最期の日 前編〈出航〉
(前書き)
本編三十七話〜三十九話の裏側になります。
自己満かつ蛇足。
なお、本当は「出発」の部分は「出航、ヨーソロー」にしたかったです。
まずいと思ったので本編でも「出発」になりました。
(以下、本文)
驚いた。
山下君なら普通にわかる、葵もまぁ分かる。
谷丸まであのアニメ見てたなんてな。
谷丸、アホっぽいのにストーリー理解できたのか?
「最高じゃないですか謙一先輩!」
「みんなで撮ろ!謙一!カナヤ君も喜びそう!」
「僕は……少し気恥ずかしさを感じますね」
「いいだろ、恥ずかしい思いすんのは俺だけだ」
俺達はネジキリに備えて、十分訓練した。
資料もまとめた。
夕食にはまだ早い。
少しくらい休憩しても、バチは当たらない。
「あ、やっぱ少しは恥ずかしいです?」
「謙一のそこも含めて……あのアニメみたいね」
「カナヤさんの方も、元ネタ知ってるといいですね」
「知らなくても分かってくれるさ、アイツなら」
謙一、か。
俺だって心の中ではもうずっと葵と呼んでる。
一回くらい、面と向かってまた呼びたかったな。
「佐原、谷丸、山下君、準備にとりかかるぞ」
*
「そう言えば、最後の挨拶どうするんです?」
「アニメのままでいくの?」
「一番良いシーンですよね。何百回でも見れる」
「いや、変える。最後は『出発』でいく」
カナヤの日記。
最長の内容。
三章構成と、あとがき。
『新参リスナーに見せるシリーズ』
『おすすめの切り抜き』
『短時間で魅力を伝えるまとめ』
ありがとな、十分伝わったよ。
「謙一先輩、一気に詳しくなってますね!?」
「隙間時間ほんの少ししかなかったのに」
「カナヤさんのオススメか何かですか?」
「山下君、正解。あの配信者の挨拶を借りる」
「えー!私も知りたい!」
「見る順番とかも、あるのかな?」
「僕も興味ありますね」
「だめだ。あの日記は誰にも見せないし、話さない」
カナヤ執筆。
赤髪の歌姫紹介シリーズの最後は「願い」で締め括られていた。
『俺はデートの日に反省した。推し活も推し方も自由であって欲しい。誰かのレールに沿ったりゴリ推しされるのはちょっと違う。本人が興味の向くままに、自由な気持ちで広げて欲しい。だからやっぱりこれはどこにも貼らない。投稿しない』
三人にアイツの想いを、伝える。
*
「画角、こんなもんです?」
「もうちょい薄暗くしない?」
「そろそろ、謙一さんのスマホ預かりますよ」
「初めてくれ、山下君」
山下君が、撮影開始ボタンをタップした。
「カナヤへ送る、謙一からのメッセージだ」
「お前がこれを見る頃、俺はもうどこにもいない」
「良いよなこれ、一度は言ってみたかったセリフだ」
「大事なことは大体、山下君が知ってる」
「戦い方やその辺は、佐原と谷丸に聞いてくれ」
「ってわけで、俺は大したことは言えない」
「いや……一つあったな」
「収容セルで能力悪用すんじゃねーぞ?」
「女の部屋に勝手に入るのは良くない、そのくらいだ」
「でも、それだと味気ない」
「ためになる話なんて、できねえ」
「それでも俺はカナヤを、お前を勇気付けたい」
「だから一番好きなアニメを参考にさせてもらった」
「未来の自分が過去の自分に動画を送るシーンがある」
「俺らと似たようなもんだ」
「つまり年上の俺が、年下のお前を奮い立たせてやる」
「アニメ史に残る伝説だ。原作はゲームだけどな」
「バシッと決まんのが最高にかっけえ」
「元ネタ知らなくても、何か感じてくれると思う」
「ってわけだ。好きなアニメ、被ってると良いな」
「見てなかったら山下君に聞いてサブスクで見ろ」
「それと俺もな、お前の推しを好きになったよ」
「お前のお陰だ」
「そこで俺は動画の内容を考え直した」
「パクるよりは、一番最後の締め方は変えよう。俺達らしくいこうぜ」
「つまり最後の挨拶は、お前が大好きなやつでいく」
「ただ、その前に俺が思う良さも聞いてくれよ」
「良いよな、あの赤髪の人。お前の日記通りだ」
「初めてのことにも果敢に挑む気概が良い」
「不安を感じながら、それでも活動するところも好きだ」
「時に弱さを見せる人間らしさも良い」
「素晴らしい配信者だ。声も可愛いしな、歌も上手い」
「歌も、同じ曲でもどんどん上達してるんだよな」
「努力の人だ、きっと」
「と、長々しゃべり過ぎちまった。挨拶の話に戻ろう」
「船出、旅立ち、出発、それって未来を目指すことだろ」
「だからカナヤ、お前も進み続けろ」
「俺なりの解釈も語っておく。それで、ラストだ」
「俺の解釈だと、あの挨拶は」
「未来を切り開く奴に届ける、鐘の音色」
「行ってこい、カナヤ」
「出発」
録画停止は自分の手で押す。
それが、我が最推し作品の流儀。
撮影、完了。
*
――ごぶさた、また話せるなんてね。嬉しいよ。
(シャワーくらいゆっくり浴びさせてくれ)
――みんなもシャワー、その後に最後の晩餐?
(俺にとってはな)
――カガヤキとも最後のお喋り、しない?
(今朝、散々話しただろ)
今朝。
俺という存在が「戻ってきた」直後にカガヤキは来た。
その時の会話を思い出す。
――今だから言えるけど、言わなくても死因や敗因分かるかな?
(まあな。例えばオオグモ)
(俺が俺の生活をしていたら、オイルは持ってない)
――そうそう。部屋でライター手入れしたからね。
(火を使えずゲームオーバーってことか)
――石膏像にしてもそう。
(どう死んでたんだ?)
――照明をね、つけようとするかで明暗が分かれた。
(俺なら確かに、敵に背は向けない)
――それが結局、背を向けることになっちゃって。
(死角になる壁側に一体いた、ってことか)
――正解!そこで打ち所が悪くて死んでたね。
(本当に何通りもあったんだな、死の運命)
――心苦しかったよ。
(どうして今さら話すようになった?餞別か?)
――とんでもない!話したくても話せなかった。
(どういう意味だ)
――死ぬという結果と、死んだ瞬間しか知覚できない。
(静止画、写真みたいな感じで?)
――そうだね。だから死因までは分からない。
(たまったもんじゃねえな、こっちは)
――こっちも辛かったさ、何度も「今日死ぬよ」って伝えるのは。
(伝えられて、その日は死ぬ気で逃げるしかなかった)
――何度も任務拒否や逃走して、死を回避してたね。
(カナヤとのリンクが済むまで、何がなんでも死ぬわけにはいかなかった)
――うん、伝えて正解だった。
(アイツらには、全部話しても良かったのかもな)
――それは、どうだろうね。わからない。
(まあ、過去は過去だ。仕方ない)
(リンクで思い出した。輪廻の砂時計)
――輪廻の砂時計はね、話せないんだ。
(効力を他言しないこともまた、縛りの一つか)
――それそれ。あるよね、そういアノマリーたくさん。
(なら、俺に時間をくれた変な声。ありゃ何だ?)
――人間やアノマリーよりも、もっと上の存在。
(神様みてーなもんか)
――際どいなぁ。謙一にとっての神の定義って、何?
神の定義か。
考えたこともなかった。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます