最期の日 前編〈出航〉


(前書き)

本編三十七話〜三十九話の裏側になります。

自己満かつ蛇足。

なお、本当は「出発」の部分は「出航、ヨーソロー」にしたかったです。

まずいと思ったので本編でも「出発」になりました。

(以下、本文)

 

 驚いた。

 山下君なら普通にわかる、葵もまぁ分かる。

 谷丸まであのアニメ見てたなんてな。


 谷丸、アホっぽいのにストーリー理解できたのか?


「最高じゃないですか謙一先輩!」

「みんなで撮ろ!謙一!カナヤ君も喜びそう!」

「僕は……少し気恥ずかしさを感じますね」

「いいだろ、恥ずかしい思いすんのは俺だけだ」


 俺達はネジキリに備えて、十分訓練した。

 資料もまとめた。

 夕食にはまだ早い。

 少しくらい休憩しても、バチは当たらない。


「あ、やっぱ少しは恥ずかしいです?」

「謙一のそこも含めて……あのアニメみたいね」

「カナヤさんの方も、元ネタ知ってるといいですね」

「知らなくても分かってくれるさ、アイツなら」


 謙一、か。

 俺だって心の中ではもうずっと葵と呼んでる。

 一回くらい、面と向かってまた呼びたかったな。


「佐原、谷丸、山下君、準備にとりかかるぞ」



「そう言えば、最後の挨拶どうするんです?」

「アニメのままでいくの?」

「一番良いシーンですよね。何百回でも見れる」

「いや、変える。最後は『出発』でいく」


 カナヤの日記。

 最長の内容。

 三章構成と、あとがき。


『新参リスナーに見せるシリーズ』

『おすすめの切り抜き』

『短時間で魅力を伝えるまとめ』


 ありがとな、十分伝わったよ。


「謙一先輩、一気に詳しくなってますね!?」

「隙間時間ほんの少ししかなかったのに」

「カナヤさんのオススメか何かですか?」

「山下君、正解。あの配信者の挨拶を借りる」


「えー!私も知りたい!」

「見る順番とかも、あるのかな?」

「僕も興味ありますね」

「だめだ。あの日記は誰にも見せないし、話さない」


 カナヤ執筆。

 赤髪の歌姫紹介シリーズの最後は「願い」で締め括られていた。


『俺はデートの日に反省した。推し活も推し方も自由であって欲しい。誰かのレールに沿ったりゴリ推しされるのはちょっと違う。本人が興味の向くままに、自由な気持ちで広げて欲しい。だからやっぱりこれはどこにも貼らない。投稿しない』


 三人にアイツの想いを、伝える。



「画角、こんなもんです?」

「もうちょい薄暗くしない?」

「そろそろ、謙一さんのスマホ預かりますよ」


 

「初めてくれ、山下君」



 山下君が、撮影開始ボタンをタップした。


「カナヤへ送る、謙一からのメッセージだ」


「お前がこれを見る頃、俺はもうどこにもいない」


「良いよなこれ、一度は言ってみたかったセリフだ」


「大事なことは大体、山下君が知ってる」


「戦い方やその辺は、佐原と谷丸に聞いてくれ」



「ってわけで、俺は大したことは言えない」


「いや……一つあったな」


「収容セルで能力悪用すんじゃねーぞ?」


「女の部屋に勝手に入るのは良くない、そのくらいだ」


「でも、それだと味気ない」


「ためになる話なんて、できねえ」


「それでも俺はカナヤを、お前を勇気付けたい」


「だから一番好きなアニメを参考にさせてもらった」


「未来の自分が過去の自分に動画を送るシーンがある」


「俺らと似たようなもんだ」


「つまり年上の俺が、年下のお前を奮い立たせてやる」

 

「アニメ史に残る伝説だ。原作はゲームだけどな」


「バシッと決まんのが最高にかっけえ」


「元ネタ知らなくても、何か感じてくれると思う」


「ってわけだ。好きなアニメ、被ってると良いな」


「見てなかったら山下君に聞いてサブスクで見ろ」


「それと俺もな、お前の推しを好きになったよ」


「お前のお陰だ」


「そこで俺は動画の内容を考え直した」


「パクるよりは、一番最後の締め方は変えよう。俺達らしくいこうぜ」


「つまり最後の挨拶は、お前が大好きなやつでいく」


「ただ、その前に俺が思う良さも聞いてくれよ」


「良いよな、あの赤髪の人。お前の日記通りだ」


「初めてのことにも果敢に挑む気概が良い」


「不安を感じながら、それでも活動するところも好きだ」


「時に弱さを見せる人間らしさも良い」


「素晴らしい配信者だ。声も可愛いしな、歌も上手い」


「歌も、同じ曲でもどんどん上達してるんだよな」


「努力の人だ、きっと」


「と、長々しゃべり過ぎちまった。挨拶の話に戻ろう」


「船出、旅立ち、出発、それって未来を目指すことだろ」


「だからカナヤ、お前も進み続けろ」


「俺なりの解釈も語っておく。それで、ラストだ」


「俺の解釈だと、あの挨拶は」


「未来を切り開く奴に届ける、鐘の音色」


「行ってこい、カナヤ」


「出発」


 録画停止は自分の手で押す。

 それが、我が最推し作品の流儀。


 撮影、完了。



――ごぶさた、また話せるなんてね。嬉しいよ。


(シャワーくらいゆっくり浴びさせてくれ)


――みんなもシャワー、その後に最後の晩餐?


(俺にとってはな)


――カガヤキとも最後のお喋り、しない?


(今朝、散々話しただろ)


 

 今朝。

 俺という存在が「戻ってきた」直後にカガヤキは来た。

 その時の会話を思い出す。

 

 

――今だから言えるけど、言わなくても死因や敗因分かるかな?


(まあな。例えばオオグモ)


(俺が俺の生活をしていたら、オイルは持ってない)


――そうそう。部屋でライター手入れしたからね。


(火を使えずゲームオーバーってことか)


――石膏像にしてもそう。


(どう死んでたんだ?)


――照明をね、つけようとするかで明暗が分かれた。


(俺なら確かに、敵に背は向けない)


――それが結局、背を向けることになっちゃって。


(死角になる壁側に一体いた、ってことか)


――正解!そこで打ち所が悪くて死んでたね。


(本当に何通りもあったんだな、死の運命)


――心苦しかったよ。


(どうして今さら話すようになった?餞別か?)


――とんでもない!話したくても話せなかった。


(どういう意味だ)


――死ぬという結果と、死んだ瞬間しか知覚できない。


(静止画、写真みたいな感じで?)


――そうだね。だから死因までは分からない。


(たまったもんじゃねえな、こっちは)


――こっちも辛かったさ、何度も「今日死ぬよ」って伝えるのは。


(伝えられて、その日は死ぬ気で逃げるしかなかった)


――何度も任務拒否や逃走して、死を回避してたね。


(カナヤとのリンクが済むまで、何がなんでも死ぬわけにはいかなかった)


――うん、伝えて正解だった。


(アイツらには、全部話しても良かったのかもな)


――それは、どうだろうね。わからない。


(まあ、過去は過去だ。仕方ない)

 

(リンクで思い出した。輪廻の砂時計)


――輪廻の砂時計はね、話せないんだ。


(効力を他言しないこともまた、縛りの一つか)


――それそれ。あるよね、そういアノマリーたくさん。


(なら、俺に時間をくれた変な声。ありゃ何だ?)


――人間やアノマリーよりも、もっと上の存在。


(神様みてーなもんか)


――際どいなぁ。謙一にとっての神の定義って、何?


 神の定義か。

 考えたこともなかった。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る