僕のヒーローを墜とす

純真無垢

僕のヒーロー

彼女は、僕にとってのヒーローだった。

父親にプロテニス選手、母親に有名女優を持ち、生まれながらにして高い社会的地位や圧倒的美貌を持つ彼女は、慈愛の心まで兼ね備えていた。

両親から虐待を受けてきた、望まれて生まれなかった卑しい僕にさえも手を差しのべる。

だが彼女は。

僕だけじゃない、他の人間のヒーローでもあるのだ。

その事実が、僕にはたまらなく苦しかった。


彼女は、テニスを習っていた。

父親から受け継いだ才能のおかげか、本人の努力の賜物か。彼女は幼くも日本一の座を勝ち取った。

そのまま彼女は日本の強化指定選手に選ばれ、世界中へ飛び回るようになってしまった。

僕は彼女が国外へ旅立つなか、必死で勉強をした。僕は運動が苦手だから、勉強でしか彼女に近付く術が無かったのだ。

オフシーズンが始まり、彼女は日本に返ってくると、僕を見て笑った。

「見て、そばかすが出来てしまったの。流石に日光には勝つのは無理だったようね」

そう言って、相も変わらず美しい顔で笑うものだから、僕と彼女の生きている世界の違いを感じてしまう。

それから僕は、彼女を応援できなくなった。

どうか試合に勝たないで。どうか強くならないで。どうか僕から離れて行かないで。

行かないで行かないで行かないで。僕をおいて行かないで。皆のヒーローにならないで、僕だけの僕だけの僕のヒーローでいて。

僕だけを愛して愛して愛して愛して愛して愛して愛して愛して愛して愛して愛して愛して愛して愛して愛して愛して愛して愛して愛して愛して愛して愛して愛して愛して愛して愛して愛して愛して愛して愛して愛して愛して愛して愛して愛して愛して愛して愛して。

そんな呪いを毎日吐き続けた、数年後。

僕の呪いの言葉が功を成たのか、僕が医学部への合格が決まった日、彼女は怪我で選手生命を絶たれた。


彼女が自室で泣いている。その様子をドアの向こうから眺め、僕は嗤い堪えきれなかった。

いつもの美しい顔を歪ませて、絶望に浸る彼女は、何処からどう見ても普通の人間で。僕は生まれてきて良かったと、大嫌いな両親に感謝するほどに嬉しかったのだ。

相手は人間の、若い女。

僕は人間の、若い男。

そして、医学生という社会的信用の高い地位手に入れた。

次は、彼女を手に入れる。

美しく、気高く、儚い皆のヒーローを今度こそ、僕だけのものに。

閉じ込めて、愛伝え続け、毒につけ、僕なしでは生きれないように。

僕はそんな最低な思いを胸に、包丁持って彼女の部屋に入った。


どうか僕と同じ所まで堕ちてきて。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

僕のヒーローを墜とす 純真無垢 @reiame

★で称える

この小説が面白かったら★をつけてください。おすすめレビューも書けます。

カクヨムを、もっと楽しもう

この小説のおすすめレビューを見る

この小説のタグ