最期の日 後編〈便箋〉


 上位存在もまた、万能ではない。

 何かを産み創り出すことはできる。

 しかし万物創造のような行為は不可能。


 現実改変や時間遡行、操作を行えても縛りや制約に代償と規則も存在するらしい。


 何かの因果や理由があったのか、それとも上位存在の気まぐれなのか。

 とにかく、俺は時間を与えられた。


 そして、もう残り僅かしか残っていない。


 白い受話器、呼び出し音が鳴る。


『できましたよ。食事の準備』

「カガヤキが出た」


 山下君が無言になる。


『新規性の高い情報は?口頭で構いません』

「奴は研究員、博士を名乗る立場だったらしい」

『なるほど。それでアノマリーを持ち出せたと』

「そういうことだ。他は……大体が俺に関してだな」

『謙一さんについて?カナヤさんについて?』

「上位存在についても、ふわっと少し」

『なるほど、わかりました。現在の通話記録を削除します』

「……は!?」

『偽装と改竄は、沼倉がやってくれます』

「どういうことだ、おい!」

『どうもこうも、謙一さんの最後の時間を聴取や検証に使うなんて僕が許せませんからね』

「クビじゃ済まないぞ?」

『バレなきゃいいんですよ』

「変わったな、山下君。恩に着る」

『いいえ。佐原さんも谷丸さんも待ってます』

「行くか。ありがとな、本当に」



 ぴーぴー泣く谷丸を肴に飲んでたら、とんでもない代物が飛び出した。

 新品の外車買えるような値段の洋酒、あるんだな。

 山下君秘蔵の一品らしい。


 酒の席だからこそ、みたいな風潮は昔から嫌いだ。

 酒とか関係なく普段からコミュニケーションをとれ。


 ただ、そうは言っても酒が入ると素直になったり心の壁が薄くなるのは確かだと思う。


「命の恩人の弟だからとか、関係ないですよ」

「そうなのか」

「はい。在学中から僕は謙一さんが好きでした」

「何してたっけなぁ、好かれるようなことしたか?」

「ええ。色々とね」


 酔っぱらった谷丸に袖を掴まれた。


「謙一せんぱーい、山下さんとばっかり話してないで説得手伝ってくださいよぉ-、説得ぅー」


 説得?


 谷丸は葵に、赤髪の歌姫を勧めていた。

 熱く強く勧めていた。

 当の葵は、かなりうんざりしている。


「痛――い!謙一先輩またチョップした!チョップ!」


 コイツにはカナヤのこだわりを再度、伝えなきゃならない。


 ゴリ押しし過ぎるな。

 催促するな。

 本人のペースに委ねろ。


 それが、推し活だ。



「そろそろですね、時間」

「ほんとに部屋で一人なんです?先輩この後」

「私は……時間ぎりぎりまでみんなで飲みたい」

「ごめんな佐原、どうしてもやりたいことがある」


 さっき、山下君と話し込んでた時。

 聞いちまったからな。


『聞いて葵さん!手紙も好きらしいんです!」

『その、赤い髪の女の子が?』

『はい!』

『そのお話は少し、興味あるかも』

『物の貸し借りの時ちっちゃい手紙つけるみたい!』

『そうなんだ!』

『あと、あのね、お友達を励ましたり!』

『手紙で?』

『そうです!ポストに入れるらしいですよ!』

『素敵ね』

『同じマンションにね、配信者仲間のお友達いるの!』

『良いと思う、とても』

『もらったお友達も、大切にとっておいてて!手紙!』

『わかるなぁ』

『葵さん、分かるんですか!?』

『昔ね、謙一もよく手紙くれた。たくさん』

『想像つきませんね!』

『嬉しくて、全部残してある』

『てえてえ……けど、つら……辛い、です』


 慌てて葵が俺の方を見た。

 山下君との会話に夢中なふりをする。

 聞き耳を立てたことは、きっとバレていない。


 谷丸がまた泣き出す。

 泣き上戸かアイツ。


 泣き止んだと思ったら葵に絡みはじめ、かと思えば俺の袖を掴んで引っ張ってきた。

 目まぐるしい谷丸にチョップを叩き込み、まあとにかく今に至る。


 さて、何か理由作らねえとな。


「まだ三時間もありますけどね」

「謙一先輩がそうしたいなら、止めませんけど」

「私は、みんなでまだ一緒にいたい」


 でっちあげた理由を伝える。

 まるっきりの嘘でもない。

 なんなら九割が本心だ。


 でも途中退場は辛ぇな。

 俺のこと忘れないでくれ、って言葉は言わなくて正解だ。

 多分。



 一人きりの収容セル。


 俺は俺の性格をよく知ってる。

 きちんと、弁えてる。


 絶対に、何枚どころか何十枚も便箋を無駄にする。

 文字が滲んだり掠れてもダセぇ。

 そういうのも書き直しだ。

 見栄張ってなんぼなんだよ。


 書き出しだけは、決まってる。


『長生きして欲しい。幸せになって欲しい』


 これしかない。

 ネジキリに勝ってくれ。

 その後もずっと、ずっと、生きて欲しい。


 こうして書いてると、やっぱ後悔もあるな。

 絶対あると思ったよ。


 アイツは悲しそうな顔してた。

 一回くらい葵のわがまま、聞いてやればよかった。

 あのまま相談室で過ごすのが正解だったのか。

 最期の時まで、ずっと。


 一回くらい声に出して、葵って呼びたかったな。

 今日だけで百回くらい思った。


 一回くらい、抱きしめたかった。


 死にたくねえ。



 無理なもんは無理なんだよ。

 仕方ないんだ。


 ラスト三時間を捨ててまで始めたんだろ。

 ちゃんと書け。無駄にするな。


 でも、意地張るのやめるか。

 苦しくなってきた。


『できるなら、もっと一緒にいたかった』


 いや困るか。今までずっと助けてくれたのに。

 ごねたくない、俺が。

 そうだ……助けたり助けられたり、昔から。


『本当に今まで支えられた』


 言いたいな、言葉で直接。言いたかった。

 でも、困るだろ言われても多分。

 まあ、手紙でくらい……素直になろう。


『葵、愛してる』


 十分か、伝わりさえすれば。

 文章という形であっても。

 どんな形であれ届いて欲しい。


 十分、もう十分と言えば十分だな。

 だったらもう、一番大事なことを書いて終わりだ。


『ずっと、ありがとう』


 ギリギリになっちまった。


 書きたかったな、谷丸にも手紙。

 いやでもアイツの場合はその辺にぶんなげて、すぐどっかやりそうだ。

 なんせアホの子だからな。


 まずは、アホだけどしっかり者の部屋から向かう。

 

 行くか。

 最後の挨拶だ。


 

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