ビルの屋上から飛び降りようとしていたら美人塾講師に拾われた話
緋夜虎🐣
第1話
もう、どうでもいい。
僕がここまでして頑張る意味も、僕が消えてはいけない理由もどこにもない。
すべてが、僕からすべてを奪っていく。
今、僕の手元には何が残っているというのだ。
僕はビルの柵を乗り越えようとする。
僕の体の芯を貫くような、身に堪える冷たさの風が、屋上の上を吹き抜けていった。
もう、ここいらで終わらせるか...
その時だった。
あの人が現れたのは。
これが、その後の自分の人生を大きく変える出会いになることを、僕はまだ知る由もなかった。
僕の眼下には、眠らない街、東京が移っていた。
光り輝く街、楽しそうに語らう男女、そのすべてを、僕は何を考えるともなく見下ろしていた。
そして、自分も目の前の柵を乗り越えれば、そっち側へジャンプできる。
そうだ、結局この小さい柵を超えるだけだ。
そんな数秒の行動で、わずかな勇気で、最強のカードは切れる。
そう考えつつも、彼の中にはそのわずかな勇気がなかなか出なかった。
解放されたい、自由に羽ばたきたい、そう考える自分がいる一方で、その考えを自制し、元居た生活へと引き摺り帰そうとする自分もいる。
彼は、その二つが強烈に衝突し、拮抗しているなかで、ひとり戦っていた。
わずかな時間の後、彼の中の覚悟が勝利し、彼を突き動かした、かのように見えた、その時。
「何をしているの!!?」
と話しかける女性の声が聞こえた。
恐る恐る振り返ると、そこには、妙齢の女性が一人立っていた。
身長は170cmくらいで、長くつややかな黒髪が風になびいていて、夜の街の光を眩しいまでに反射している。
それに見とれつつも、我に返る。まずい、邪魔が入った。
「ただここから飛び降りようとしているだけですよ。」
と僕は、穏やかに、そして無感情に言った。
「では、僕はこれで。」
と言い、柵に足をかけようとしたその時、カッカッカと靴が地面をたたく音がした。
そして、振り返ると、お姉さんが僕の腕をつかんでいる。
「馬鹿なことはやめなさい。そんなことして、だれも喜ばないよ。」
お姉さんは落ち着きつつも、迫力のある声で、僕にそういった。
「放してください。僕がここから飛び降りようが、あんたには関係ないことじゃないですか。第一、僕がいなくなったところで、だれも悲しみませんよ。」
そう言って、僕は手を振り払った。
「くっ、そこまでするのね...仕方ないわ。」
そういい、お姉さんはもう一回僕の腕をつかんだ、そして、その瞬間、僕の視界は反転し、僕は仰向けに倒れた。
その時、はっきりしてきた意識とともに、僕は、お姉さんに投げられたことを理解した。
そして、僕は起き上がろうとしたが、下半身が動かないことに気づいた。
目を開けると、お姉さんが僕の腹の上に乗って、僕の両手を抑えていた。僕はもがく。
「放してください!」
「じゃあ、そのバカげた考えを捨てなさい。さもないと、警察に突き出すわよ。事実、私のビルに侵入しているわけだし。」
そこで、僕ははっとした。
もうどうでもよくなってなげやりで、適当に高い建物を探しただけだったが、確かにここは私有地だ。
そこに勝手に侵入していたということは...このまま、警察に連行されると、数日は拘留されるだろう。
すると、身動きがとれなくなり、至極辛い日々を送ることになる。
「わかりました。やめますから、それだけは勘弁してください。」
と僕は投げやりな態度でつぶやいた。
そして、お姉さんの拘束から脱した後、僕はしばらく、お姉さんと屋上で話をした。
お姉さんの口調は先ほどとは違い、柔らかいものへと変わっていた。
「ところで、君は高校生なの?」
「はい」
「どこの高校?」
「朝日河高校です。」
「すごい、進学校だね。」
「はあ、まあ、勉強はとっくに放棄しましたが。」
「そうなんだ。ところで…どうして死のうとしてたの?」
先ほどとは一転、厳しい口調で聞かれた。
僕は事の顛末を話した。
お姉さんは、すべての話を聞き終えて僕に言った。
「そんな…。君は何も悪いことをしていないのに。辛かったね。私になにか出来ることがあればいいのだけれど…」
そう言い、思案するように目を伏せた。
その直後、お姉さんの瞳は何か強い決意を秘めたものになった。
「よかったら、うちで暮らす?今までよりかは生活環境いいと思うよ。」
「ヴぇ!!?」
お姉さんの理解しがたい提案に間抜けな声が出てしまった。
「い、いいんですか?」
「いいわよ。私は一人暮らしだし、家には余った部屋があるし。」
確かに、僕には部屋はあるけれど、世間的に見れば間違いなくボロアパートに分類されるだろう。
また帰ったところで、孤独が口を大きく開けて待っており、成す術なく呑み込まれてしまうだけだ。
お姉さんが何を考えているかわからないがお姉さんの家に居候させてもらうのは悪くないかもしれない。
「じゃ、じゃあ、お願いします。」
「うん、それじゃあ、決まりね。仕事が終わったばっかりだし、さっそく案内するね。」
「ありがとうございます。」
「そういえば、きみの名前を聞いていなかったね。」
「名前、ですか。
「いい名前ね。私は
夜風が背中に当たって、下に吹き抜けていった。
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