー? 前回の勇者が魔王を追い詰めた時に、空から舞い降りて魔王を助けたっていう」


「当時の騎士の言葉が嘘とは思えないな」と騎士。


 漆黒の魔神と遭遇した時、生き残ったのは当時の勇者の仲間である騎士だけだった。

 その騎士も、魔神の恐怖に頭がおかしくなってしまったが。


「ねー、どっちでもいいけどぉ、早く酒場に戻ろうよー。あたしカードゲームが途中だったんだよねぇ」

「勇者様……。もっと勇者らしく振る舞ってください……」


「てゆーか勇者」武道家が苦笑い。「みんな逃げたから、続きはできんだろう……」


「そっかー、残念だなぁ」


 ニナがやれやれと溜息を吐いた。


「本当に勇者っちは危機感とかないのね? 世界の危機なのに」


 魔法使いが呆れた風に言った。


「うん。元々あたし、ちょっと旅に出るだけのつもりだったし」ニナが言う。「お土産いっぱい買って、帰ったら領主様と結婚しようと思ってたのになぁ」


「まぁた勇者の領主様ノロケが始まったか」と武道家。


「それがさぁ、『聖剣チャレンジ、君は抜けるかな』ってイベントに参加したばっかりに……」


 勇者にしか抜けない聖剣を、とある王国が管理していた。

 そして時々、人を集めては抜けないか挑戦させていたのだ。

 ニナは面白半分で参加して、そして普通に聖剣を抜いてしまったのである。


「結果的には」聖女が言う。「勇者様が誕生したので……、こうして魔物の侵略に対応できています」


「正直あたし、誰が支配者でも変わらないんだよねぇ。人間の王様だろうが魔王様だろうが、ね」


「おい、滅多なことを言うな」騎士が怒った風に言う。「俺は自国の王に忠誠を誓っている」


「ふぅん……」


 ニナは本気で、誰が支配者でもいいと思っている。

 なぜなら、どうせ自分の村には領主様――アルトがいるから。

 色々な魔物と戦い、四天王とも戦って分かったけれど、アルトはたぶん魔王より強い。

 魔神が本当にいても、アルトなら渡り合えるだろうとニナは思っている。

 だからまぁ、誰が支配者でもニナの村に干渉するのは不可能に近い。

 アルトは契約によって村を守っているのだから。


(あーあ、アルトのこともっと自慢したいけど、最強の魔物ってバレたらみんな黙ってないだろうしなぁ)


 最悪、魔王以上の脅威なのだ。

 人間たちは怯え、なんとか退治しようとするに違いない。


「とにかく、1度宿に戻りましょうよ?」魔法使いが言う。「これからどうするか、そこで話し合いましょう。正直、さっきの戦闘でクタクタだもの」


 宿はここから少し離れているので、被害は受けていない。


「おう。そうしようぜ。聖女ちゃんよぉ、宿についたら回復頼むわぁ」


 武道家が軽い感じで言ったが、さっきの戦闘で受けたダメージはかなり大きい。


「分かりました。戻りましょう」


 聖女が踵を返し、みんなそれに続く。


「そう言えば勇者」騎士が言う。「その魔剣も領主に貰ったんだったか?」


「そう!」ニナは嬉しそうに言う。「旅に出るって言った時に、護身用にってくれたの!」


「護身ってレベルじゃ……ないわよ?」

「ええ……。本気なら街一個、勇者様の一振りで破壊できるほどの剣です……」

「ガハハ! 領主様ってのは過保護なんだな!」

「そう! 彼は過保護なの! 村人みんなを守ってるから、あたしだけ特別ってわけじゃないのが、少し寂しいけどね!」


 アルトはニナが生まれた時から、村を守っていた。

 ニナの両親が生まれた時も、そのまた両親が生まれた時も。

 いつしか、村の人々はアルトを領主様と呼ぶようになった。


「誰が旅に出てもライトニングを渡すと?」騎士が引きつった表情で言う。「それはそれで迷惑というか……」


「んー、彼はちゃんと村人の特性に合った物を渡すと思うよ」ニナが言う。「あたしは彼に剣を教わったから、ライトニングだったってだけ」


「俺もその領主様に剣を教わりたいところだ」騎士が言う。「勇者の剣術は大陸でもトップクラスだ」


「それはあたしも驚いた!」


 ニナは自分が強いとは思っていなかった。

 村人の中ではまぁ、できる方かなって程度だったし。

 なんなら、戦闘に関しては弟の方が強いまである。


「勇者様の領主様は、隠居したソードマスター様でしょうか?」

「さぁ。詳しくは知らないよ」


 そもそもアルトは人間ではない。

 ヴァンパイアである。

 ニナは弟と2人でよく献血した。


「あーあ、早く魔王倒して帰りたいなぁ」


 思った以上に旅が長くなってしまい、若干ホームシックのニナであった。



「おいエレノア、どうして俺のベッドにいる?」


 夜、俺はメイドたちに飯を持ってきて貰って、残さず食った。

 それから、部屋の隣に備え付けられていた風呂に入って、バスローブに着替えた。

 で、そろそろ寝るかとベッドに入り、灯りを消して就寝。

 そうすると、誰かが俺のベッドに乗ったので目が覚めたってわけ。


「アルト様、夫婦は同衾するものです」


 エレノアは真面目な表情で言った。


「お前がやったのは同衾じゃねぇ。夜這いだ」

「よ、夜這い!?」


 エレノアが驚いた様子で言った。

 ちなみに周囲は真っ暗だが、俺たちは夜の帝王ヴァンパイア、割と普通に見えている。


「そ、そんな不埒な! それはわたくしにはまだ早いです! わたくしはあくまで妻として! そう、あくまで妻として! 同衾しようと思っただけであります!」

「まだ妻じゃねぇよお前」


 マジでもっとバインバインになってから出直せって話。

 俺だって女は嫌いじゃない。

 でもな、俺の好みはもっとこう……分かるだろ?


「むー」


 エレノアはベッドにぺったんこ座りして、唇を尖らせる。

 俺はやれやれって感じで身体を起こした。


「だいたいアルト様、我々ヴァンパイアは夜にこそ本領を発揮するもの。なぜ夜寝てしまうのですか?」


「それなぁ」俺は苦笑い。「なんて言うかなぁ。人間の村で生活していたから、人間みたいなリズムの方が都合が良かったんだよなぁ」


 人間たちは、昼間に訪ねてくる。

 店も昼間しか開いていない。

 よって、昼夜逆転生活は色々と不便なのだ。


「アルト様が支配していたあの村ですね」


 うんうん、とエレノアが頷く。

 俺は別に支配してねぇよ、と思ったけど言わない。

 守ってはいるし、俺のことを領主と呼ぶ村人もいるので、まぁいいかって感じ。


「人間どもに夜起きて昼寝るように言えば良かったのでは?」

「うーん、エレノアは人間をよく分かっていないみたいだけど、あいつら、夜だと全然見えないんだぞ?」

「見えないんですか!?」


 エレノアが驚愕し、俺が頷いた。


「だったら夜に攻撃すればもっと楽に勝てますね」

「いや、それはそれで対策するって。松明とか光魔法とか」


 人間は別にバカじゃないからな。

 

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