Recombinant 遺伝子組換え異能力者

@takopannti1111

第1話 死神

 輸送車両の薄暗い荷台に、手足を縛られた若い女性が荷台の壁に背を預けるようにして座っていた。

 車の揺れに合わせて、女性の長い黒髪が微かに揺れる。

 女性の前には短髪の屈強そうな大男が一人立っていた。男は片膝をついて屈み、黒髪に隠れた女性の顔を覗き込む。

 女性の顎に、男の節ばった大きな手が触れる。

「しかし綺麗な女だな。アジア系か。すぐに殺すのは惜しいな」

 テープで覆われた女性の口元が微かに引きつる。

「なあ旦那。逃がしやしないから、この女俺に預けてくれないか?一晩可愛がってから殺すのさ」

 男は薄ら笑いを浮かべながら、荷台の前方に声をかけた。

「無駄口を叩くな」

 荷台の前方に設置された座席に、眼鏡をかけた痩せ型の男が座っていた。眼鏡の男は振り返りもせずに答えた。

「…その女はすぐに殺す。商品を見られたからには」

 大男は残念そうに顔をしかめ、女性の顔から手を離した。

「俺は綺麗な女をじっくりいたぶって殺すのが好きなんだ……。だが、お前とは楽しめそうにねえな」

 そう言って、大男がその場で立ち上がった瞬間だった。

 透明な剣が、荷台の壁を突き破り、男の胸を貫いた。

「ア?」

 それは氷だった。氷の剣に貫かれた胸部から、大量の血液を撒き散らしながら、男はその場に崩れ落ちた。

 荷台の壁がさらに音を立てて打ち破られ、外から何者かが現れる。

 荷台の前方に座っていた眼鏡の男が、侵入してきた何者かを見て呟く。

「"死神"……!?」

 その視線の先には漆黒のローブに身を包んだ女性が立っていた。女性は美しいブロンドの髪を軽くかきあげ、蒼玉のような瞳で眼鏡の男を睨みつける。

「国立研究所のジャミル・ロンザ主任研究員。細胞ベクター違法取引の容疑であなたを逮捕する」

「なぜ…」

 ジャミルと呼ばれた男が、驚愕し声を漏らすのを予期していたかのように、金髪の女性は言葉を続けた。

「なぜバレていないと思っていたの?総督は随分前から気づいていたわ。そして泳がせた。確実に捕らえられる機会が来るまでね」

「…っ!」

 ジャミルはすぐさま懐から拳銃を取り出し発砲したが、銃弾は金髪の女性の前で透明な壁に阻まれ弾け散った。

「私に銃が通用するとでも?」

 金髪の女性が腕を横薙ぎに振るうと、それに応じて大きな鉤形の氷がジャミルに向かって撃ち出された。

 氷の鉤はジャミルの体を抑えつけるようにして壁に突き刺さり、彼の首と銅、両腕を壁に固定し身動きを封じた。

「こ、殺すのか、俺を」

 引きつった顔のジャミルの言葉に金髪の女性は答える。

「そうね。この国に寄生する害虫を駆除するのが私の仕事。だからこの下衆は殺した」

 既に息絶えた大男の死体をちらりと横目に見てから彼女はさらに続けた。

「でもあなたは殺さない。あなたには役目がある。害虫どもの巣穴に私達を案内する役目が」

 言い終えるとほぼ同時に、荷台の外から声が響く。

「ボス!運転手も確保だ」

 声を聞くなり、金髪の女性は身を翻し、縛られていた女性の手足を開放し、口のテープを剥がしてやった。

「お疲れ、ヤクモ。怪我はない?」

「ええ。…思ったより時間がかかりましたね、ボス」

 手足を縛られていた女性は若干恨めしげにこう答えた。

 ボス、と呼ばれている金髪の女性は申し訳なさそうに言う。

「仕掛けるタイミングが難しくてね。でもおかげで助かったわ」

 壁に空いた大穴から、坊主頭の男性が顔を覗かせる。

「ボス、この後は?」

 金髪の女性は答えた。

「戻るわよ。まず身柄の引き渡し。それから総督へご報告を」

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る